『6-1、24番。二宮杏寧。今日は日直の日』 その1


 希望のなんちゃらとラジオは言うけれど。朝なんて来ないで欲しい。


 特に月曜日は最悪。更に最悪なのは、そんな日に日直だということ。

 ああ明日は月曜日だ、日直の日だ、って考えると、日曜日の朝から色んなことを考えて、お腹が痛くなる。このお腹の痛みは、耐え切れないほどじゃない。我慢できるていどだ。本当は仮病してでも(この場合の仮病は、腹痛を大げさに訴えるって言うこと)休みたい。でも出来ない。今日は日直だ。絶対に行かないと、怒られる。日直は早く起きて、朝の仕事を先生が来るまでにしなくちゃいけないのだ。もし休んだら全員怒られるし、私も次の日怒られる。それに、気がかりなことがある。ぐずぐずはしてられない。

 今日の朝ごはんはご飯と味噌汁。味噌汁を飲むと、暫くお腹のあたりが痛い。あたり、というのは、痛いのが胃なのか腸なのかわからないから。胸の下を指すと、「そこは胃かなあ……」と母が言う。でも、すぐにもっと下の部分がぐるぐると動いて、トイレに駆け込む。下す。最近こんな調子だ。

 一年前の朝ごはんは、ご飯じゃなくてパンだった。菓子パン食パンの他にも、ソーセージやレタスのサラダも一緒に食べる。朝ごはんはしっかり食べろ、が我が家の教訓だった。

 でも最近は、パンを食べるのがダメになった。一口食べただけで、すぐお腹を壊した。

 パンよりご飯のほうが消化がいいんだって、と、心配した母が変えてくれた。でも駄目だ。やっぱり下してしまう。頑張って味噌汁を飲んだ。無理しなくていいんだよ、と母が言ってくれた。でも、残すことが怖かった。


 食べ物を残すなんて、最悪だと、ここにはいない先生に怒鳴られた気がした。



 一番早く来る坂田君はいなかった。でも、ランドセルはある。多分ウサギ小屋だ。彼は飼育委員だから。

 教室をグルリと見渡す。ランドセルをいれるロッカーの上には、先生が持ってきたアジサイの花と花瓶。その水をさっさと取り換えて、私は自分の席の後ろにある席を見た。


 赤いチョーク。

 大きい字で、「死ね」と書いている。

 他にも、取ってつけたように小さな字で、「バカ」だの「ブス」だの書いていた。



 私は台拭き用の雑巾を濡らし、机を拭いた。机を拭くときは埃を払うだけだった真っ白な雑巾は、あっという間にピンクに染まっていく。

 やっている人間は、ほんのいたずらの気分なんだろう。

 でも、自分の座る席を汚されて、それも「死ね」と書かれて、どうして、なんで、と動じるのは当然だ。

 そして、その動じる様子を見たくて、いじめっ子は仕掛ける。

 悪意がないなんて言わせない。

 反応を見て楽しんでいるということは、それで傷ついているとわかっているっていうこと。

 それに気づいていて見て見ぬ周りの人間も同罪だ。悪いことをやらなければいいというのは、『良いことをしなくていい』という免罪符にはならない。黙ってるっていうことは、そういうことでしょう。

 私も、特にこの子のことが好きなわけじゃないけど、自分の後ろの席がこんなことになったままなんて嫌だ。


 緒方光。

 ついこないだまで、本山さん(女子のリーダー的存在)と仲が良かったのに、突然、本山さんを含む女子から無視されるようになった。

 クラスメイトの人間関係については大分疎い方だけど、後ろで楽しくしゃべる本山さんたちのグループと、一人ポツンと座る緒方さんの様子を見れば、さすがに気づく。

 極めつけは、授業中にたまに聞こえてくる『ブスは触んないで欲しぃ。黒いのが移る』という言葉。名前は言っていないけれど、すぐにピンと来た。緒方さんはテニスの教室に通ってて、日焼けしている。外見の悪口を言うのは、いじめの鉄板だ。私も散々やられてきた。

 金曜日はいつも、職員会議がある。先週の金曜日も例に漏れず、早めに終わった。その時だ。皆が帰っていく中で、本山さんと仲良くしているクラスメイトが、何かごそごそしていたのを廊下側の窓から見た。その時は変だなあと思っただけだったけど、家に帰って、何か嫌がらせしてるんじゃないかと気づいた。そうしたらこれだもの。いやがらせなんかやめて遊びに行けばいいのに。


 ……そういや、外見の悪口はよくあることなのに、比べて悪口のボキャブラリーが少ないのはなんでだろう(大概『ブス』か『ババア』しか言われたことがない)。

 悪口にとどまらず、よく街中で、歩く人捕まえてテレビの人が「お綺麗ですね」っていうけど、本当にそう思っているのかたまに不思議になる。だってうちのお母さんやお姉ちゃんと同じぐらい。その辺にいるような顔だ。

 実は皆、外見にそこまで興味がないんじゃないか、というのが最近の私の持説だ。だって私、人の顔、全然覚えられないし、興味もない。クラスメイトがキャーキャー言うジャニーズのイケメンだって、あまり区別つかないし。目が二つあって、鼻が一つあって、口が一つあって、髪型が大体一緒ならなんか皆同じように見える。そういや、マンガのキャラだって髪型で区別してるようなもんだな。他の人もそこまで注意深く見れるんなら、もっと色々出てくるような気がするし。あ、そうか。多分、一番目に付きやすいところを言って、一番出てきやすい言葉を言っているんだ。犬に「ワンワン」と指さすちっちゃい子と同じ感じなんだ。なるほど!


 なんてバカみたいに色々考えていたから、誰かが来た気配に気づかなかった。

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