二つの月のメルセルウスト

うなじゅう

零 とある夜の一幕

 太陽の明るい支配は終わりを告げた。

 夜の主は私だと言うように、黒い空の真ん中を、黄色く輝く孤高な満月が浮かんでいる。

 周りを取り囲む従順な星々は、ちらちらと見えているだけだった。

 そんな圧倒的な闇が支配する中で、町は人工的な灯りで抵抗している。

 それは星と月の光よりも明るかった。

 人々の営みは、夜の力で止める事が出来ないのだ。

 そしてそれは、今、駅から出て来た少女も例外ではない。

 少女は疲れた顔をしている。塾通いと勉強が忙しいせいだった。

 町が夜の闇に抵抗しているおかげで、活動できる時間が多いせいでもあった。

 彼女はこんな生活から逃げ出したいと思っている。

 もちろん、同級生たちの何人かが塾に通っていることは知っていた。

 だけど疲れ果てるまで勉強をさせられているのは、少女が知る限り自分だけだ。

 本当はもっと遊びたいと思う。恋だってしてみたい。

 でも、それは叶わない夢だ。

 良い学校に行き、良い会社に入社し、良い結婚相手を見つけること。

 それが幸せな人生なんだと、親に教えられた。親はそれが全てだと確信しているようだった。

 期待が重い。これからを考えるのも億劫だ。

 だからなのか、少女の足取りも重かった。

 未来のその先に行く事を拒んでいるみたいだった。

 しかし、少女は歩くしかなかった。逃げることを思いついても実行しないのだ。

 現状にただ流されるだけ。

 両親が思い描いているレールの上をただ進むだけ。

「はあ……」

 思わずため息を吐き出す。自分の人生なのに、自分のモノではないみたいだった。

 そしてそんな風に考えていたときである。得体の知れない何かを見つけ、足を止めたのは。

 少女の目は、一点に注がれていた。

 街灯に照らされたそれは、夜よりも遥かに深い黒色で、形は長方形だ。また奇怪な事に、平面的にも関わらず、道路上で直立しているのである。

 まるでトンネルだと、少女は思った。

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