8話 隠し神 (後編)
寺子屋に着くなり、何やら周りの生徒たちが、やたら落ち着きがなく。
何かに怯えるように、皆、身体を震わせている。
恐らくは、今朝の無差別な死に方をした子供を見て怯えてるんだろうな。
無理もない。
俺たちの存在に気づいた桃が、少し戸惑った顔で、おはよう。と言うと、俺も、おはよう。と挨拶を返した。
ふと、隣に立っている少女に桃が気づくと、その子は若の友達?と訊いてきた。
俺が答えようとする前に、弥生が、いいえ。将来の妻よ。と答えた。
弥生の返しに、そうなんだ。と、苦笑いする手前。
俺は、違うけどな。と即座に否定した。
そしてその後は、軽く桃に弥生のことを紹介し。
先生が来るのを待った。
少し談笑しながら待っていると、ニコニコ笑いながら、そして少し何処と無く悲しい表情を見せながら、明るく挨拶をする先生が教室へと入ってきた。
「皆さん…今朝の事件は知ってますよね。
私も寺子屋の教師として、とても残念に思います…これ以上の被害を防ぐため。この事件が解決するまでは、寺子屋はお休みしようと思います。なので今日の授業は終わりということで、皆さん帰る準備をしてください。
くれぐれも夜遅くにならないことと、1人で帰らないことです。いいですね?」
と、先生が言うと、俺たち生徒は、はい。と言う返事をして、次々と帰って行った。
まあ、授業潰れたのはラッキーだな。
そんな俺たちは、真っ直ぐ家に帰ることもなく。
いつもの駄菓子屋へと、立ち寄っていた。
「若。僕たちも大人しく家に帰った方が良かったんじゃない?それに静馬くんたちも、寺子屋へは来てなかったわけだし」
心配そうに、少し辺りを見渡しながら話す桃に、俺は「そんなに心配しなくても、ヘーキヘーキ。それよりも静馬って誰?」と俺が言うと、桃は苦笑いしながら、「若と初めて会った日に、僕に絡んで来た男の子たちだよ」と答えた。
ああ、勝手に舎弟候補になった悟空たちね。すっかり忘れてたわ。
その後、俺たちはたわいもない会話をしながら時間を過ごしていた。
「そういえば弥生さんって、髪色と眼の色が僕たち人間と違って変わってるよね。もしかしてエルフとかそういう類の種族なの?」
桃がキラキラした眼で弥生を見ると、弥生は顔色一つ変えず、桃の返事を返した。
「さん付けは、あまり好きじゃないわ。弥生って気軽に呼んで。」
弥生がそう言うと、桃は微笑みながら、うん、わかった。と返事を返した。
桃の返事を聞いた弥生は、少し口を綻ばせると「この世界には、エルフ以外にも獣人や鳥人といった種族もいるけど、弥生はどれにも当てはまらないわ。強いて言うならヒューマンに近いかしら」と、誇らしげに答えたが、ヒューマンって結局は人間じゃねぇかよ。
まあ、弥生が本当のことを言うわけがないか。
「そうなんだ。でも弥生って若と同じく何かしら凄いオーラを感じるんだよね。まあ、僕の勘だけどね」
そう言いながら苦笑いする桃に、内心、お前。マジですげぇわ。と感心した。
あれから更に話し込んでしまい。気づいたら外は夕暮れ時になっていた。
桃が、あ、そろそろ帰らないと!と慌てだしたので、俺が家まで送るよ。と言うと、大丈夫。1人で帰れるから。と断った。
まあ、桃の性格上。断るのは知ってたんだけどね。
「あー、めんどくせぇ。俺が無理に付き合わせたんだから、そこは遠慮するなって。お前は黙って頷けばいいんだよ」
俺がそう言うと、俺の隣に座る弥生が、嬉しそうに「流石は未来の旦那様。弥生を家まで送ってくれるなんて、嬉しいわ。このまま夜の営みコースもアリよ」と、眼を薄めて笑って見せている。
いや、お前は黙ってろ。
そもそも弥生は
それと、営みコースはいらねぇよ。
「弥生も家までなら送るよ。桃も、弥生ほどとは言わないが、素直に返事を返せばいい。それに隠し神はいつ出没するか、分からないしな。もうこれ以上、被害は出したくないんだ」
俺がそう言うと、桃は少し嬉しそうに、ありがとう。それじゃあ頼むよ。と笑った。
************
無事に桃の家まで辿り着く頃には、もうすっかりと日も暮れて、辺りは夜へと変わっていた。
また帰りが遅いと、鶴婆の入れ歯攻撃が来そうで嫌だな…。
ふとそんなことを思いながら、桃の家まで着くと、桃は申し訳なさそうに、ありがとう。とお礼を言うと、呉々も暗い道は通らないように。と続けて、それじゃあ、またね。と別れを告げた。
俺も、おう、またな。と返しながら、来た道を戻った。
「今朝のあのメッセージ。まるで義経に宛てた文書見たいね」
唐突にそんなことを言われ、俺が少し押し黙ると、弥生は少し溜息をすると、義経なら大丈夫よ。と言った。
そんな弥生の意味深な言葉に、謎に思いながらも前へ進んで行くと、急に辺りが濃い霧に包まれ、視界も悪くなって来た。
「おい、弥生。俺から離れるんじゃ……」
気づけば弥生の姿はなく、更に霧が濃くなり、そして奥の方から人影のようなものが、こちらへと向かって来ている。
一体誰なんだ?
弥生…ではなさそうだし。
俺が眼を凝らしながら、その人物を見てみると、あの夜に出会った隠し神だと判明した。
マジかよ…ここで戦闘になるのか?
俺は少し冷静になりながら、心を落ち着かせ。
そしてゆっくりと太刀を抜き身いた。
相手も俺の行動に気づいたのか。
素早く刀を抜き身みると、一気に距離を縮めて、そしてガキンッと刃と刃がぶつかる音が響き渡った。
クッ…!!なんて力だ…いや、相手は大人だし。俺は子供だから、力の差があるのは仕方ないのか?
いや、だからと言ってここで死ぬわけにはいかない!
俺は素早く、相手の腹に蹴りを入れようとしたが、刹那。相手はいとも簡単に、俺の攻撃をかわした。
やっぱ、当たらないよなー
ここで当たったら決まったんだけど、映画みたいにうまくいかないのが、現実よ。
この戦いが終わったら、拳法でも覚えようかな。
目指すは、ジョッキー・チェーンのような男だな。
そんな悠長なことを考えていると、隠し神の右手から蛇のような稲妻が、俺めがけて向かってくる。
俺は咄嗟に間一髪、避けることに成功したが、おかげで足首捻ったんだが…これも全て彦星のせいだな。
俺は、少し蹌踉めきながら立ち上がり、少し息を吐いた。
よし、ここは一気に
いや、風神斬りを使うのも悪くない。
それに腐食の鉄槌は5分間の間だけで、次の使用時間に1時間もかかるから、ここは風神斬りだな。
俺は
相手も、俺の動きを読んだのか、後ずさりするが、その際に相手の付けていた仮面が風神斬りによって、ヒビが入り、そのまま粉々に砕け散った。
隠し神は、片手で自分の顔を隠しながら、俺の方へ不敵な笑みを浮かべていた。
「フフッ……ウフフッ…フフフフ…アッハハハハハハハハッ!!!」
可哀想に…頭のネジ外れちゃって。
ついにバグッたわ。あの人。
俺が哀れんだ眼差しを送っていると、隠し神はフードを外し、俺の前へとその素顔を晒した。
「いや、マジか……隠し神の犯人って貴女だったんですね。先生」
今朝まで悲しい演技をしていた寺子屋の先生が、今目の前で不敵な笑みを浮かべながら、俺を殺そうとしている。
だとしたら、前回の引き戸を壊したのは、俺の攻撃した部分を、偽装するためのアリバイだと繋がるわけね。
「あら、残念ね。貴方には私の正体がバレずに死んでもらう予定だったのに」
先生と距離を取りつつも、何故。こんな事をするんですか?と、先生に質問した。
先生は尚も笑いつつも、目を細めて淡々と経緯を話し始めた。
「私も貴方と同じく。転生者の1人。だけど、私は貴方がたと違って偉人には転生しなかったのよ。そのおかげで属性どころかスキルすら獲得できずに伸び悩んでいたの。
私の心は、底なし沼のように、どんどん落ちていったわ。
けど、そんなある日。私に転機が訪れたのよ。
それは風雲児の者との出会いよ。
彼らからスキルを習得して、私は一気に強くなれた気がしたの。
このままいけば私も風雲児に入れると思ったけど、そう甘くはなかったわ。
彼らに言い渡されたのは、牛若丸。貴方を殺すことなのよ。
まだ貴方が無属性の頃に、妖怪を妖魔にして貴方を殺させようとしたけど、考えが浅くて失敗したのが残念だったのよね」
そう言いながら、溜息をついてみせる。クソ女。
てか、あの妖魔を仕向けたのは、お前かよッ!ふざけやがって!!!
俺はイライラを抑えながら、そうですか。それは残念ですね。と返すと、意識を集中させた。
先生はスキルを習得しただけで、属性はないという事だよな。
じゃあ、もう一気に終わらせるか?
それに先生はきっと、俺を殺すことしか、どうせ考えてないわけだし。
もう終わらせるか。
俺は目を閉じ、そしてゆっくりと目を開いた。
人を殺すのは抵抗あるが、この世界だとそれが当たり前になっている…それを考えると少し胸が痛くなるのは何故だ?
いや、今は考えるのはやめよう。
今ある現状を受け入れるしかない。
俺は覚悟を決め、
先生は少し顔を怖ばせながらも、次のスキルを発動させる前に、黒助たちに指示をさせた。
その刹那、先生の右腕は吹き飛び、鮮やかな血飛沫が舞った。
先生は片腕を抑えながら、待ってッ!と言いながら続けて、お願い…殺さないでッ!と命乞いをし始めた。
その顔は痛みで苦痛なのか、死に対しての恐怖なのかは、わからない。
だが、そんな顔をされると、こっちまで困ってしまう。
これが罠だったりするかも知れないし。
これも作戦のうちなのか?と、疑心暗鬼になってしまう。
俺が黙って動けないでいると、先生が涙を流しながら話し始めた。
「私はまだ死ぬわけにはいかないのよ…現世に戻って弟ともう一度、幸せに暮らしたい…もう離れ離れは嫌なのよッ!!お願いッ!だから……」
「先生ッ?!」
先生が話している途中で、何者かによって、それは中断された。
暗闇でもわかるように、先生の心臓めがけて、刀の刃が貫かれているからである。
「アッ……ゆ…うた…ごめ……」
先生は弟である名前を呼ぶと、そのまま地面へと倒れ込んだ。
その光景を目の当たりした俺は、動けずにいると。
先生を殺したであろう人物が、話しかけてきた。
「やあ、こんばんは。僕のこと覚えている?」
そう話してきたのは、ニコニコと笑う新撰組の沖田総司。
俺が黙っていると沖田は、あれ?もしかして。と言うと、先生の死体を踏みつけながら、同情しているの?と言ってきた。
「まさかの図星?でもこんなクソみたいな女。同情するほどでもないでしょ。弟と一緒に暮らしたいとか言ってた割に、やる事エグいよね。君も今朝の見たでしょ?」
と、ニヤニヤ笑いながら先生を踏みつける。
「確かに今朝のは許せないが。だからってお前の今やってる事は正しいわけじゃないと思うが」
俺がそう言うと、沖田はニコッと笑い。
先生を踏むつけるのをやめた。
「うん。君のその性格は合格だけど、あまり人に優しくしすぎると、後で後悔することになるから、他人との距離は、あまり作らないほうがいいと思うよ。これ、僕からのアドバイスね」
はぁ…ご忠告どうも。
といより、なんなんだ?コイツ……。
一体何が目的なんだ?
俺が警戒していることに気づいたのか、沖田はニコッと笑って見せた。
「あんまり警戒しなくても、何もしないと言いたいところだが。
実は折り入って頼みたいことがあるんだ」
沖田はそう言うと、腰に差していた刀を抜き身みすると、そのまま体制を整えた。
そんな沖田の行動に注意を払いながら、頼みとは?と訊くと、沖田は笑顔を絶やさずに「僕と一戦勝負してくれない?勿論、死なない程度にだけど」と言った。
あー…これ、戦わないとダメなやつか?
しかも白い霧は消えないし、恐らくコイツの仕業だな。
俺は半端諦めて、戦うことを承諾した。
「仕方ないな。一戦だけですよ」
俺がそう言うと、沖田は、ニコッと笑い。ありがとう。それじゃあ始めようか。と言った。
俺も太刀を構えながら、沖田との距離を取りつつ。
相手がどう動くか、少し様子見してみるが、一向に攻撃してくる気配がない。
まさか、俺の動きを待っているのか?
ああいうタイプに限って、馬鹿みたいに一方的に攻撃してくるタイプと違って、相手の動きを読んでから、攻撃パターンを読み取り、次にどんな行動をとればいいのか計算しながら、攻撃してくる。クソめんどくさいタイプだな。
苦手なんだよな、ああいうタイプ。
とりあえず手始めに様子見として、黒助たちに指示を出してみるか。
指示された黒助たちは、一斉に沖田の元へ飛んで行き。
そして、丸いボディーから鋭い針に変形すると、沖田へと攻撃を開始した。
沖田は、黒助たちの気配に気づいてはいるが、その場から動かずにいる。
何をやっているんだ?
このままじゃ怪我どころでは済まないはず…。
俺が黙って沖田の方を見ていると、黒助たちは沖田めがけて一瞬にして攻撃をした。
だが、黒助たちの動きが止まっている。よく見てると、黒助たちの周りに水の炎のようなものが包まれていると言ったほうがいいのか?
その水の炎は、黒助たちをいとも簡単に焼き尽くした。
俺は少し驚いたが、奴も転生者だ。
この程度のスキルを使えて当然か。
「
え、スキルってレベル上がるのか?
兼房からそんな話聞いてないぞ。
「あれ?その様子だと、レベルが上がること、まだ知らなかった感じかな?」
「知らないも何も、教えてくれる奴がいなかったんだよ。普通気づかねえだろ。スキルにレベルがあるなんて」
俺がそう言うと、沖田は苦笑いしながら、そうなんだ。と言った。
「まあ、このレベルについては、あとで説明するとして…そろそろ少し、本気出させてもらうよ」
沖田が不敵に笑うと、握られていた刀の刃が青く光り出すと同時に、一瞬で俺の側まで詰め寄った。
俺も警戒してたこともあって、沖田の刀を咄嗟に受け止めた。
ガキンッと鈍く刃のぶつかる音が鳴り響き、少し俺の太刀の刃に亀裂が入り始めた。
ヤバッ!!
ここは腐食の鉄槌を使わざる終えないな。
腐食の鉄槌のスキルを発動すると、刃の部分が黒い炎のように纏始めた。
小さな黒い炎が、沖田の頬を掠めると。
沖田の頬から血がスーッと垂れ流れてきて、それを見た沖田は不敵な笑みを見せた。
「へぇー、面白いスキルだね。でも君の
沖田はそう言うと、更に力を込めてきた。
マジでクッソ怠いわ。
何か気をそらせるものは……黒助!お前まだ生きとったんかワレッ!!
沖田の背後にいる、黒助たちに目がゆき。
俺に集中している沖田は、黒助たちの存在には、まだ気づいてはいなかった。
一か八かだな。
行くなら今だ!!
俺に指示された黒助たちは、一斉に沖田に攻撃を開始した。
だが、それに気づいた沖田は、一瞬で俺から離れ距離を保つが、俺はこの時を待っていたかのように、一瞬で沖田との距離を詰め。
大きく太刀を振り翳した、その刹那。
バチンッと音がなると、俺の太刀は粉々に砕け散った。
「総司、お前の負けだ。そして俺の愛しの義経ちゃんよ!おめでとう、合格だ」
急に俺と沖田の間に割って入ったのは、一応俺の兄である。範頼がニコニコ笑いながら、俺に抱きついてきた。
そんな範頼の発言が気に入らないのか、少し怒った口調で「いや、あの場面は余裕で僕が勝てたとこなんだけど。
それより範頼さん。自分の弟に甘すぎない?」と、不貞腐れ始めた。
俺はというと、この状況を全く理解していない。
そんな理解できない状況の中、範頼はニコニコ笑いながら「別に俺は甘くないよ。それに俺が助けに入らなかったら結構ヤバかったんだよ。まあ、それはさて置き。義経、改めて風雲児へようこそ。風雲児については、また後日、全員が揃った時に説明するよ」と言った。
風雲児…そういえばミヅハがなんか言ってたな。
そんな事より、なんか体力使いすぎて力が……遠くの方で2人が会話しているのを聞きながら、いつの間にか、俺は意識を失っていた。
*********
ドサッと義経が倒れる前に範頼が受け止めると。
少し困った笑いを見せながら「少し無茶をさせすぎたかな。そんな事より総司。お前あの時、本気で義経を殺そうとしてたろ?俺があの時止めに入ってなかったら2人とも天の上だったんだぞ。そこのところ、ちゃんと反省しろよな」と、呆れながら言う範頼に対して、沖田はニコニコと笑いを見せた。
「さぁ?何のことだか僕にはわからないなー」
と、少し開き直りながら言う沖田を見て、溜息しか出ない範頼であった。
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