聖夜に還る輝星 エピローグ
綾部 響
エピローグ ―星に願いを―
ゆっくりと降りてくるエリスと、それを支えるユウキに、ノクトはジッと視線を送っていた。
ユウキが……聖霊が、魔法と思しきものを駆使して、落下していたであろうエリスをコントロールしているのだ。既存の聖霊には、それは有り得ない事だった。
聖霊に戦闘能力は勿論、魔法を使って何かを行うと言う能力は確認されていない。その代わりと言う訳でもないのだろうが、聖霊が戦闘で“死ぬ”と言う事もない。少なくとも、それも確認されていない事項であった。
聖霊は、宿主である勇者が倒れれば、それまでに得た経験を持って朽ち行く主から離れ、一度天界へと還って行く。そして時期を経て、再び違う人物を宿主として
聖霊が助かる事を第一としたシステムであり、それについてノクトにも意見は無い。
しかし今、ノクトの目の前では、その常識を覆す現象が起こっている。
ユウキが数百年ぶりに現れた、今までに確認されていない新しい聖霊である事は知っているものの、その能力については未知数な部分が多すぎる。
故にノクトは、ユウキの行動を
「そのような事も出来るのですね」
彼女達の目前へと舞い降りたユウキに、ノクトは冷静な声を掛けた。彼女の物言いが敬語なのは、彼女もこの世界の住人として聖霊に敬意を払っているからに他ならない。
「まあね。俺って、色々と新しい能力を持った聖霊だから」
言葉とは裏腹に、ともすれば睨み付けてでもいるかの様なノクトに向かって、ユウキは普段通りのお道化た言い方を返した。その言葉にノクトの方が毒気を抜かれ、フッと笑みを浮かべて緊張を解いた。
「未だ、全てを話して頂けないのですね?」
ある程度の報告ならばエリスから受けていたノクトだったが、ユウキの口から語られた事は何一つない。ユウキ自身も、エリスにも全てを明かさず、順を追って離す旨を伝えている。ましてや、ノクトはユウキの主では無い。
「話せないね―――。話しても仕方ない事だしね」
だからユウキは、殊更にふざけた口調でそう返したのだった。
ノクトの周囲に集まっている勇者たちの中で、メイファーのみが事情を知る人物であるが、その他の者にこの会話の真意を知る事は出来ない。全員がやや呆けたような表情で、事の成り行きを見守っている時だった。
「あれは―――シモーヌ様ではないでしょうか―――?」
月も出ていない星明りの中を、一騎の雪馬が駆けて来る。そして馬上の人は、メイファーの言う通りシモーヌだった。
「どうしたのだ、シモーヌ? あなたには待機を言い渡していた筈だが?」
一同の前までやってきたシモーヌは、馬を下りてノクトの前へと遣って来た。その彼女に、ノクトはそう声を掛けたのだ。言葉としてはきつく感じる物だが、その言い方は穏やかであり、決してシモーヌを責めている訳では無い。
「……はい……あの……その……」
「彼女には……何か決意が合ってここに来たんだってさ……」
相変わらず勇者化していないシモーヌは、相手がノクトであっても話す事が恥ずかしい様で、その言葉も小さく途切れ途切れだ。そしてそのフォローは、不愛想で言葉数の少ない彼女の聖霊デロンの役目である。
「そうですか。それで? 何でしょうか?」
デロンから概要を聞いたノクトは、改めてシモーヌの方へと向き直りそう問うた。体全体でノクトと正対する形になったシモーヌは、顔を赤らめて俯き、か細い声を何とか絞り出す。
「……あ……あの……。わた……私、ここでの戦闘を……感じたんです……。そしてここで……犠牲となった人が……」
小さく弱々しい声ながら、シンと静まり返った深夜の廃墟ではその声も良く通る。彼女の言わんとしている事は皆にも聞こえ、ノクトは彼女が何を言いたいかまで把握した。
「……確かに……。先程の戦闘で、2人の勇者が命を失いました」
ノクトはシモーヌに対して、ただ事実だけを語った。その事で、メイファー達の中で再び命を落としたヘラルドとカナーンの事が思い出され、どうにも
「その……その事……で……あの……」
「シモーヌが……あんたの許可が欲しいんだってさ……」
そんな雰囲気の中、シモーヌが言葉を続けようとして上手くいかず、やはりデロンが彼女の為に言葉を綴ったのだった。デロンの助言に、シモーヌはコクコクと激しく頷き同意している。この様な仕草一つ見ても、彼女が現役勇者中最高齢であるとは到底思えない。
「それは何でしょうか?」
分かっていて……シモーヌが何を言いたいのかを知った上で、それでもノクトはシモーヌに質問を返した。ノクトの表情には、先程よりも更に冷たい風情が纏わり出している。
「わた……私に……私に、『蘇生の魔法』の許可を……許可を与えて下さい」
「却下します」
力を振り絞って、漸く全てを言い切ったシモーヌに対して、ノクトはけんもほろろ、即答を以てバッサリと切って捨てたのだった。その余りに早い切り替えしに、シモーヌの方は状況に付いて行けていないのか、フリーズしたまま動けないでいた。
「あなたの能力は非常に
言い聞かせる様な、それでいてややきつい声音に変えて、ノクトがシモーヌに説明する。シモーヌはそれでも何か言いたげであったが、自身の性格とノクトの威圧に、アウアウと口をパクつかせるだけで反論出来ないでいた。
「……それでも……彼等を助けたいんだってさ……俺は……反対だけどな」
言葉を紡ぎ出せないシモーヌに代わり、デロンがまたも助け舟を出す。もっともその言い様は不機嫌極まりなく、言葉通り彼もこの案には反対なのだろう。
「あの―――……ノクト様―――。ヘラルドとカナーンの聖霊たちには―まだこの場に留まって貰ってますが―――」
一連のやり取りを聞いていたメイファーが、おずおずとそう言葉を挟んだ。
命を失った勇者からは、聖霊が抜け出して天界へと還って行く。それは決定事項ではあっても、即座に施行される強制力がある訳では無い。メイファーは、一先ず戦闘が一段落するまで、シャナクとエデューンにまだ戻らない様
「私の言い様は、聞き様によっては非道と聞こえるかもしれないが……」
メイファーの意見を聞き、横目で彼女を一瞥したノクトは、再び視線をシモーヌへと戻して口を開いた。
「シモーヌ、あなたがその気でいるならば、あなたの能力はもっと必要とされる時に使って貰いたい。戦闘で戦士が命を落とす事は当たり前の事で、その都度希少な能力が失われるリスクを負っていてはキリが無いのです。人はみな平等であり、命もまた等しく平等だが、それらの価値は同等では無い。私とあなたは同列にはおられないし、命にも価値が振り分けられている。あなたの能力は、一兵士に振る舞われて良いものでは無いのだ」
更に冷徹となった、まるで鉄仮面を思わせるノクトの表情は、この冬空の様に寒々しい。
そして無情な程に正論であり、誰もそれに反論する事は出来なかった。
「こん……今夜は……その……」
それでも一大決心をして此処へと訪れたのであろうシモーヌが、
「今夜はその……異界ではク……『クリスマス』と言う祭事でその……奇跡が……」
「シモーヌは……『クリスマス』の奇跡を利用して……二人を生き返らせる事が出来るんじゃないかって……さ……」
言葉も途切れ途切れで要領を得ないシモーヌに代わり、聖霊デロンが不愛想に説明した。彼女の考えでは、異界での「クリスマス」が齎す奇跡を、魔属だけでなく人属も利用出来るのではないかと考えたのだった。
「確かに、その可能性は低くありません。しかしその“異界”に存在すると言う“クリスマス”と言う祭事、そして“サンタクルス”と言う神が、間違いなく我等に害を齎す神では無いと言う確証が得られればの話です」
シモーヌの考えも間違いでは無い。だが、ノクトの言う事ももっともなのだ。
異界と言う、何処だか分からない世界の祭事を、そしてそこで崇められていると言う「サンタクルス」と言う神の事を、無条件で信用する訳にはいかない。ましてや、それに
「ユ……ユウキの話で……『クリスマス』は……異界でも人々に奇跡を齎す夜だと……聞きました……」
そこに意識を取り戻したエリスが、シモーヌの加勢に加わった。息も荒く、そう話すだけでも辛そうな彼女ではあったが、その瞳には確りと意思が込められている。
「なるほど、聖霊様ならば、異界の行事に詳しくともおかしな話では無いだろう。そして、ユウキ様の話も
シモーヌの意思、エリスの望み、ユウキの話があっても、ノクトの意見は変わらない。揺るがない決意で、シモーヌの恐らくは死をも覚悟した懇願を拒否しているのだ。
「で……では、二人は……ヘラルドさんとカナーンさんは『蘇生』させないと……?」
「先程も言ったのだが、戦士が戦場で命を落とす事は珍しい事じゃない。戦士達はそれも念頭に置いて、戦場に立ってくれている。そこにどんな事情や状況が介在しているかはそれぞれの問題だが、それでもその覚悟は間違いないのではないか? 勿論、この二人もその事は承知の筈だ」
エリスの再確認に、ノクトは静かに、それでも厳しい口調でそう言い切った。
聖霊が顕現すれば、本人の意思に関係なくその者は勇者となる。勇者となれば、無条件で「対魔属部隊バレンティア」の所属となり、本人の希望に関わりなく魔属との戦いに身を投じなければならない。この流れの中に、勇者となった者の意志は一切入り込む余地など無い事が分かる。
それでも、確かに勇者となった者は、例外なく魔属と戦う使命を抱き戦場へと赴いている。あれ程戦いを、勇者を、聖霊を忌避していたエリスでさえ、今では魔属と戦う事に疑問を感じてはいない。……出来れば戦いたくないとは考えているが。
そしてそれは、この世界に生を受けた者の自然な思考なのだ。
僅か200人しか選ばれない勇者。それはつまり、200人しか魔属と戦う事が出来ない事を意味している。戦いたいと願っても、聖霊の顕現していない者には魔属と戦うだけの力など持ち得ないのだ。
「話も纏まった様だし、俺達……そろそろ行くよ」
「……鬱陶しいわね……。色々と……世話になったわね。カナーンはノクト……あんたに
普段は見せない神妙な面持ちをしたエデューンと、美しい髪を掻き上げたシャナクが、勇者たちの話す輪の外からゆっくりとやって来て、それぞれにそう告げた。いよいよこの二人の聖霊も、天界へと還って行く刻が来たのだ。
「……あ……」
エリスは何事かを言おうとしたが、唯の一辺も言葉を紡ぐ事が出来なかった。ノクトを説き伏せる事が出来なかったのだ、彼女に何かを言う事など出来なかった。そしてそれは、シモーヌも同様であった。
「エリス……短い間だったけど、ありがとう。変な言い方になるけど……楽しかったよ」
「もう……鬱陶しいな……。私もよ、エリス」
改めてエリスに向き直った二人の聖霊が、彼女に向けて声を掛ける。それを聞いたエリスの瞳からは、堰を切った様に涙が溢れだしていた。
「そうそう、エリスがさっき見せてくれた“奇跡”……。あの余韻が、まだ残ってるんだよ」
「二人も……あなた達にお別れを言いたいんだって」
エリスには最初、二人が何を言っているのか分からなかったが、それもすぐに形を成して、エリスにも理解出来る様になる。
エデューンとシャナクが、二人同時に掌を外へ向け両腕を前へと伸ばすと、その二人の身体から白く輝く光が湧きたち、それはそのまま、エリス達の見ている前で人型を取り出したのだった。その人型とは……。
言うまでもなく、ヘラルドとカナーンだった。
「……ヘラ……さん、カナー……さん……」
エリスの声は涙で掠れ言葉にならない。そんなエリスを、二人は……二人を模った光は、柔らかな笑みを浮かべながら見つめている。
『ありがとう……』
そして二人の口元が、何事かの言葉を綴る様に動いた。勿論、声は発せられていない。それでも、その場にいた者全員が、間違いなく二人の言葉を聞いたのだった。
エリスは大粒の涙を流し、ただただ首を横へと振るしか出来ない。そんな彼女を、やはり優しく、少し困った様な笑顔で二人は見つめていた。
と……カナーンの視線が、ゆっくりとノクトの方へと向けられた。その視線を受けたノクトも、表情を変えずに無言で見つめ返している。
短い間、二人の視線が交錯した後、カナーンはゆっくりと、僅かに
「……さぁ、行こう。ヘラルド」
「ふふ……行きましょうか、カナーン」
その言葉を合図に、二人の聖霊と二つの光が天へと昇って行く。エリス達は、その光景をただ黙って見つめているだけだった。
すでにヘラルドとカナーンは形を光球へと変えており、まるでエデューンとシャナク、二人の聖霊と戯れる様に、どんどんと上昇を続けていた。
「せめて……せめてこの聖夜に……二人の魂が安息を得る事の出来るよう……祈りましょう」
いつの間にかエリスの隣へとやって来ていたシモーヌが、その目に涙を湛えながら彼女にそう呟いた。エリスもゆっくりと頷き、二人の魂が迷わず天へと召される様に、祈りを捧げるかのように手を組んで目を閉じたのだった。
4つの光は既に星へと紛れてしまい、判別が出来ない。それでもエリスは……そこに残った勇者たちは、まるで星に願いを捧げるかのように、いつまでも冷ややかに澄んだ夜空へと向けて祈り続けるのだった。
「……救われた気分だわ……」
「あら……あなたでも、そう感じるのね? 少し安心したわ」
「随分な言い様ね……。でも……『クリスマス』……『聖夜の奇跡』を、私も少しは信じられる……かな……?」
「どうしたの? 珍しく変節するなんて……」
「ふふ……自分の目で見てもいない事は信じられないけれど、自分で実感してしまったら……信じるしかないでしょう? 間違いなく私は救われたもの……エリスの“奇跡”のお蔭でね」
「あら? それなら、信じられるのは“エリスの力”なんじゃなくって?」
「違うわ……その全てを含めて……『聖夜の奇跡』……なのよ」
了
あとがきまで読んで頂ける方はお進みください。
ここで読了とされる方はありがとうございました。
もし星やメッセージ等を頂けるようなら、本編の方へとお願いしますね。
「聖夜に還る輝星」
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