15話 心的外傷(前編)


周は、何から話そうかな。と言いながら湯飲みに入ったお茶を見つめて、じゃあアタシと…と言いかけたところで、グゥーっと誰かの腹の虫の音が鳴った。


「いやー、ごめんごめん。昨日のお昼から何も食べてなくてさぁー。」


そう言いながらヘラヘラ笑うことねに、周はクスッと笑い「そういえばまだご飯食べてなかったね。」と笑った。

そして丁度良いタイミングでご飯が運ばれてきて、沖田が「彩里ちゃんの話の前に、まずはご飯食べてからにしよっか。」と言うと、俺の頼んだ天ぷらセットの海老を盗もうとしていたので俺が素早く取り上げると沖田は、ケチだなー義経は。と言いながら口を尖らせた。

お前一体幾つだよ。と思いながら食事を済ませると、周りも各々と食べ終わり。


ふぅー食べた食べたー。と満足気に周は言うと、少し間を開け口を開いた。


「みんな食事を済ませたことだし、アタシと綾燕の過去の関係について、これから話すね。」


周はそう言うと、過去の話を一から丁寧に話し始めた。



「アタシと綾燕は、とある小さな忍びの里で生まれ育ったの……。」






**************



三重県に位置する。小さな忍びの里。

人口は152人と少ないが、それでも優秀な忍びが多く存在していた。

そんな忍びの里に人一倍努力していた少女がいた。

彼女の名は閼伽井あかい彩葉。

彩葉は里の中では運動神経はあまり良くないが、視力と集中力は里の誰よりも負けなかった。

そんな彼女は今日も1人で修行をしていた。



静かな森林で、彩葉は目を閉じながら一呼吸おくと。

そのままクナイを構え、的の描かれた板目掛けてクナイを放った。

彩葉はクナイが刺さる音を聞くと、ゆっくりと目を開き、的に当たっているかを確認した。



「あちゃー…やっぱり悠兄みたいに上手くできないな……。」


彩葉は的から外れたクナイを拾うと、小さくため息を吐いた。

(里の中では一番に視力は良い方なのに、何で悠兄みたく上手くできないのかな?)


彩葉が1人立ち尽くしていると、背後から人の気配を感じて後ろを振り向くと、そこには里の中で2番目に優秀な、紫芳しほう綾燕が立っていた。


「綾燕、どうしたの?今日の授業は午後で終わりのはずだよ。」


彩葉がそう尋ねると、綾燕は和かに「うん、そうなんだけど、1人補習授業をしている可愛い女の子がいたから、ついつい気になっちゃってね。」と笑う綾燕に、少し不服そうに「綾燕とまた一緒にいる所を他の子に見られると、また何言われるか分からないから少し、ううん、かなり嫌なんだよね。それに綾燕って女の子にかなりモテるし。」と返すと、綾燕は彩葉の言葉など気にせず、彩葉の手に持つクナイに手を添えると、そのまま的の方へと誘導させた。



「そんなの勝手に言わせておけばいいよ。って言っても彩葉は気にしちゃうんだろうね。でも彩葉には僕や悠斗、それに紫葵美ちなみだっているでしょ。だから困った事があったら僕たちをいつでも頼って。僕はいつまでも彩葉の味方だから。」


耳元にかかる吐息に少しドキドキしながらも彩葉は少し嬉しい気持ちと、どこか寂しい気持ちが入り混じっていた。


何故なら彩葉は、4人の中でも、いや里の中でも徐々に衰えてゆき。尚且つ自分は1人だけ置いてけぼりのような劣等感に苛まれていた。


元気のない様子の彩葉を見て、綾燕はゆっくりと彩葉を優しく包み込んだ。


「彩葉が悩んでいる事は大体予想はつくよ。でもね彩葉。君は皆んなみたいに足並みを揃えなくていい。自分の思ったペースで進めばいい。なんて綺麗事に聞こえるかもしれないけど、君の目は誰よりもいい。本当の自分を隠すのは、もうやめよう。」


綾燕はそう言うと、彩葉にある物を手渡した。

彩葉は綾燕から物を受け取ると、ずしりと重みのある、黒くて冷たい銃を受け取ると。

彩葉は少し驚きを見せた。そのまま銃を見つめ「知ってたの。アタシがクナイを扱うより銃の方が得意だってことを……隠してたつもりなのになー、やっぱりアタシって忍びよりも暗殺者の方がむいてるのかな。」と苦笑いするも綾燕は「別に僕は、銃を扱える忍びがいても不思議ではないと思うよ。それに銃を見ている時の彩葉は恋をしている人の眼差しと同じだからね。」と笑った。


綾燕にそう言われると、彩葉は銃を構えながら的の方へと向け。

そのままゆっくりと目を閉じ、一呼吸おいた。

そして銃の引き金を引くと、一発の銃声が森の中に響き渡り、一斉に飛び立つ鳥たちを合図に彩葉はゆっくりと目を開けた。



彩葉は的の方を見て確認し終えると、綾燕の方を向いた。

綾燕はニコリと優しい笑みを浮かべると「やっぱり彩葉にはこっちの才能があるみたいだね。」と言うと、彩葉は銃を優しく撫でながら「当たり前じゃん、アタシの銃は百発百中よ。どんな距離でも絶対に外す事なんてないんだから!」と少し自慢気に話した。


「でも……どんなに頑張ったって悠兄たちには敵わない。忍術の一つも使いこなせない忍びなんて何一つ役に立たないのにね。」



そう嘲笑いながら言う彩葉の表情は少しどこか悲しい顔をしているように見えた。

綾燕は少し呆れながら一歩づつ彩葉に近づくと、両手で彩葉の顔を優しく包み込むと「忍びに向いてるか向いてないか以前に、そのマイナス思考を治した方がいいかもね。そんなんじゃ悠斗に振り向いてもらえなくなるよ。」と言った。


その言葉を聞いた彩葉は、徐々に顔が赤くなり、綾燕から目をそらすと「べ、別にアタシは悠兄の事なんか……うぅ、やっぱりアタシってわかりやすいのかな?」と綾燕に訊くと綾燕は、かなりね。と苦笑いしながら答えた。


あれから3日ほど経ち、彩葉たちは体術の訓練をしている最中だった。


悠斗と綾燕の訓練を遠くからボーッと眺める彩葉は、2人の無駄な動きのない速さに感心しながら観戦していると、隣に紫葵美がやって来て「2人とも凄いよね。私ももっと頑張らなくちゃ。」と言うと彩葉は「紫葵ちゃんはアタシより十分強いと思うよ。」と、少し困ったように笑うと、それじゃあ先に戻ってるね。と紫葵美を避けるように先に教室に戻る彩葉。


少し離れた場所まで行くと、彩葉は教室には戻らず、大きな木の下にもたれ掛かった。


(あからさまに紫葵ちゃんを避けてるのバレバレだよね……でも無理だよ。だって悠兄と紫葵ちゃんは…。)


彩葉の目には、いっぱいの涙が溢れており。

2人が付き合っていることに嫉妬してしまう自分が嫌になってしまう、そんな感情が彼女の心の中で渦巻いていた。


「どこか遠くに行きたいな……」


「それじゃあ僕と2人でどこか遠くに行ってみる?」


突然、目の前に現れた綾燕に驚き。

目をパチパチさせる彩葉を、優しく微笑みながら彩葉の涙を拭う綾燕。


彩葉は少し焦りながら「えっと…えーっと何で綾燕がここにいるの?」と訊くと綾燕は勝手に抜け出してきちゃった。と笑いながら答えると「それに僕の好きな人が悲しんでいると、僕まで辛い思いをするからね。」と悲しげな表情を見せる綾燕に彩葉は、えッ!と困惑した表情で綾燕を見つめていた。


その表情に綾燕は、プッと吹き出し「彩葉は鈍感だと思ってたけど、ここまでとはね。」と言うと彩葉の頬に優しく手を添える。


「僕はずっと彩葉だけを想ってきた。これからもこの先も変わらず君だけを想い続ける。君がどれだけ悠人の事を好きでいても、僕は構わない。けど、君が傷つく姿だけは見たくない。

好きな人に、こんな悲し顔はさせたくない。

彩葉、僕じゃダメなの?」


優しく抱きしめる綾燕に彩葉は黙っていると「返事は今じゃなくていいよ。彩葉の心が落ち着いた時に返事を訊かせて。」綾燕はそう言いながら彩葉の頭を優しく撫でた。



(アタシの知らないところで綾燕はアタシの事を想っていてくれたんだ。アタシの気持ちを知っていながら今まで影で見守っててくれたんだ…あれ?アタシなんで悠兄の事好きなんだっけ、あぁ、そうだった。強くて優しくてカッコいいただそれだけの理由だったんだ。)



彩葉は綾燕の顔を見ると、ニコッと笑いながら「なんか吹っ切れたみたい。ありがとう綾燕。でも綾燕の告白はもうちょっとだけ待ってて。」と伝えると綾燕は嬉しそうに笑いを見せると、すぐに意地悪っぽい顔になり「じゃあこれからは遠慮なく攻めていいって事だね。覚悟しておいてよ彩葉。」と妖艶な笑みを見せる。


綾燕のその表情にやられたのか、彩葉は頬を赤らめながら俯くと小さな声で、そういうのズルいと思う。と呟いた。


その後の2人の進展は早いもので、彩葉の心はだんだんと綾燕へと向けられるようになり、時は流れた。



「まさか2人が付き合うなんてねー。綾燕、彩葉のことちゃんと守ってあげてね。」


ニッと笑う紫葵美に綾燕は「当然だよ。それに僕は誰かさんみたいに、彩葉を悲しまさたりはしないよ。」と、挑発的に悠人の方へと視線を向けた。

その行動に彩葉は慌てながら綾燕の手を握ると「ねぇ、綾燕。あのね、このあと2人で…その……。」と言いながら言葉が見つからない彩葉に対し綾燕は優しく笑いながら「彩葉。安心して、今夜の初の営みは……。」と言いかけたところで、紫葵美が綾燕の頭を強くバシッと叩いた。


「綾燕。アンタねぇ、私の可愛い妹分を汚したら許さないわよ!」


強く睨む紫葵美に対し、綾燕はニコニコと笑いながら「冗談に決まってるだろ。彩葉は紫葵美と違って可憐で繊細な心の持ち主、大切にするのは当然だよ。」と言いながら彩葉の髪の毛を優しく撫でた。


その様子を見ていた悠人は、急に席を立つと「すまん、急用ができた。」と言いながら席を外した。

彩葉は、悠人の顔を見るなり少し心配そうに見つめるが、追いかける事は出来なかった。


そんな2人の姿に少し不満そうに見ている綾燕の事も知らずに……。



その後。紫葵美と解散し、今は綾燕と2人で町中をブラブラと歩きながらボーッとしている彩葉に綾燕は、彩葉の頬っぺたを優しく突くと「彩葉、悩み事でもある?」と心配そうに訊くと、彩葉は一瞬ハッとした顔になると、すぐにニコッと笑い「ごめんね。でももう大丈夫だよ。」と嘘をついた。


そんな彩葉の態度に綾燕は低い声で、嘘つき…。と言うと、彩葉は聞き取りづらかったのか、綾燕、今何か言った?と聞き返した。

その返答に綾燕は優しく笑うと「彩葉があまりにも可愛いから、つい可愛いと口に出しちゃったんだ。」と言うと、今度は彩葉の耳元まで近づけ「それとも愛してるって言えばよかったかな?」と囁いた。


いつもの彩葉なら顔を赤らめながら、もう、からかうのやめてよ!と返すが、今回の彩葉は綾燕の言葉に少し違和感を感じたのか「ごめん、綾燕。せっかくのお休みなのに用事を思い出したの、本当にごめんね。」と謝りながら、その場を離れようとする。

綾燕は優しく笑うと「そっか、最後になるもんね……ゆっくり楽しんできな。」と言うと、彩葉は綾燕の言葉の意味を理解できず、少しモヤモヤした気持ちで、ごめんね。それじゃあまた明日ね。とその場を去って行った。


その後、彩葉は一人で河川敷を歩いていると、川の流れを物寂しそうに眺める悠人の姿があった。

そんな姿の悠人が気になった彩葉は、悠人の隣にちょこんと座ると悠人の顔を覗き込むように「悠兄、最近元気ないけど、どうしたの?」と、少し心配そうに訊いてみた。

悠人は彩葉の目を見ずに「それがさぁ、弟たちが最近反抗的で、これが中々ゆう事をきかねぇもんで少し疲れてるんだよ。」と、苦笑いしながら話す悠人に、彩葉は心配そうに悠人の目を見ながら、本当にそれだけ?と言うと、悠人は少し切ない表情を見せると、真っ直ぐと彩葉の顔を見つめる。


「彩葉も知ってるとは思うけど、俺の家は厳しくて、結婚相手も紫葵美の家の者という掟がある。だが俺は紫葵美を愛しているわけではない。俺が本当に心から愛しているのは彩葉、お前だけだ。」


突然の悠人の真剣な告白を聞いた彩葉は、目を丸くし「え…悠兄はアタシの事、妹にしか思っていなかったんじゃ……。」と、少し驚きながらも話す彩葉に悠人は「んなわけねぇーだろ。大体1個しか歳変わらねーじゃん…まさかアイツに先越されるとは思わなかったよ。まあ、それはさて置き、彩葉に大事な話がある。」さっきまでとは違い、声のトーンが少し低くなると「俺さぁ、家の仕来りとか掟とか凄くどうでもいいって言ったら村八分にされるのは重々承知の上で言うけど、彩葉がまだ俺を好きでいてくれるなら、雛影祭の終わりを告げる鐘が鳴った時、ここの川辺で俺は彩葉を待っている。もし0時までに彩葉が来なかったら、今まで通り日常に戻るだけ。けど、もし彩葉が来てくれたらその時は一緒にこの里を出て、どこか知らない場所で2人で暮らそう。」と、ニッと笑って見せた。


そんな悠人の表情を見た彩葉は、ドキッと胸が高鳴るのと、まだ悠人の想いが忘れられない自分にモヤモヤする彩葉に対し悠人は「まあ、時間はまだあるし、ゆっくり考えておけよ。それじゃあ俺は戻るから。」と立ち上がると、優しく彩葉の頭を撫でると、またな。と言った。

彩葉も頬をリンゴのように赤くしながら、またね。と返す。


そんな2人のやりとりを、遠くの方から見ている影があったが、2人はその気配に気づく事なく。

その影はその場から離れていくのであった。

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