帰宅したらゴリラが居た場合に起こる命題

命題：玄関を開けたらゴリラがいた場合どうするか

　家に帰ったらゴリラがいた。後ろを向いているのに、はっきりゴリラだと分かった。

　霊長目ヒト科ゴリラ属。学名、ゴリラ・ゴリラ。

　ニシローランドゴリラだともう一個ゴリラが付くそうだが、正直見分けは専門家に任せた方が良いのだろう。

　後頭部が突出し、背の毛は銀色。全くもって偉丈夫な奴だった。

「……なに冷静に相手を見極めようとしてんだ俺？」

　あまりの混乱ぶりに自分でツッコみながら、俺は銃を抜く。

　狩猟用ではなくハンドガンだ。当然、弾も入っている。

　いつでも撃てる。というか、撃った。が。

「若人よ……。引金は重くあるべきだ……」

　ゴリラは揺るがなかった。しかも、喋りかけてきた。後ろを向いたままである。

「なんだァ?　てめェ……！」

　俺はキレちまった。屋上へ連れて行こうと思ったが、この巨体を連行できる気はしない。よって。

「セイッ！」

　助走数歩からの飛び蹴り。

　頭部狙い。

　六畳一間を貫く、サジタリアスの矢。

「悲しいことだ。森の賢者がなんたるか、分かっていないのか。人の者は」

「なっ……！」

　俺の身体は、ゴリラの一寸前で静止していた。

　空中。あたかも、時が止まったかのように。

「い、一体これは……」

「ゴリラ活法の絶招、猩々（しょうじょう）制空圏。己の周りに重力を纏い、近付く者は全て押し留め、落とす」

　動揺する俺。響くは厳かな声。

　気付けば俺は、阿呆面のまま、絨毯に鎮座していた。

「森の賢者は賢く強い。二十も越えれば、仙人の領域よ」

「うん。ゴリラ活法の辺りから初耳の言葉しか聞こえてこないな！」

　相変わらず後ろを向いたまましゃべるゴリラ。

　俺は思わずツッコんだ。

「そうか。我等とはやはり生きる地が違うか……。せっかくお前に会いに来たと言うのに……」

「ゴリラに知人は居ない。森に帰れ。いや、俺が帰す。覚悟しろ」

　もはや話を聞いてる余裕はない。

　俺は再び銃を構えた。

　いくら重力だろうが、近距離なら撃ち抜け――。

「甘い。そもそもお前の立つ位置は……」

　視界の端に陰が差す、と思った次の瞬間には。

　俺の身体は壁に叩き付けられていた。

　意識が飛びかける。目の前がチカチカした。

「我が拳の届く範囲だ」

　裏拳の勢いのままに向きを改めたゴリラ。

　しかし俺は壁にもたれたまま、うめき声を上げることしかできない。

　視界が妙に狭い。顔面が熱い。頬が腫れているのか。

　それでも。俺の目は。捉えてしまった。

「そんな……。その面影は……。そんな」

「嘘ではないぞ。私はお前に会いに来たのだ。我が子よ」

　毛に包まれた灰色の顔には。紛れもなく、父の顔があった。

　十年ぶりの再会である……！