僕の就職先は、幼稚園!?ってどういうこと!?
夏蓮
第1話僕の職場は、幼稚園になった
ある日、僕が、得意先からのメールとにらめっこしていたときだった。
肩を叩かれた。
後ろを振り向くと、そこには、僕の直属の上司にあたる板垣さんが立っていた。
「ちょっと、話がある。後藤くん」
「はい、なんでしょうか?」
「そのー、唐突なのだが。君は幼女が好きかね?」
好きかどうかは、わかんないけど……まあ、嫌いでもないし。
「はい」
「そうか。それは、よかった」
なにが、よかったのだろうか?
「では、明日からの君の職場は、深山幼稚園だ。そういうことだからよろしく頼むよ」
「え…………はい」
と、僕はなにがどうなったのかをよく分からず、返事を返してしまったのだった。
◇◆◇◆
そして、帰宅後板垣さんから、一通のメールが届いていた。
そこには、深山幼稚園の場所と何時頃にいけばいいのかが書かれていた。
◇◆◇◆
そんな、わけで翌日。
昨日送られてきた情報を元に、深山幼稚園にきたわけなのだが…………
昨日までは、パソコンの打鍵音しか聞こえなかったところが、今は、幼女たちの楽しそうな声が響くところだった。
「で、なんで僕はここに?」
と、僕は漠然と疑問を言った。
「それは、男の人が欲しかったからですよ。ここ、女性しかいませんし。それに、男性と会わせることもあの子たちには、大事ですから」
「それは、わかりますよ。でもなんで、僕なんですか?僕免許持ってないですよ」
「そこがよかったんですよ」
免許持ってないことが?
「ってことなので、今日からよろしくお願いしますよ。後藤先生」
千里先生は、ニッコリと笑顔を浮かべて言った。
僕が、今新しい職場としてきている深山幼稚園であるが、稲垣さんの説明には、一部ミスがあったのだ。それも、重大なミス。
それは……
──ここが、深山幼稚園女子だったのだ。
そして、遂に幼女たちとのご対面の時間になっていた。
「さあ、そんなに緊張なさらずにしてくださいよ。私が全力でサポートしますから!」
そう言ってくれているのは、僕が今日から受け持つもとになった花組の担任だった千里先生だ。
「はあ、そうですね。サポートよろしくお願いします」
「はい」
「はい!みんなこっち向いて!」
「「「「「はーい!!」」」」
「今日はねー、みんなに紹介する人がいるの」
「えーだれ!もしかして、せんせいやめちゃうの」
「やめないよ。じゃあ、入ってきてください」
「はい」
遂に、僕は、新たな世界へと一歩踏み出してしまった。
「えーと、今日からみんなと、一緒に過ごすことになった。後藤といいます。よろしくね」
「「「「「はーい!!」」」」
みんないい返事を返してくれた。
でも、1人だけ、返事をしていない子がいた。
「なんで、あの子あんなに、顔を俯かせているんですか?」
「えーと、少し言いにくいですけどね。あの子は、お父さんから凄い厳しくされていて、それで男の人は、全員私を怖がらせてくる人だと思っているみたいなの?」
「そうなんですか?」
「はい。でも、最近離婚したみたいで、もうお父さんとは会ってないみたいですけど、そう簡単に、治るもんでもないんですよね。後藤先生を呼んだのも、あの子を男性恐怖症をなくしてもらいたいからなの」
「そういうことですか。そういうことなら、できる限り頑張ってみます。」
「よろしくお願いします」
まずは、話かけて見ることだよな。
視線を美姫ちゃんと同じところに合わせて、なるべく優しい声で
「
と声をかけてみた。
「っひ」
身体を僕から遠ざけて、僕から逃げるようだった。
…………すごい拒絶ようだな。
「少しでいいからさ、僕とお話しない?」
「……い、いやです」
「なんで?」
「男の人は、み、みんなみきに怖いことするから」
やっぱり、そう思ってるんだ。
「そうなんだね。僕は、そんなことしないよ」
「……ほんと?」
「ほんとだよ」
「………うん、わかった」
それから、美姫ちゃんといろいろと話しをしていく内に、徐々にだけど、僕に心を開いてくれたみたいで、僕に言葉足らずではあったが、いろいろと、お母さんのこと、自分の名前を付けてくれたのがお父さんだってことなどいろいろと話してくれた。
話を聞いていくうちに、本当は美姫はお父さんが嫌いではなく大好きなことだってことがわかった。
つまり、そういうことなんだ。
美姫ちゃんのお父さんが、美姫ちゃんのためにと厳しくやっていたことが、美姫ちゃんには、怖いことになっていたんだ。
「……みきはね、おかあさんとおとうさんがいっしょにいてほしいの。でも、なんでいまいっしょにいないの?」
「それはね──」
ここで、離婚したということを言うのは、簡単なことだった。離婚という意味はどんな意味なのかわからないとは思うけど、でも、そんなことをいった暁には、美姫ちゃんは……心に深い傷を追ってしまうかもしれない。そんなことしたら、美姫ちゃんは、一生男性恐怖症のままになってしまう。
ならここは、嘘でも違うことを言った方がいいだろう。
「──美姫ちゃんのお父さんはね、美姫ちゃんのために仕事を頑張っているからだよ」
「……そうなの?」
「うん」
「わかった」
千里先生が、
「はーい、みんな。今からお外であそぶよ!」
「「「「「はーい!!」」」」
「美姫ちゃんも、行こうか」
「……うん」
でも、なかなか動こうとしない。
「どうしたの?」
「あ……えーとね……せんせいもいっしょにあそぼ」
僕は、びっくりした。さっきまで、僕のことを見ると顔を俯かせていた美姫ちゃんからこんなこと言われるなんて
「わかったよ。じゃあ、一緒に遊ぼっか」
「うん!」
そのあと、美姫ちゃんとは、ヘトヘトになるまで遊んだ。
そして、帰る時間となっていた。
僕は、もう決めていた。美姫ちゃんの迎えがきたら、お母さんに美姫ちゃんの想いを伝えてあげようと。
千里先生が
「美姫ちゃんお迎えきたよー」
「うん」
「ちょっと、千里先生美姫ちゃんと一緒にいてください」
「え?なんでですか?」
「少し、美姫ちゃんのお母さんに話しがあるので」
「わかりました」
「よろしくお願いします」
そして、僕は美姫ちゃんのお母さんのもとへと行った。
「あのー、美姫は……貴方は誰ですか?」
美姫ちゃんのお母さんは、僕のことを不審者なのでは、とでもいいたげな顔をした。
「本日から、働くことになった後藤といいます」
不審がられるのは、当たり前のことなので、自己紹介をした。
「そうですか。で、美姫は、どこにいるんですか?」
「中にいますよ。でも、その前にお母さんに一旦話しておきたいことがあるんです」
「なんですか?」
「信じて貰えないかもしれないですけど、美姫ちゃんは、実は、お父さんのことが大好きみたいで、それで、なんで最近お父さんとお母さんが一緒にいないんだろうと思っていました。美姫ちゃんは、本当は、お父さんのことが大好きみたいで、たぶん普段は、優しいでしょうね。そして、美姫ちゃんはこう言ってましたよ。お父さんとお母さんは一緒にいて欲しいと」
「嘘よ。だって、あの子は、夫のせいで、あんなふうの男性恐怖症になってしまったのですよ。そんな子が、あなたみたいな、今日入ってきたばかりの人と話すわけないじゃないですか。それに、お父さんのことが大好き?それこそないですよ。あの人は、美姫に厳しくし過ぎていた。だから、あんな人ことを好きなんていうわけがない」
「はい。確かに、そう思うでしょうね。僕だって、最初はものすごく拒絶されましたしね。でも、怖いことは、しないと言ったら話してくれましたよ。それは、たぶん、お父さんのおかげだと思いますよ。おそらく、お父さんは、厳しくないときは、怖いことしないからな。とでも言っていたのでしょう」
「もしそうなら、美姫が男性恐怖症になるわけないでしょ!」
「はい。じゃあ、逆に聞きますよ。美姫ちゃんの周りには、そういう人はいなかったんですか?聞いた話しによると美姫ちゃんに将来のためといろいろ習い事をさせていたらしいじゃないですか?その先生たちは、美姫ちゃんに厳しくなかったですか?怖くないという一面を見せていたんですか!!」
僕は、声を上げてしまった。
「それは………」
「だから、お願いします。美姫ちゃんを悲しいませないためにも、お父さんと一緒にいてください!」
僕は、土下座した。
「えーと………頭を上げてください」
「あなたが、はいというまでは、上げるつもりないです」
「……はい、わかりましたよ。それに、あなたの話を聞いて私が間違っていたとわかりましたから。確かに夫は、美姫に将来のためだといろいろと厳しくしていました。でも、そうではない時は、優しい夫でした。それに比べて、私は、将来のためだと習い事をいっぱいさせていました。それにその先生は、厳しいと有名であった方々でした。しかも、男性で、習い事の先生は、美姫に厳しい一面しか見せていませんでした。それがいけなかったんですね。ありがとうございました。私も夫と縁を戻せるようの頑張ります」
「はい。頑張ってください。それで、美姫ちゃんが、元気になると思うので」
「はい。では、ありがとうございました」
「はい。失礼します」
そうして、僕は、美姫ちゃんのお母さんの前から消えた。
あのあと美姫ちゃんのお母さんとお父さんがどうなったのかわからない。でも、僕には、全く不安がなかった。
数日後。
美姫が、こんなことを言ってきた。
「えーとね………おとうさんとおかあさんがいっしょにいた!」
とっても嬉しいそうな、笑顔を浮かべて言ってきた。
「よかったね」
「うん!」
そんな時だった。
一本の電話が掛かってきた。
「ちょっとまってね」
「うん」
「はい。なんでしょうか?」
『どうだ?』
「なにも問題は、ないですよ」
『それは、よかった。で、また突然ですまんのだが、明後日から、お前の職場戻るから』
「……はい」
『そういうことだから、よろしく頼むぞ』
そこで、電話は切れた。
わかっていたことではあったけど、職場戻るって聞くのってやっぱり悲しく思うな。
最初こそは、幼稚園⁉って思ったけど、美姫ちゃんと関わっていく中で、他の子たちとも関わることができて、この子たちが卒園する時には、どんな風になっているのだろうか気になってきて、だから、やっぱり悲しいな。
美姫ちゃんがこのあとしっかり男性恐怖症を卒園するまでに治せるかとか見て見たかったけど、しょうがない。
「どうしたの?」
「ん?なんでもないよ。お外で一緒に遊ぼうか」
「うん!」
昨日と今日では、まるで性格が違った。昨日までは、話すことが苦手みたいな印象だったけど、今日は、活発な子だなーと思った。
たぶん、これが、本当の美姫ちゃんなのだろう。
そして、帰りの時間になっていた。
今日は、美姫ちゃんのお母さんは仕事が忙しらしく、遅くまで、僕と一緒に園内にいた。
その時に、昨日のことをいっぱい話してくれた。
お父さんが、美姫ちゃんと遊んでくれたとか、お母さんが美姫ちゃんの好きな料理を作ってくれただとか。
その話しを聞いていく内に段々と悲しみは募ってきてしまい、泣きそうになってしまった。
もう、こんなふうに美姫から話しを聞くことができなくなってしまうこと。もう、一緒に遊べないこと。もう、一緒に──
そして、帰り際に、美姫ちゃんは、こんなことを言ってくれた。
「また、あしたね!せんせい!」
と。僕は、ものすごく胸が苦しくながらも
「また、明日ね。美姫ちゃん」
と言った。
そのあと、堪えていた涙がいっぱい出てきた。
僕は、最初は、なんとなく『はい』といってしまったことに後悔した。なんで、『はい』と言ってしまったのだろうかと。でも、今は、むしろあの時はいと言ってよかったと思える。
美姫ちゃんと会えたことで、自分の中でなにかがかわった気がしたし。
「よし!明日は、最後の1日だ。頑張るぞぉぉ!」
「短い間でしたけど、ありがとうございました」
僕は、お世話になった人たちにお礼を言った。
「いえいえ、こちらこそ。美姫ちゃんがあんなに変わるとは思ってませんでしたし」
千里先生がそう言う。
「本当にお疲れ様でした」
園長は、お疲れ様と言ってくれた。
「本当にありがとうございました。今日1日頑張っていきますので、よろしくお願いします!」
「はい。こちらこそ宜しくお願いします」
「はい」
そして、今日で最後になるだろう花組へ繋がる廊下を歩いているときに千里先生が言った。
「本当は、後藤先生にお願いする予定ではなかったんです。でも、2日前に、当初来る予定だった人から無理だと言われてしまい、でも、急な話しだったため。どうしようかってことになり、しかたなく園長のお知り合いの人から薦められた、後藤さんにお願いすることになりました」
「そうなんですね。でも、なんでそんなに男性の先生が必要だったんですか?」
「ちょうど、私たちの幼稚園が、もし、男性の先生にいたら、どうなるのかやってほしいと言われていまして。それでです」
「そうですか」
「最初に、免許がない方がむしろいいんですなんて言ってすいませんでした」
「ふふ、いいですよ。やっぱり免許にないと駄目ですよね」
「はい」
「ま、先ほどもいいましたけど、本当にありがとうございました」
「こちらこそ」
そして、僕は、教室の扉を開けた。
今日は、特になにもなく昨日までのように、時間は、進んでいった。
そして、最後のお見送りの時間になっていた。
今日は、美姫ちゃんのお母さんは、いつもより早くきていた。
なんでも、僕に話しがあるらしい。
その話し合いには、美姫ちゃんもいた。
「美姫のこと本当にありがとうございました」
「いえいえ、こちらとしても、美姫ちゃんのお母さんとお父さんが、仲良くなってよかったですよ」
「それでは。また明日も宜しくお願いします」
また明日も宜しくお願いしますその言葉は、今の僕には、とっても残酷な言葉であった。
言わないほうがよかったのかもしれない。
言ってしまったら、お母さんだけではなく、美姫ちゃんにも聞こえてしまうだろうから。
でも、言った。
「実は、僕は、今日までなんです」
と。言ったあとからやっぱり言わなければよかったと思った。でも、もう言ってしまった。だから、もう後戻りは、できない。
「そうなんですか………それは、残念ですね」
「そう言ってもらえてよかったです」
その時だった。
あまりにも、か細くて聞き逃してしまいそうな声であったけど僕には、はっきり聞こえた。
美姫ちゃんが、
──せんせい、いなくなっちゃうの?
と言ったのが。
僕は、なにも答えなかった。言えなかった。言ってしまったら涙が出てしまいそうになるから。
美姫ちゃんは、目に涙を浮かべて
「せんせい、いなくなっちゃうの!!」
と、僕が今日まで聞いてきた美姫ちゃんのどの声よりも大きな声だった。
……さすがに、これを、無視するわけにはいかないよな…
「そうだよ。僕はね、明日からいないよ」
「そ、そんなのいやだ!せんせいがいなくなるなんていやだ!せんせいは、みきといっしょにいるの!」
と。
「美姫、先生にも」
美姫ちゃんは、お母さんの言葉を遮るように、
「いやだ!!」
と言った。そして、僕の方に駆け寄ってくると。
「いやだ!ぜったいにいやだ!せんせいがいなくなるなんていやだ!」
やばい、このままだと僕が泣いてしまいそうだ。
僕だって、美姫ちゃんが卒園するまで一緒に居たいよ。でも、そうは行かないんだ。
僕は、本当は、幼稚園の先生なんかじゃなくて、普通のどこにでもいるような会社員なのだから。
だから!だから!
「ごめん。僕には、なんにもできないんだ」
そう、真実を言うしかなかった。
美姫ちゃんは、その言葉の意味がわかったのかはわかんないけど、
「せ、せんせいのばかぁぁぁ!せんせいなんて、だいきらい!」
美姫ちゃんは、そう言ったけど、なかなか僕のもとから、離れようとしない。
「せんせいなんて…………せんせいなんて……」
「美姫帰るよ」
「やだ!」
「もう、
「なんで?」
「いいことを教えてあげるから」
「わかった」
美姫ちゃんは、僕のもとから離れてくれた。
美姫ちゃんは純粋でよかった。
「──でね──するって───に言えばいいの」
「わかった」
なにを言ったのだろうか?ところどころしか聞こえなかったけど。まあ、僕が気にすることがないと思うけど。
「せんせい!」
「ん?なに?」
「みきね、せんせいのおよめさんになる!!」
僕の就職先は、幼稚園!?ってどういうこと!? 夏蓮 @ennka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます