部活説明会
――綿貫明日香が一番奥に座り、石井がテーブルを挟んでその向かいに立ち、俺たちの顔を見渡した。
「さて、君たちを呼んだ理由ですが、それは単純なことでね。ずばり、とある部活に入ってもらいたいんだ」
石井は嬉しそうな表情でそう言った。俺は思わず口をあんぐりと開けた。他の四人も目を見開いたり首を傾げたりして石井の言葉の意図を探っている。
「まあ、入ってもらうって言っても今から作るから『作ってもらう』の方が正しいかもしれないけど……」
石井がおどけた様子で喋る中、隣のメガネがでっかいため息をついて立ち上がった。
「僕は先生のおふざけにつきあってるほど暇じゃないんです」
――しかし、そんなものは視界に入っていないように、石井は表情を変えずに話を続けた。
「新しい部活の名前は……そうだなあ、名付けるならば……」
石井はそこで少し焦らしを挟んだ。メガネはそのままスタスタと出口に向かっていく。
「『自殺部』」
その瞬間、石井の口から冷気が放たれたかに思えた。その場にいる全員の顔が凍りつき、メガネでさえその動きを止め、引きつった顔で石井の顔を覗いた。
※ ※ ※
先生がそんなこと言うなんて思ってなくて、びっくりして心臓が飛び出ちゃいそうになった。いつも自信なくてビクビクしてる私だけど、その時はビクビクすらできないくらい怖かった。他のみんなも多分同じみたい。
だって、先生が寄りによって「自殺部」だなんて自殺を認めるような言い方、冗談でもおかしいよ。でも、先生は至って大真面目。気持ち悪いくらい真面目な顔をしてる。
「あんた……何言ってんの……?」
自殺部発言のあと、最初に喋ったのは隣に座ってた金髪の子だった。さっきまで陽気そうにしてたのに、今は顔が青白くなって、唇も震えちゃってる。
「ああ、まずどんな部活か紹介しなきゃならないね」
金髪の子の「理解できない」って意味の「何言ってんの?」を部活に関しての質問だと勘違い(?)した先生は、なにか紙を取り出して、私たちの前のテーブルに広げて、説明を始めた。
「つまり、部員の自殺を全力でサポートする部活だ」
やっぱり先生はふざけてる様子もなく、信じられないような内容を口にする。
「あんた……どうかしてるよ」
金髪の子が今度は疑問系じゃなくて断定的に言った。先生は説明を一旦中断したけど、顔はずっと変わらない、微笑みのままだ。
「どうかしてる?僕は君たちの手伝いをしようとしているだけだよ。だって君たちはみんな自殺したい。そうだろう?」
一瞬、先生の目が光った気がした。金髪の子は諦めたみたいに肩をすくめて、それっきり何も言わなくなった。私も、前に座る男の子も、明日香ちゃんも、何も言えなくなった。
「手伝うったって、どう手伝うんです。自殺なんか独りでやるものでしょう」
帰ろうとしてたメガネの男の子が、先生の話を否定も肯定もしないで、質問を重ねた。
「焦らなくても順番に話すよ」
先生はまた柔和な笑顔をしたまま、さっき広げた紙を指差す。紙には「部活心得」って一番上に書いてあって、その下にいろんな色でいろんなことが書かれてた。
「まず、お互いにどうして自殺したいかは詮索しないこと。気が変わって自殺を止めるかもしれないからね。次に、みんなで一番いい自殺の仕方を考えること。例えば、恨んでる人がいるなら、どう死ねばその人に裁きが下せるのか、とかね。最後に、自殺する時は事前にメンバーに知らせておくこと。そして、メンバーは必ずその死に様を見届けること。一番美しい死の瞬間を誰も見ないなんて勿体ない。……これが自殺部の決まり事だ」
先生はまるで授業してるみたいに一つ一つ説明した。おかしなことを言ってるはずなのに、なぜか従いそうになっちゃいそう。
「なんで先生は自殺を肯定するんですか」
引き続き、メガネの男の子が質問を投げかける。先生はそう訊ねられると、今日一番の嬉しそうな顔をした。
「自殺は美しいからさ」
※ ※ ※
僕は本気でこの男は頭がおかしいのだと悟った。ただ、同時に「こいつなら僕をこの退屈な世界から救ってくれるかもしれない」とも考えた。
「どうして美しいと思うんですか」
信じるために、まずは説明を求めた。その説明に同意すれば、僕はこの部に参加してもいいと思っていた。
「そもそも、死というものは美しい。それは生物における真理だ」
確かに、それには同意できる。死というのはそれまでの人生の集大成だ。死で生の価値が生まれると言っても過言ではない。
「そして、自殺というのはその死を自らの手で作りだせる。例えば、死の中でも事故や衰弱死なんかは美しくない。でも、自殺だったらいつ、どんな状況で、どういう死に方をするか、自分で選ぶことができる。だから自殺は死の中でも一番美しいんだよ」
それも一理ある――と思った自分がいた。もちろん、100%そうだというわけではないが、ただしそれは「自殺の美しさ」として正統性が認められる。さっき自分で「納得したらこの男を信じる」と決めた以上、入部以外に道はない。
「いいでしょう。入部します」
僕がそう言うと、先生は満足そうに頷く。
「じゃ、他のみんなはどうするのかな?」
僕も先生の横に立って四人の顔を見下ろす。全員、どこか引っ掛かるところがあるようだが、それでも全面的に否定するわけじゃない、といった顔をしている。
「それじゃ、一回聞いてみよう。この中で部活に入らない人はいるかな?」
先生がそう訊くが、四人はシーンと静まり返っている。判断しかねる、というのもあるが、先生のその能面のような威圧感に声が出なかった、というのもあるだろう。
「よしよし、それじゃみんな入部決定だね」
こうやって新入部員に手を叩いて喜んでる姿だけは、どこにでもいる教員のそれであるのだが……。
※ ※ ※
率直に言って引いたよね。引いたけど、でも魅力的にも聞こえた。あたしもなんとなく分かるんだ、死ぬ美学みたいの。死ぬんだったら死にたいときに死ねた方がいいじゃん?みたいな。
「それじゃあ、早速自己紹介から始めようか。まだお互いの名前、分からないでしょ?」
みんな同じクラスなのに、クラスでの自己紹介より先にこんなへんてこりんな部活での自己紹介のが先なんて頭おかしいっしょ。ま、名前知らないと後々面倒だろうし、早めにしとくに越したことはないとは思うけどさ。
「じゃあ杉田くんから反時計回りにいこうか」
杉田って誰やねん、って心の中でツッコミを入れてると、向かいに座ってるメガネじゃない方の地味メンが座りながら口を開いた。
「杉田進です。よろしく」
うわー、見た目と喋り方だけじゃなくて名前まで地味なんだなー。まあでもススムね。寺島進と同じ名前って覚えときゃ大丈夫。
あ、次あたしか。ススムも座ってたし座ったままでいい感じ?
「あたしは福原麻紀。マキって呼んでね~。好きな食べ物はいちご。よろしく~」
こんなもんでいいのかな?ま、いいでしょ。
次はさっきから一言も発しない隣の子。この子、ちゃんと喋れんの?
「わ、……たしは……だ……こです」
案の定聞き取れない。本人もそれを察知したのか、もう一度言い直す。
「あの、私は津田月子、です」
今度は辛うじて聞こえた。自分の名前言うだけで息切らしちゃってるけど、この子大丈夫なの?
「明日香のことはみんな知ってるからもう一回言わなくてもいいよねぇ☆」
……ということでアスカを飛ばして、最後のメガネの番になった。こいつもどーも好きになれないんだよなあ。「俺、天才だから」みたいな雰囲気マジ無理。
「僕は永沼斉彬だ。よろしく頼む」
うわぁ、名前古風過ぎるでしょ。古文書とか読み漁ってそうじゃん。名はてーを表すってよく言ったもんだね。
「そして、皆も知ってるかもしれないけど、僕は担任兼顧問の石井だよ。さて、自己紹介も終わったことだし、早速今から自殺部のミーティングを始めようか」
――こうして、流れとはいえ、この頭のおかしい部活はあたしらの高校生活の始まりと共に幕を開けた。もちろん、今後どうなってくかなんて、少なくともあたしは微塵も考えてなかった。
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