Story1→少女の搭

業務の日々で、少女は

1st tower→説明

「は……あ? あなた、何を……ここは……」



 酷く青ざめた様子で額に手をやり、狼狽する少女。


 普遍的な顔立ちだ。群衆の中に入れば埋もれてしまうようなその顔は、しかし今は畏怖と不安、未知の恐怖に歪んでいる。彼女は制服めいた衣服を身に纏わせ、別段目につくような装飾品は着けていない。


 ……しょうがない、と少女は思い、しかし表情には出さない。


 冷徹を装う少女は、困惑する少女に手を伸ばし、彼女の震える瞳に掛かった髪を払い、その新雪にも似た真っ白な肌に指を這わす。



「……先程申し上げた通りです。貴女には、私の塔の業務を手伝って戴きたいのです。……混乱しているでしょうし、細かい話はあちらで」



 少女は己の後方を指差し、いまだにぶつぶつと独り言を言う少女の手を取って誘導する。


 彼女にとっては物珍しいのか、道中、通りすぎていく通路や部屋の設備を見て、意味の無い感嘆の言葉を洩らしていた。

 


 歩くこと数分。


 彼女達はその塔の中心に位置する「セントラルホール」へと到着した。


 椅子と机がそこらじゅう、無秩序に並び、中央には設置されたエレベーターが忙しげに動き、電子機器がところ狭しと陳列された机が並んでいた。


 奥には、食堂も兼ねているのだろう、電子掲示板が掲げられ、色とりどりのメニューが映し出され、職員とおぼしき人影達が押し寄せていた。



「うぇ……なんですか、ここ……」



 少なくとも彼女にとっては好ましくない場所であったらしい。



「ここはこの塔の中心部ですよ。さ、掛けてください」



 適当な椅子を指差し、座るよう指示する。が、何が嫌なのだろうか、まごついて座ろうとしない。


 遠慮なしに対面の少女は深く腰掛ける。それを見て、ようやく片方の少女も席に付く。ギッ、と双方の古びた木製の椅子の結合部が悲鳴を上げた。



「……さて。先ずは自己紹介と参りましょうか。私はサクラ。この塔の管理長であり、全権代理者でもあります。どうぞ宜しく」



「は、はぁ……あ、えっと、私は、牧原、花乃と言います。……えー、説明していただけません、か……?」



 よくわからない、という言葉を体現したような顔で状況把握しようとする花乃と名乗った少女。


 対するサクラは、それに腕を組み、考える素振りを見せる。



「……ふむ。率直に言ってしまっても別段困りませんが……そうですね、では……貴女は、自分のことをどこまでお覚えで?」



「どこま……で?」



 花乃が俯き、その表情が艶やかな髪で隠れる。


 しばし彼女達の間を沈黙が支配する。


 サクラが塔内で働く職員に二人分の食事を注文したりしている内に、花乃は答えを得たのか、肩を少し震わせ、俯き加減に顔を上げた。


 それにサクラが反応する。



「……おや? 何かしら、思い出しましたか?」



 そう問うが、花乃は言葉に迷っているのか、口を動かすだけで言葉にはしない。


「……どんな些細なことでも結構ですよ? それが貴女のためでもあるのですから」



「……何を言いたいのかは分かりませんが……なんと言いますか、断片的なんです」



 その予想外の解答に、おや、と眉を上げる。



「断片的、とは? 明確に記憶が繋がってないので?」



「正にその通りですよ。……さっきまであそこに居たのに、いつの間にかここに居た、みたいな」


 納得がいかない、と花乃は眉根を寄せ、必死に記憶の波へと潜っていく。


 しかし、その思考は何でもないようなことのように紡がれた、サクラの一言で霧散することになる。



「貴女、自分が殺された、という自覚は?」



「……?」



 質問の意図が汲めなかったのか、口を開き問い直そうとする花乃だったが、何かを思い出したか、ピタリとその動きを静止させてしまった。



「どうなのです? 断片的、という言葉に嘘は無いようですが……それでも、まだ思い出せることが有るのでは?」



「――――は」



 小さく響いた吐息には、どのような感情が込められていたかは推測することが出来ない。ただ――



「あっ……あぁぁ……あ、うぁぁあ……ッ! ゎた、し……殺さ……がっ、あ」



「落ち着いて。それは既に過去の事でしょう?」



 少女の苦悶の声にも表情を動かさず、冷静に対応する。だが、対する少女はむせび、嗚咽する。



「なん、で……あなたはっ」



「……もう慣れましたから」



 そう自嘲気味に笑い、言葉を続ける。



「記憶は繋がりましたか? それが失われることは、私の塔にとっても損失であるので」



 最早少女らしい感情を片鱗も出さず、冷酷に冷厳に言い放つ。



「……ッ、あなたに……何がッ」



「サクラ様、お食事をお持ちしました」



 狙い済ましたかのようなタイミングで会話に割り入ってくる職員。事実、彼は狙っていたのだが……歯噛みする花乃は知るよしもない。


 コト、コトと二人分の食事が並べられていく音を背景に、会話は繋がっていく。



「何が分かる、でしょうか? ……そうですね、答えるなら、「知ったことではない」とでも返しましょうか」



 余裕綽々に差し出されたカップを持ち、紅茶(に似た何か)を啜るサクラ。



「……なんで、あなたはそんなこと……」



「……言い過ぎだったでしょうか。……ですが、今の話題はそれとは違います。主題をお覚えでしょうか? 貴女の死についてです」



「……ッ」



 強引に誘導された会話に出された『死』という単語に敏感に反応する花乃。唇を噛み、顔を俯かせる。


 数十秒。



「……あなたは、どこまで私の事を知っているんですか?」



 それは純粋な問い。自分ですら理解していなかった己の死をあたかも初めから知っていたような態度に疑問が沸いたからだ。


 少女の表情はやはり能面のまま、しかし的確に答えていく。



「『私』の定義に寄ります。今の貴女なら私が最もよく知っていると自負出来ますが、その内面、魂に関しては知ったことではない、というのが実状です」



 その解に首を捻る。分かりづらい説明に、言外にもっと噛み砕けと意図を込めて問い詰める。



「その、『今の貴女』とは?」



「――? ああ、説明不足でしたか。……今の貴女が置かれている状況を考えてみれば分かるでしょう」



 結局、理解を任せるような物言いに、少しばかり頭痛を感じながらも必死に思考する花乃。


 手が付いていない片方の食事が冷めていくと同時、花乃の頭脳はより冷え、知識を使い理解を固まらせていく。しかし、大半は荒唐無稽な代物だった。



「……そうですよ。そもそもの話として、何故私がここにいるのか? ということに疑問を抱くべきだった。なのに――」



「……ようやくですか。貴女は取り乱し過ぎです」



 嘲るような、呆れるような言い方に苛立ちを覚えながらも、整理をしていく。



「私は確かにあそこで……だけど、今、私はここに存在している」



「それが確かかどうかは証明出来ませんがね」



 意地の悪い言葉は無視し、確認を続ける。



「目覚めたとき、あなたが傍にいた……あなたが、今の私の状況を一番よく知っているというのは、そう言うことですよね?」



「曖昧ですね……まあ、及第点としましょうか」



 カタ、と持っていた透明なフォークを皿の上におき、花乃に視線を合わせる。料理は片方の少女の分のみ食べ尽くされていた。



「貴女の住んでいた所では解明されてないのでしょうが……魂は星に還元されるべく、宇宙空間に似た場所で旅をし、世界を流転します。あなたがたの世界で言う、『転生』、でしょうか」



 息継ぎにまだ中身があったカップを持ち、喉を潤す。



「……ふぅ。普通、経験を積んだ魂は元の場所へ戻り、星に取り込まれ、糧とされます。公転する惑星のように。しかし、稀にはぐれたものが、何故か別の次元、宇宙へと移動し、そのまま放浪してしまいます。例えば、貴女」



 指差さされ、露骨に嫌そうにする花乃。



「これは我々でも正体が掴めていません。元来、有り得ないことなのですから。それこそ、神でも居て、魂を弄んでいるのかもしれませんが」



 冗談めかした言葉は、しかし花乃には理解できなかったようでキョトンとしている。



「我々は、そんな彼らを救う装置を発明しました。優に一世紀は掛かりましたか? ……まあ、普通なら消滅してしまう彼らを、この星へと定着させる、と言えば分かりますかね? 死した宇宙の中を悠々と漂う彼らの観測は簡単でしたが、定着となると難易度は羽上がりましてね」



 だんだんと饒舌になっていくサクラ。花乃の内心は、「なるほど、分からん」と言う文章で埋め尽くされていた。



「ん、まあその装置を使用し、貴女をこの世界へと呼んだわけです。御丁寧に、極力再現性の高いを使用して」



「異常……存在? いえ、呼……ぶ?」



 突然話の核心に触れる話題を振られ、戸惑いを隠せない花乃。対し、サクラは畳み掛けるように言葉を重ねる。



「異常存在……この退廃した世界で尚、繁栄を選んだ種族達。……こればかりは見た方が早いでしょうね。貴女が呼ばれたこの世界は……所謂、終末後ポストアポカリプスの世界。科学によって守られ、科学を信仰した人々を、科学が滅ぼした……そんな、皮肉な世界なわけです」



「丁度、外をモニターした端末を持っています。見ますか?」と懐に手を入れ、四角い板を取り出す。否応なしに頷く花乃。


 そして覗き込んだ世界は……



「うぐ……」



 赤く、醜く荒廃し、焼け爛れた大地が、どこまでも続いていそうな気味の悪い黄土色の空が広がっていた。



「……見ましたか? 外は『全てを焼き滅ぼす兵器』によって荒廃し、生物が住み着けなくなるほど穢れてしまいました。それから人類を守ったのが、ここ……「塔」と言うことです」



「……薄気味悪い……『異常存在』、というのは?」



 見た方が早い、と言っておきながら見当たらないその生物の言及に、サクラが顎に手をあてがう。



「……ふむ。今はこの辺りには存在してないようです。ある意味僥光ぎょうこうですかね」



「……ぎょうこう?」



「ええ。彼らは恐ろしい体躯や能力を保持したものが多く、大半は人間だけでは対処できません。そんなものがこの辺りにはいない……これを僥光と言わずしてなんと言いますか」



 生返事を返した花乃に、サクラが的確に説明する。



「ふむ……まあ、よくわかんないことばかりですが。……塔の業務、とは?」



 その言葉に、ああ、と大袈裟にリアクションして答える。



「失礼、それを話していませんでしたね。……端的にいえば、先の『異常存在』を保護、管理し、他の塔からの襲撃に備えたり、他の塔へ進攻したり、ですか」



「……ん? あー……それはつまり、戦争ということですか?」



 戦争。口の中だけでその単語を転がし、どう答えるべきか思考する。



「……んー。似たり寄ったり、ですかね? 資源を奪い合い、需要と供給の均衡を保つべく他を切り捨て淘汰する。……なるほど、確かに『戦争』に近い」



 ですが、と言の葉を繋げる。



「私達は『戦争』を楽しんではいません。ただ己の利益だけを追及し、意地汚く生き残るために戦っています。所謂、戦争狂とは一緒にしていただきたくない」



 何かしら嫌なことがあるのか、能面を崩し苦虫を噛み潰し嚥下えんげしたような顔をする。その人間らしい仕草に、花乃は内心驚愕していた。


 軽く咳払いし、話を元の路線へと誘導する。



「まあ、そういった活動の手伝いをしていただきたく。……無理に、とは言いません。現に、貴女のように戦いを拒んだり……自ら……」



 遠い目をし、ここではないどこかを見つめて、



「花乃さん。逃げることは罪では有りません。ですが……我が儘ととられるかもしれませんが……拾った命、どうか、大切になさってください。自ら切り捨てるような愚行は……」



 その言葉に込められた重い、重い感情に圧倒され、口をつぐみ俯く花乃。それに、サクラが苦笑して。



「……繰り返しますが、強制では有りません。……貴女の意志は、貴女にあります。……部屋の手配はすんでいます。直ぐに職員を向かわせるので、案内に従ってください」



 そして、最後に。



「……ご自愛ください」



 そう言い残し、席を立ち退室すべくエレベーターの方へ向かうサクラ。依然、花乃は顔を俯かせ、思案顔で何かを考えていた。



 迎えが「セントラルホール」に到着し、案内されている間も、心にかかった霧は晴れぬまま。


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搭を壊すには最適の日々 あああああああああああああああ @piano-player_and-gamer

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