第11話

 雨は夕刻から降り始めた。

 とんでもない土砂降りだ。窓越しに叩きつける水の弾丸に、今にも胸を打ち抜かれてしまいそうだ。食事をしていてもシャワーを浴びていても容赦なく降り続ける雨の音が、彼女の集中力を削ぎ落とした。読書が一ページも進まないことに気が付いて、彼女はさっさと寝ることに決めた。気の乗らないことがするものではないというのは彼女の持論の一つであった。

 夢の世界へ向かおうとする彼女を妨げるようにして、雨がどんどん強くなる。容赦なく屋根を打ち付けるその雨音は、心臓の音にもよく似ていた。そして風。ぶぉんぶぉんという巨大な風が容赦なく家全体を揺るがせ、今にも吹き飛ばされてしまうのではないかと恐怖を呼んだ。

 あまりにも恐ろしい状況に、さっさと寝てしまおうと目を瞑ったオリヴィアを叩き起こしたのは雷であった。近くはない、けれど決して遠くはない距離からやってきた落雷音に、彼女は思わずベッドから転げ落ちた。カーテンの向こう、窓の外。渦巻いた暗くて重い雲の間に龍のような光が走り、そこから大粒の雨が生まれ、地上に落ちた。木々は凶暴な風に攫われて、沢山の木の葉を散らしていた。遠くの方をカラカラとゴミ箱が躍っている。思う存分風に遊ばれ戯れたそれは、最終的にどこかの家の塀にぶつかり壊れた。

 粉々になりそれぞればらばらに散らばっていくかつて「ゴミ箱だったもの」を眺め、オリヴィアは再びベッドに潜り込んだ。幾度となく夢の世界へ飛び立とうと努力をするが、それは暴風が屋敷全体を揺らす音によりあっけなく打ち砕かれた。まるで世界の終わりのようだ。嵐の夜はこんなにも恐ろしい。

 毛布で顔面を隠しつつも、隙間からちらちらと荒れる外の世界を見る。強い雨。強い風。大きな雷。恐ろしいほどに美しい光。

 そしてオリヴィアは気が付く。窓辺に影があることを。その影は、外の世界からじっとこちらを見ていることを。全身の毛を雨で濡らし、木の葉を巻き付け、じっとじっと見ていることを。

 ぴかり、と瞬く閃光に、雷が落ちたことを知る。起こったのは煌きだ――それに照らされ、影の正体が露わになる。

 オリヴィアが結んだ赤いリボンはどこかに吹き飛んでしまったらしい。クマのぬいぐるみの黒いビーズの瞳には、何も映っていなかった。



 

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