テスト対策をしよう! 4
◆
林太郎が来たことで、ようやく勉強会は軌道に乗った。
さすがは特進科というべきか。それとも将来社員を束ねる器というべきか。あるいは天然な幼馴染に振り回される不憫な星の元に生まれた男子というべきか。とても面倒見がいい。舞谷だけでなく、あの勉強にやる気をみせない茅野に対しても、投げ出さず付き合っていた。おかげで田月もシャルルも、互いの苦手な教科に集中できるようになった。
窓から差し込む鋭い西日は、だいぶ陽が沈んだのか穏やかだった。まだ明るいと思っていたのだが、時計を見ると六時半を過ぎていた。
教師から課せられたノルマの時間も終わり、舞谷と茅野は家が遠いこともあったので、既に学習室から退室した。賑やかだった学習室も、気が付けばだんだんと人が減っていく。そろそろお開きにすべきかもしれない、とシャルルは思った。しかしキリが悪い。この発音記号め。語源はフランス語なのにどーして英語読みせにゃならんのだ。
(お前を倒すまで、ぼくは帰らないッ!!)
カッと青い目が開かれる。
シャルルは寮生だ。そして寮は学校から歩いて五分で着く場所にある。
まだ寮の門限までには時間がある。この単語を倒す、いや、暗記するまで粘っても問題はない。
シャルルは田月を見た。今まで聞いたことのない低い声で、「んのぉ……形容詞活用めぇ……『し』になったり『き』になったりとか、しょっちゅう変わるんじゃねえよッ……!」と呟いている。どうやら田月も帰るつもりはないらしい。
「……ショータ、時間大丈夫? 家に着くまで30分ぐらいかかるんじゃなかったっけ、自転車で」
「ん? んー……まあ、七時まではいいだろ。今日は晩飯の心配しなくていいからな」田月はクルリとペンを回した。「ばあちゃん、旅行でいないし」
「旅行行ってるの⁉ 一人で⁉」
「よくあることだぜ? ばあちゃんもあちこち行くし、じいちゃんも生きてた頃は学者として全国津々浦々だったし――んで、その両親のもとに育った母親は……」
「ああ……唱歌さんね……」
田月唱歌は世界中どこへでも活動する冒険家である。その仕事は多忙を極めるため実家にはめったに帰ってこない。かく言う田月も、もう一年半近く顔を合わせていなかった。
「じゃあ、家に帰ったらショータ一人かい?」
「まーそうなんだけど。さっきスマホみたら杏子さんから晩飯誘われたから、そっちにいこっかなーって」
「……は?」
ポキリとシャーペンの芯が折れる。
「……今なんて?」
「へ? ああ、杏子さんていうのは二宮のおふくろさんで、ほら、体育祭の時――」
「いや知ってるよ! 体育祭の時見に来た人でしょ!!」
体育祭の休憩時、田月と二宮のもとに現れた杏子という女性は、並んで立つと二宮とは対照的であった。猫目でストレートの髪をまとめる二宮と比べ、目が大きくて丸く、ウェーブがかった黒い髪はリボンでゆるやかに結ばれ、なにより常にニコニコと笑顔だったのが印象的だった。美女、というより、可憐な美少女と言っても初見の人は納得しただろう。二宮がいることを考えると、年は40近いはずだが。
「ぼくしゃべったもん! 杏子さん大学の時フランス文学専攻だって言ってたから話盛り上がったもん!」
「『もん』っておま……」
「そうじゃなくて! 晩御飯呼ばれるってどういうこと⁉ ご近所って聞いたことはあるけど、だからって女子の家の晩御飯にフツー呼ばれる⁉」
「……いや、佐賀じゃよくある光景だから」
「嘘おっしゃいよ!!」
「いやいやほんとほんと。別に二宮に限らず、どこかの家でバーベキューが行われていたら誘われるから、俺」
「コミュ力カンストッ⁉」
それは佐賀だからじゃなくて田月の人徳のなせる業じゃないのか、と心の中でツッコむシャルル。改めて親友の人脈の広さに感心――じゃなくて。
(ちがうちがう! ぼくの聞きたいことはそれじゃないんだ!)
シャルルが聞きたいことは、田月と二宮の関係だ。
本来なら体育祭の時に聞こうとしたことだった。だが、ちょうど応援合戦が始まってしまい聞きそびれてしまった。
二人の関係は、あまりにも田月が損をしているとシャルルは思う。二宮が田月のことを好きなのは第三者から見ても明確だ。その上、お互いの好意を確認できているのに、「付き合っていない」なんて。日本の交際は告白をしなければ始まらない、というのもフランス育ちのシャルルにはピンとこないが、交際していないのはもっと変だと思う。相手が自分のことを好きだとわかっているのに保留されるとか、ヘビの生殺しではないか。
それなのに、目の前にいる男はそれに不満も言わず、のんびりと構えているのだ。男子高生が、である。その上親とは顔見知りの仲なのだ。この現状を日本の常識とフランスの常識を和集合して照らし合わせたがヒットしない。つまり何かがおかしい。親友のことを悪くいうつもりはないので、心の中にとどめておくが。
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