異世界で奏でる協奏曲(コンチェルト)

マスオカヨースケ

プロローグ

 駅から徒歩二十分、築十五年、八畳一間のボロアパートの一室。上下グレーのスウェットに黒のニット帽、サングラス着用という怪しさ満点の出で立ちでカメラの前に座っていた俺は、遂に集中力を切らして仰向けに倒れこんだ。

 先程までカーテンの隙間から差し込んでいた夕日はもう見えない。撮影を開始してから数時間が経った事を察し、貴重な休日を無駄にしてしまった事に大きくため息をついた。

 今日はこれ以上やってもうまくいかないと悟った俺は、抱えていたギターを脇に置き、クロスで汚れを拭き取ってから台所へと向かう。冷蔵庫に入っていたペットボトルの水で喉を潤してようやく人心地つくと、先程まで使っていたカメラを片付け始めた。


 俺--大澤征爾は、半年ほど前に大学を卒業して社会に飛び出した新卒の社会人だ。生来の口下手が災いして色々と苦労したが、ギリギリまで粘ってなんとか今の会社に滑り込んだ。だが現実とは無情なもので、特に優秀なわけでもなくただ根暗な俺はあっという間に日陰者。課内で度々開かれる飲み会には、最初の歓迎会以来誘われてすらいない。まあ、参加したところでろくに喋る相手もいないのだが。

 そんな絵に描いたような根暗凡人の俺にももちろん生きがいというものはあって、それがついさっきまで行っていたギター演奏だ。他にもトランペットやピアノなど、興味のある楽器は色々と触ってきたし、時にはシンガーソングライターの真似事までする。

 先程まで行っていたのは、動画サイトにアップする為の動画撮影だ。たまたま出会ったその世界は、現実では誰にも見向きもされない俺が唯一承認欲求を満たせる場。家にいる時間のほとんどをこの活動に充てる程、俺はこの世界に夢中になっていた。

 もちろんただ楽しいだけでなく、今日のように納得のいく演奏ができずに休日を無駄にする事も少なくない。


 今日は何も考えず好きなように演奏しよう。思えばここ最近の休日は撮影の事ばかり考えていたし、オマケに全くうまくいっていないのでそれなりに鬱憤も溜まっている。そんな事を考えながら再びギターを手に取り、目を閉じて深く息を吐く。


「よっしゃ、やるかっ」


 頭を空っぽにして、さっきより少しだけ高揚しながら右手を振り下ろし、ギターをかき鳴らした。


 その瞬間。


 狭い部屋で反響するはずだったその音は、一度も俺に返ってくる事なく風に乗って消えていった--

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