揃う部員達
先生が歩いている間、ずっと思考を巡らせていた。なぜこいつは僕の家に来たのか、なぜ僕の心の内が分かるのか、今どこへ向かっているのか……。
最後の問いは割と早く解けた。学校だ。先生が向かうところがそこしか思い当たらないということもそうだが、道順がどう考えても僕が学校へ行く際のそれだ。
だが、他の問題はなかなか解決しない。特に心が読まれる点についてはてんで検討がつかない。超能力などという言葉は使いたくないが、気持ちを誰にも口外していないことを鑑みるとそう顕すしかないような気がする。
例えば、家の中での独り言を拾う程度ならまだ盗聴などの可能性は残されている。しかし、その独り言をどういう心持ちで言ったかについて言い当てている時点で説明がつかやい。
問題が解けない僕の心のもやもやを映し出すように、空は暗い雲に覆われ、日はまだあるはずだがどこにあるかすら分からない。そのうち雨になるかもしれない。
先生は職員用昇降口を経由して生徒用昇降口にいる僕を迎えにきた。外ではテニス部の連中が球を打ち合っているのが見える。あいつらを見ていると、子供は風の子なんてのはあながち嘘ではないように思える。僕は運動はからきしであるから、動きたくても動けないのだが。
天井の蛍光灯が床のタイルに反射し、明るくもなく暗くもない廊下を先生は進んでいく。ついてこい、と言ったきり何も喋らないが、一体、先生は僕をどこに連れていくつもりでいるのだろうか。
入学したての校内はよく分からないが、職員室でもHR教室でもないことは簡単に分かった。そのまま生徒が寄りつかなそうな方向へ進んでいき、東校舎の四階の突き当たりでやっと先生が振り返った。
「ここだよ」
相変わらず読めない笑顔を浮かべる先生が「ここ」と示す場所には「旧校長室」と記されている。この中に何があるのだろう。久しく感じていなかった興味と、少しの不安感が僕の身体を突き動かした。
……戸を開けると、一年の男女が向かい合った状態で座っていた。旧校長室という割に部屋は常に使われているような清潔さだ。
「よお。君もまたあの先生に呼ばれて来たのか?」
男の方は馴れ馴れしく話しかけてくるが、面識はないはずだ。女の方はこっちに向かって何か言ってるようだが、何言ってるか聞き取れない。
「君たちはここで何をしてるんだ」
「何って、先生に言われてここで待ってるんだよ。俺たちも何のために待ってるのか分かんない」
男の方だけが質問に答える。先生ならここにいるだろ、と言いかけたが、ちらっと廊下を振り向いた時には先生の姿はどこにもなかった。これは僕もここで待っていろということなのだろうか。
仕方なく部屋の中へ入り戸を閉め、男の横に座る。この手のヘラヘラした男は苦手だが、女はもっと苦手だ。
「なあ、君も同じクラスだよな」
不意に男が話しかけてきた。距離が近い。
面識がない、と勝手に思ってはいたが、確かにクラスメートを全員記憶しているかと訊ねられれば答えあぐねる。それが分かっていたからこの男は先程から馴れ馴れしかったのか。そして、君「も」ということは向かいに座っている女も同じクラスということだろう。これはいよいよ、もう少し人間関係にも目を向けなければまずいかもしれない。
「やっぱり、集められる人って全員1-2の生徒なんじゃないか?試行回数三回で全て当てはまるってことは真実味を帯びてきたじゃないか」
この男はどうやら探偵気分らしい。集められている人物の分析より集められているこの状況を分析する方が先決だろうに。ぱっと見、僕とこの男と向かいの女に共通点はない。外見的特徴に合致点が見つからないということは、理由は内面の問題にあるとして間違いなかろう。
問題はこの二人にどんな内面的特徴があるかだ。仮に、二人に人並み外れた特技があるならば僕と共に呼ばれたのも納得がいく。二人とも勉強やら技術やらが優れてそうには見えないが、外見で決めつけるのはよろしくない。
もしそうではないとするならば、強いて言う三人の共通点は、騒がしい面子ではない、ということだろう。この男は少々馴れ馴れしくはあるが、いわゆる「陽キャ」などという分類には入らない。僕と女については言わずもがなだ。
……状況を鑑みると後者の方が現実味がありそうだ――などと考えているときに戸を開けて入ってきたのは、その理論をぶち壊すみてくれの女だった。
「ちーっす。ん?なになに?このしけた空気」
※ ※ ※
こんなに綺麗な夕焼けは久し振りに見たかもしんない。学校の白い壁にオレンジ色の光が反射してる。おんぼろ校舎じゃなければもうちっと綺麗だと思うんだけどなあ。
「んで、なんで学校に戻ってきたの?」
ここまでなんも聞かずについてきてあげたけど、正直大事にしたくないし、このまま職員室に連行されるってのはちょっと御免かもだし。
「福原さんにとある部活に入ってほしくてね」
「は?部活?」
いやいやいや、さっきの今で何を言い出してんのこの人。あ、もしかしてあれ?家庭環境に問題のある人をどっかのグループに入れさせて精神的に安定させるみたいな?そんなお節介いらないんだけど。
「あたし、別に部活入る気ないから」
「……残念だけど拒否権はないよ」
また先生の細い目がギラリと光った。どうすればその(ある意味で)感情の乏しい顔で恐怖を生み出せるのやら……。とりあえず先生があたしの精神状態をよくしようなんて綺麗事考えてるわけじゃないのは分かった。
先生が昇降口で履き替えてる間に逃げることもできたはずだけど、しなかった。だってここまできたら気になるじゃん。先生が何をしようとしてるか。
夕陽で眩しいくらいオレンジになった廊下をHR教室とは違う方向に進む。入学したてでよく分かんないけど、なんか使い道もよく分かんない教室が並んでるとこを進んでって、一番奥の部屋の前で止まった。ここに入れっつーこと?よっしゃ。じゃあ開けてやろうじゃん?
「ちーっす。ん?なになに?このしけた空気」
開けた途端、三人が沈んだ空気の中に沈んでてビックリしたよね。思わずツッコミ入れちゃったよ。靴の色的に新入生同士だと思うけど、なんだってこんな辛気臭いメンバーなわけ。
「ねえ先生……」
ワケを聞こうと振り返ったけど、そこには先生の影も形もなかった。ますます分かんねえ人だ……。
まあそれはともかく。まじでなんなんだこの部屋の空気。
「あんたらも先生に連れてこられたわけ?」
「うん。全員そうだよ」
奥にいる男が答えて、手前の長髪男は無視して読書、唯一の女の子はなんか言おうとしてるけど声になってない。大丈夫なのこのメンバー。
「なんで集められたか、とか聞いてない?」
「俺も聞いてないんだよね。逆に聞こうとしてた」
マトモに答えてくれるヤツが一人しかいない。こりゃ話を保たせるのは無理そうだ。仕方なく女の子が座ってるソファの隣に座った。お、このソファ結構座りやすいじゃん。
隣の子はやっぱりなんか喋ろうとしてるけど聞こえない。ほんとこういう空気苦手だわ。
「はやく先生戻ってこないのかよー。なんのために集めてんだよ」
「お待たせしました。やっとお答えできるよ」
噂をすればなんとやら……戸を開けて入ってきた先生の横には見覚えのある女の子が立っていた。――誰だっけ。
※ ※ ※
窓の外を見るともう既に運動部が部活の用意を始めている。雲八分、といったような晴れなのか曇りなのかよく分からない天気で、スポーツをするには打ってつけの気候だ。
「せ、先生ぇ、どこに行くんですかぁ?明日香、気になりますぅ」
気持ちを切り替えて必死に先生に話しかけるけれども、先生は見向きもしない。もはや無視している。周りに人がいるから、とはいえ反応してもらえないといささか演技のし甲斐がない。これ以上喋っても無駄な気がしたので、そこからは何も喋らなかった。
先生はそのまま生徒の溢れる廊下を抜け、校舎の一番端っこの棟の一番先端まで歩いていった。そこにある部屋の中から僅かながら話し声が聞こえてきた。
「なんのために集めてんだよー」
という女の子の声を聞き、先生は戸を開いて「お待たせしました。やっとお答えできるよ」と言った。当然、隣にいる私にも視線が注がれる。――再びモードを対外用に切り替える。
「こんにちわぁ♪みんなのアイドル明日香だよぉ!よっろしくぅ☆」
いつも通りに歓声が上がるかと思っていたのだが、反応はかなり薄かった。ケバい女と奥の地味な男が「おー」と小さく声を上げた程度だ。先生にしろこいつらにしろ、なんかおかしいんじゃなかろうか。
「……まあとりあえず座んなよ。お誕生席空いてるよ」
ケバい女が愛想笑いを振りまいて私を席へ誘導する。
「あ、ありがとう♪明日香嬉しぃ☆」
内心毒づきながらも、表面上はきゃぴきゃぴと返し、小さくスキップしながら奥の一人用ソファに座った。
「さて、ようやくメンバーが全員揃ったね。それじゃ、君たちを呼んだ理由を説明しようか」
先生はまた神のような、あるいは悪魔のような目をした。やっぱりこの人はただの人間じゃない――恐らく私だけでなく、ここにいる全員がそう思った。
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