バトるだけ

@i4niku

太刀使いvs.犬たち

 斬り飛ばした後で、それが犬だったと気付いた。

 俺が水平に振るった太刀は、犬が大きく開けた口ごと胴体を横半分に切断したらしい。地面に落ちた下半分の四足が生きていた名残のように数度動いて、止まった。

 犬の飛んできた方を見ると、ボロ布を纏った男がいた。瞳孔が開いて血走っている。足元には犬が九匹いる。男と同じように血眼だった。

 俺の下げた太刀の切っ先から血が滴り落ちる。

 男がぱちんっと指を鳴らした。

 それを合図とするように二匹の犬が突進して来る。右から一匹、左から一匹。数メートル離れた場所から二匹がジャンプし、よだれの垂れた口をこれでもかと開け、俺に襲い掛かる。左右からの挟撃体制だ。

 俺は犬の位置を目で確かめ、右の犬に背を向け、左の犬へ飛び蹴りを放った。それと同時に、肩越しに、背後を太刀で突いた。

 着地すると果たせるかな、二匹の犬を殺せた。飛び蹴りで頭を粉砕した犬と、背面突きで仕留めた犬の死体がある。刀身をズズっと犬が滑り落ちてくる。

 ブンッと太刀を振って犬を飛ばす。

 男が指を弾く。三匹の犬が疾駆してくる。今度は正面から、身を低くして。

 俺は背負った鞘を取り外し、それを槍投げのごとく投擲した。真ん中を走る犬に命中し、頭を砕いて弾き飛ばした。太刀も同じ要領で投げる。右の犬の眉間を貫いた。あと一匹。もう武器はない。

 俺はさっと屈み、地面の砂を一握り掴むと、それを残る一匹へ目くらましとして投げ付けた。犬は目をつむることもせず、モロに砂を両目に受け、「きゃんっ」と甲高く叫んでたたらを踏んだ。俺は中腰のままレスリングのタックルのように突っ込み、犬の尻尾を掴みながら立ち上がり、思いっきり地面に叩きつけた。

 三匹とも殺した。鞘と太刀を回収する。

 男は犬の一匹に何かを咥えさせた。その一匹が疾駆し、それを追うようにもう一匹来る。

 俺は待ち構えていた。犬が高く跳躍したとき、それが咥えている物が分かった。

 犬は爆弾を咥えていた。

 しまったと思った瞬間に犬は空中で爆散した。爆発による攻撃が目的ではない。とりもなおさず、犬は一個の肉塊的スプリンクラーとして機能し、その命と引き換えに俺の視界を奪ったのだ!

 血肉の雨を顔へ浴び、反射的に目を閉じてしまった俺の脚に激痛がはしった。

 雨は数秒で止んだ。

 目を開けると、犬がその牙を俺の左脚に突き立てている。すぐさま切っ先を下に向けて刺し殺すが、そこそこの傷を負ってしまった。

 これで犬は残り二匹だ。

 ボロ布を纏った男は、苦虫を噛み潰したような表情をとって、懐から何かを取り出した。小瓶だ。紫色の液体が入っている。

「ぇhsjhごrwk、ごえwpg!」

 男が何か叫んだ。言葉になっていない。小瓶を開け、それを一匹の犬に掛けた。

 怪しい液体を浴びた犬は激しく震え、そして膨張し始めた――筋肉がみるみる隆起していくのだ。あっという間に熊かゴリラかと見まがうような、しかし確かに犬の様相を呈する、化け物に変じた。

 俺は太刀を握りなおす。

 手に汗が滲んでいるのが分かる。

 怪犬が大地を揺らしながら疾走してくる。突進の勢いを乗せて、前足を切り裂くように振るってきた。

 俺は横に飛びのいて躱しながら、上段から剣戟を振り下ろす。血飛沫とともに怪犬の左耳を斬り飛ばした。

 怪犬が苦痛の混じった咆哮を上げる。さっと俺へ向き直りながら勢い前足を振るう。

 それを迎え撃つようにして太刀を、ゴルフのスイングのように切っ先を下に向けて放った。怪犬の手首が吹っ飛ぶ。悲鳴を上げながら熊のごとく立ち上がった怪犬を一刀両断した。正中線で左右に別れ、崩れていく。

 血の香が強くなる。

 九匹の犬の死体。身体から飛び出た内臓やらが地面に散乱している。陽光を受けてテラテラと光っている。俺の左脚は鈍い痛みを帯びていて、戦闘の支障にはならないが、若干重い。

「fkfjこgてあmpmyhgんg!」

 ボロ布を纏った男が叫んだ。何を言っているのかは分からないが、怒っているのは分かる。男がボロ布を脱ぎ去った。

 俺は目をみはった。

 男の身体中にびっしりと生えた毛。身体つきは紛れもなく人間のそれだ。だが腰から生えた尻尾!

 犬人間、という言葉が頭をよぎった瞬間、男が駆け出した。二足歩行ではなく、手足を使った四足歩行だった。

 俺は太刀を構えて待つ。

 男がカエルのように跳躍し、襲い掛かってくる。それを薙ぐように太刀を振るったが、なんと男は空中で身体をよじって刃を躱した。俺は手首を返してつばめ返しを放った。相手はまたも身をよじったが、なんとか右脚を刎ねた。

 男が悲鳴を上げながら落下し、俺にぶつかり、のしかかってきた。

 俺は仰向けに頭を打った。男は俺にまたがって、マウントポジションをとった。即座に両手のワン・ツーが俺の顔面に叩き込まれる。脳が揺れる。太刀を使おうにも、俺の右手首を男は器用にその左足で抑えつけている。

 俺は自由な左手で、力の限り男の股間を殴りつけた。

 男が声にならない声を上げてのけぞった。拘束が緩んだ。

 俺は上体を起こして張り手で男を突き飛ばした。立ち上がり、剣戟を横殴りに振るった。男の目を横半分にするように血の線が入り、数秒の間を置いて、血の線を境に頭がずり落ちた。

「ワンダフル!」

 と声がした。その方を見ると、犬がいた。男が連れていた最後の一匹だ。……犬が喋った。

「最後は我が相手をしよう」

 と犬は言った。どこか教会の神父を思わせる、荘厳な声だ。毛並みは白銀のように美しい。

 犬が駆ける――速い。弾丸のごときスピードで迫ってくる。俺は犬の残像から位置を予測し、何もない地点に太刀を放った。手応えがあった。が、宙を舞ったのは犬の尻尾だった。刹那、尋常ではない痛みが左腕を襲った。

 見ると、左肘から先がなくなっていた。いや噛み千切られたのだ。断面から折れた骨を晒し、血が滴り落ちる。振り返ると犬が俺の腕を咥えている。

 犬は腕を放し、

「次で終わりだ」

 と言うが早いか疾駆する。目で追えない。

 俺は脳をフル回転させる。どこを襲ってくる。顔か? 喉か? 腹か? 腕か? 足か? どうやって太刀を振るえばいい。縦か? 横か? 斜めか? 突きか? 俺は決断した。

 俺はしかし武器は使わず、地面に匍匐のように伏した。

「おおっ」

 と、犬の驚く声が頭上を越えた。おそらく顔か喉を狙って跳んだのだろう。

 俺は即座に立ち上がって振り向いた。着地した犬はひるがえり、走り出そうと足で地面を踏みしめたが、俺の斬り下ろしの方が速かった。

 踏み込みながらの一撃は我ながら見事、犬の顔面を真っ二つにした。血の糸を引いて左右に開かれた顔から頭蓋骨と脳が落ちる。犬が崩れ数度痙攣して動かなくなった。

 すべて殺した。

 静寂の中には血と死の匂いだけがある。

 俺は血振りした太刀を鞘に仕舞った。

 左腕と左脚の傷を見、

「傷の手当てをしないとな……」

 と誰に言うともなしに言って、軽く応急処置をして、近くの城を目指して歩み始める。

 すでに致命傷のような気もするが、意識はハッキリしている。心臓も動いている。運が良ければ生きていられるだろう。

 太陽が無感動に道を照らしていた。ここから城までの距離は――約二キロだ。近くに村はない。

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