テスト対策をしよう! 1


 期末テスト一週間前。放課後の、職員室の前は賑やかだ。

 テスト一週間前からテスト期間が終わるまで、生徒の職員室への入室は禁止されている。代わりに職員室の前にある学習室は、テスト勉強、または教師に改めて範囲を聞く生徒で溢れるのだ。

 『室』と言っても、廊下と室を隔てる壁や扉はない。コーナーのような空間だ。


 その学習室にて、田月翔太たつきしょうたは広い机に突っ伏していた。



「無理。死ぬ」

「諦めモード入ってる……」



 学習室の中でも、一番大きな机を占めているのは四人。

 2年A組(普通科文系)、茅野かやの千恵美ちえみ

 同じく、舞谷まいたに紗奈さな

 2年B組(普通科理系)、井上シャルル。

 同じく、田月翔太。

 それぞれ中間テストで赤点を取ってしまい、期末テストで挽回するよう言い渡された生徒である。


 学期の成績は、中間テスト+期末テスト=60点以上が合格点だ。つまり、中間テストで0点をとっても、期末で60点を採れば合格となる。もし合格点を下回れば、お盆休み以外の夏休みを返上して補充を受けなければならない。


「まあ、夏休みの半分以上は半日授業みたいなもんだけどねー」


 背もたれに寄りかかって呟くのは茅野だ。ウェーブがかった長い栗毛は、顔を天井に向けると一気に腰まで伸びたように見える。

 夏休みは七月後半からだが、終業式が終わって二週間は半日学校に通うことになる。それが終わればお盆を含む二週間の休みがあるが、それを過ぎたらまた二週間半日授業だ。そして始業式を迎え、二学期が始まる。

 赤点で受けるのは『補充ほじゅう』と呼ばれるのに対し、夏休みにもれなく全員受けなければならないのは『補習ほしゅう』と呼ばれる。

 休みってなんだっけ。全員が一度は疑問に思うことだ。



「でもでも! せっかくの夏休みだもん! これ以上休みを減らしたくないッ!」

「お、やる気だね、舞谷さん」



 別に夏休みが減ってもいい、とすっかりダメな方に行ってしまっている田月と茅野に対し、舞谷は握りこぶしを作って意思表明を表した。その前向きな姿勢に励まされるシャルル。

 舞谷紗奈は、金髪ともとらえられるぐらい明るい茶髪だ。ウェーブかかったポニーテールが肩あたりで揺れる。制服も大分着崩しており、格好としては『ギャル』に近い。しかし喋り方は丁寧で、言葉に毒がない。性格も天然な部分が相まって、クラスでは『癒し系』と呼ばれる。

 真面目な人がいてくれて良かったー、とシャルルが安心した時。



「だって、夏は虫のベストシーズンだよ⁉」

「……は?」

「一日1℃変わるだけで昆虫の生態はガラリと変わるの!! 補充なんてしていたら逃しちゃう!!」


 舞谷の目は燃えている。彼女の熱意に面食らったシャルルは、顔なじみである茅野にアイコンタクトを送る。察した茅野は説明した。


「舞谷ちゃんはー、生物ならどんとこいなのー」

「な、なるほど……生き物好きなんだ?」


 シャルルが尋ねると、満面の笑みで舞谷は頷く。






「うん! 捕まえるのも育てるのも食べるのも大好きだよ」


「食べるのもッ⁉」

「まさかうちの母親以外にも虫食イズムがいようとは!」



 ギャル系女子のオドロキ発言に、机に突っ伏していた田月が顔を上げた。


「そう言えば、舞谷ちゃんの理想の結婚相手は、『狩猟免許を持っている人』だったっけー」

「うん! 虫食は前からやっているけど、最近、ジビエにも興味があってー」


 モジモジと、頬を赤らめ指先を遊ばせる姿は大変可愛らしい。廊下を通る健全な高校男子が、先ほどからチラチラとこちらを見る。……会話さえ聞こえなければ、大変可愛らしい。



「今注目はタヌキかな!」


「「タヌキッ⁉」」

「あ、カラスは食べたよ! ハシボソガラスって言うクチバシが細いカラスなんだけど、中国でも食べられているらしくて、美味し」

「やめよう! 多分その話深掘りしたら勉強に戻れなくなる!! 皆怪訝な顔してこっち見てるから!」


 今はとりあえず勉強しよう⁉ というシャルルの言葉により、ジビエ講座は終了した。

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