テスト対策をしよう! 3


「せっかく今年も基準クリアしたのに、勉強の邪魔するわけにはいかねえよ」

「そうだね……じゃあ、誰に連絡するの?」



 他に誰かいたっけ? と考えるシャルルをよそに、田月は自分のスマートフォンを掲げた。




「チャッカチャチャンチャンチャ~ン! 特進科のグループLI〇Eー!!」



「なんで他クラスのグルチャ持ってんのショータ⁉ 他クラスの連絡網持つ意味ある⁉」

「こういう勉強とかがわからない時のためにライフラインを確保するのは当然だろ! 最近じゃテレフォンだけじゃなくて、アンケートでオーディエンスできるし! ファイナルアンサー⁉」

「そのネタわかる今の高校生いるッ⁉」

「っていうか、この時期に特進科を呼び出すのも鬼じゃないー?」

「大丈夫だ、アイツらは期末より県模試とか全国模試とかが大事だから」


 と言いながら、目にもとまらぬ速さで田月は打ち込んでいく。

 三十秒ほど経って、ピロリン、と音がした。




「H組から、一人くるって」

「いいのか特進科!」

「しかも理系! 文系より科目数が多い理系に⁉」

「この学校で一番忙しいと言われる彼らを顎で使うとは、中々やりますなー」

「……お前らのためでもあんだぞ、他人を鬼みたいに言うのはやめろよ。特進科だから教えるのも上手だって。特に茅野、お前は真面目に教わっとけ」



 茅野はつまらなさそうに唇をすぼめた。小さな唇は、紅く艶やかだ。それをすぼめると、まるでサクランボのようである。それに見惚れる周りの男子も少なくない。

 だが、目の前にいる男子二人は、全くそのそぶりを見せなかった。茅野の性格をよく知っているからである。


「チッ」

「舌打ちすんなや」

「私はー、人にケチつけるのは好きだけどー。人からケチつけられるのはキライなんだよー、ショタくん。ましてやクソ真面目なガリ勉ヤロウに上から目線で教わるなんてー、いやだー」

「最悪だなーその性格と態度ぅー」


 茅野の笑顔につられて、もしくは彼女のあけすけな本音に呆れて、もう笑顔しか浮かぶことの出来ない田月であった。笑顔と言おうか苦笑いと言おうか。口調も茅野のが若干移っている。



「心の中で思っているのは良いから、口と態度には出さないように」

「はぁい。……誰が来るのー? イケメン?」


「イケメンなら既にいるでしょ。ここに!」ドォンと胸を叩くシャルル。

「黙れヘタレ」間髪を容れずに茅野が毒を吐いた。語尾も伸ばさない、鋭い指摘アッパーだった。シャルルはその場で撃沈する。負のオーラのせいか、シャルルの周りの空気が黒く濁っているようだ。



「まあ、顔は女子好みじゃねえの。学年で一番有名な奴だよ。ほら、もう来た」



 田月が手を振る。人通りの多い廊下で、誰よりも背が高い男子がこちらへ向かってくる。身長は190センチ近いのではないだろうか。肩幅もあり、姿勢もいい。田月と並ぶと、まるで巨人と小人である。しかし顔は中性的な為、厳つい印象はない。シャルルと比べると華やかさはないが、人当たりが良さそうな顔である。



「あー! 林太郎!」


 先に名前を言ったのは田月ではなく、舞谷だった。

 林太郎と呼ばれた男子は、苦笑いしながら言った。


「やっぱりいたんだ、紗奈。また化学と数学ひっかかったの?」

「あはは正解……。でも、なんだ林太郎か。誰が来るかって緊張しちゃったよもー!」


 バン、と舞谷が笑顔で林太郎の背中を叩く。その遠慮のない間合いは、まるで兄妹のようだ。


「何―? 舞谷さんの彼氏―?」

「ううん、幼馴染」

「ちがうよ、幼馴染」


 茅野の質問に、二人がほぼ同時に答えた。照れも色気もない返事が、それが真実であることを示している。

 とある誰かさんたちとは正反対だな、と、シャルルと茅野は思った。



「林太郎は、小さい頃から剣道やっててね。去年は全国まで行ったんだよ。団体戦でも個人戦でも!」

「あー! そういえば始業式でも終業式でも、表彰式に出ていたの見た気がする!」

「なるほどー。部活動で有名っていうわけかー」

「あ、いや。そっちでも有名だけど、それだけじゃないんだ」



 田月の言葉に、シャルルと茅野が首をかしげる。



「林太郎は大企業の御曹司なんだよ。かなり有名だけど、お前ら知らないのか?」

「……えっと、そういえばさっきから名前prenomで読んでるけど、名字nomは何さ?」

「なんか無理やりフランス語使った感あるな」

「ほっといて」

「私もー、聞いたことがある気がするけどー。覚えてないー」

「茅野もかよ? ったく、いいか? 聞いて驚くなよ?」



 耳貸せ、と田月が言う。二人は素直に従った。

 ゴニョゴニョギョ、ゴックン。



「……え、マジ?」

「まじ」



「日本有数の老舗企業じゃん……」田月の口から出てきたビックネームに、呆然と呟くシャルル。

「ねえ今擬音語変じゃなかった?」林太郎がツッコむ。

「こんな田舎町の私立高校に、そんな御曹司がいていいのー?」だが茅野には聴こえなかった。



「ねえ無視? 話題の中心僕っぽいのに、無視なの?」

「林太郎。あたし、虫好きだよ?」

「Insectの方じゃないから! Ignoreの方だから!!」


 ずれた発言を正す隙に、普通科三人組は、ますますボケ続ける。



「佐賀をなめんじゃねえよ! 久〇製薬の本社は佐賀県鳥栖市にあるし、〇永製菓の創立者もCy〇a〇esの社長も佐賀県伊万里市出身なんだからな!!」

「そんな具体的な名前を並べちゃだめでしょ⁉」

「っていうかー、ここ、佐賀って設定だったのー?」メタフィクション発言をする茅野。




「……僕帰るよ?」


 静かに林太郎が言った。

 静かゆえの威圧感。賑やかだった学習室と廊下がしんと静まる。



「……ごめん」



 ボケ通しの普通科三人組は謝った。

 別に林太郎は怒っているわけではない。ないのだが、剣道をやっているからだろうか。林太郎から発せられる緊張感に、その場にいた全員(幼馴染である舞谷をのぞく)が佇まいを正さずにはいられなかった。

 こんなに温厚顔なのに。やはり武人なのである。



「俺らが悪かったです。是非ここに居てください」

「さらっとぼくまで悪かったことにされた!」


 良心的にツッコんでいただけなのに! とシャルルの悲痛な叫び。

 若干空気が緩み、また周りが賑やかさを取り戻した。ただ一人、動じなかった舞谷がワンテンポ遅れて発言する。



「僕カエルよ? 『I am frog』? 林太郎……カエルなの?」

「紗奈はわざとやってるようだけど素なんだよねえ知ってる! 長年の幼馴染やってるから知ってる!!」


 この発言により、先ほどの威圧感は跡形もなく霧散した。

 先ほどまで舞谷を教えて頭を痛めていた田月が、思わず口を挟む。


「もっと言ってくれ林太郎。舞谷がさっきから天然すぎて勉強が進まねーんだ」

「具体的には⁉」

「アボガドロ定数を常に『アボカド定数』って発言して、『はたしてカタカナ表記は「アボカド」なのか「アボガド」なのか』という議論になった。英語表記じゃ『avocado』だから『アボカド』が正しいって俺が教えた」

「確かにちっとも進んじゃないみたいだ!」


 だから来たんだけど! という林太郎。どうやら紗奈の勉強を心配して来てくれたらしい。幼馴染ゆえに天然っぷりを把握していたわけだ。


(苦労してんなあ……)


 自分の行為を棚に上げて、普通科三人組は思った。


 文武両道を地で行く御曹司。

 唯一の弱点は、天然な幼馴染の存在である。

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