ドタバタぷろじぇくしょん

結城あずる

ドタバタ前編

生まれてから16年と2日。平凡も平凡に暮らしてきた一介の高校生にも悩みの1つや2つ、いや3つはある。


まず1つ目。彼女がいない。

もちろん告白されたことなんてないが、こっちから告白したことはある。でも大体似たようなリアクションで、中でも一番引っ掛かったのは「うーん、なんかね」という返事があった。

色々ひっくるめて寂しいし侘しい。


次に2つ目。朝が弱い。

特別夜更かしとかしてないけどとにかく弱い。ストロングタイプの目覚ましとスマホアラームのスヌーズラッシュをもってしても、体がベットから離れるのに1時間はざらだ。

てな訳で今もバス停に向かって絶賛猛ダッシュ中だ。


そして3つ目。浮遊する文字が見える。

……うん?なんだそれはって?うん。俺もそう思う。意味が分からない。全く分からないんけど、家を出てから俺の斜め上に掲示板みたいなのがずっと同行している。途中スピード変えたり止まったりもしてみたけど一定の距離で付かず離れずそこにある。こんな大々的に自己主張してるのに他の誰にも見えてはいない様子で、つまり現状俺にしか見えてないってこと。


幻覚?いやいやそれはない。さっきも言ったけど夜更かしもしない面白味なんか削ぎ落とした規則正しい生活を送っているし、睡眠なんて毎日11時間は普通だから心を病む要素は無いに等しい。

実はまだ夢の中?朝の弱い俺ならそれもあるかもしれないけど、何度か試しているセルフビンタで痛覚がもう増し増しになってきているから事実上俺は起きていると思う。


つまり頭上のこれは一言で「皆目見当もつかない」としか言えないんだけど、それに拍車をかけるようにそこには謎の文章らしきものが書かれている。


『きょうけんにおそわれる』

『がっこうできょういないじょしからのいちげき』

『とつぜんなじゅうだいはっぴょうにごようじん』


うん。まず読みづらい。なんでオールひらがな?パッと見はもう某ゲームのパスワードにしか見えない。なに?これから冒険の書でも始めるの?

そんで中身。


『狂犬に襲われる』?

『学校で今日居ない女子からの一撃』?

『突然な重大発表にご用心』?


どういうこと?読み返してもみたけど、やっぱりどういうこと?

さっぱり分からん。

一番始めは簡潔に怖すぎだし、二番目三番目は要点無くてどっちにしてもよく分からん。

………………うん。無視で。なんたって急いでるし。着実に遅刻へのカウントダウン刻まれてるし。視界には漏れなく入って来るけど気にしない方向で行こう。

俺なら出来る。やれば出来る。


取りあえず。自慢にならない俺の長年の実績が、このままいつものルートで行っても間に合わないと告げているので、一か八か横目に映る河川敷を突っ切ってショートカットを狙ってみよう。


通るのは初めて。拓けた感じの河川敷は利用している人がそこそこいる。

ジョギング中の男の人。散歩中らしきご老人。併設のグラウンドで草野球をしている少年たち。ゴミを集めている清掃ボランティア的な人。犬を連れてる女の人。


『『『きょうけんにおそわれる』』』


突如として聞こえる電子音。馴染みのないその音は間違いなく俺のスマホの着信音とかではない。てか、そもそも音は上から聞こえている。

音源先を見上げると、一番始めの文面がこれ見よがしに点滅している。

どういう事これ?何なの?

この状況の理由も原因も分からないから困惑以外の感情が浮かんで来ない。


『『『『『『きょうけんにおそわれる』』』』』』


次第に点滅するスピードも速まってきている?いや、というか五月蠅。

なんだろう。心なしか、前から来る犬を連れたお姉さんとの距離が近付くにつれて、段々と拍車がかかってるような気がする。

……狂犬に襲われる……。

え?なに?もしかしてあのお姉さんのワンちゃんが狂犬なの?それに俺が襲われるって言うのか?

もしかしてこれ、それを伝えるサインだとでも言うのか!?


……だとしたらおかしい。

狂犬って、どう見てもあのワンちゃんチワワなんだけど。フリフリの洋服着せられて愛らしさ全開で、どこにも狂犬要素が無いんだけど?

周りを見ても他には犬らしき姿はどこにもない。ワンちゃんはあのチワワだけ。

結論。頭上のこれは五月蠅いだけの嫌がらせだという事だ。

はた迷惑過ぎるぜ全く。


『『『『『『『『『きょうけんにおそわれる』』』』』』』』』


お姉さんらエンカウント。そのすれ違いの最中に激しく主張してくる。

あまりにも主張してくるからほんの少し身構えてしまったけど、それでも何事も無くお姉さんらは通り過ぎていった。

ほら見ろ。やっぱりなにもな、


「いぃっっっっ!!??」


脇腹にとんでもない痛みと衝撃。

突然のことに耐えられず、人目も憚らずにうずくまる。

見てはいないが何かしらの固体が間違いなく脇腹に減り込んだ感触がある。

ホント痛すぎて、小刻みに震えるその姿は下手したら俺がチワワみたいかもしれない。

そのままの姿勢で視線を横にズラすと、野球の軟式球がそこに転がっていた。


「す、すいませーーーん!!!」


後ろから男の子の声。でもまだ痛くて振り返れない。

取りあえずかなり慌てた様子の足音だけ聞こえる。


「大丈夫ですか!?」


完全にテンパった声が近くで聞こえ、どうにかこうにか顔を上げると、ユニフォームを着た男の子二人が顔を青ざめさせてあたふたしていた。


「ごめんなさいごめんなさい!ホントごめんなさい!ほらお前も!!」

「すいませんでした!!!」

「ひゅ~……ひゅ~……」


ダメだ。声を発しようと試みたけど強烈なボディブローでやられたみたいに呼吸がままならない。

めっちゃ貧弱なダースベイダーみたいになってる。


「コイツ凄い肩が強いんですけど暴投グセがあって……まさか人に当たるなんて」

「すいません!!!」

「……肩?……肩が……強い……の……?」

「はい!」

「えっと……強肩……?」

「はい!」

「……」


そっち!?え?そっち!?

『狂犬に襲われる』じゃなくて『強肩に襲われる』だったの!?

いや確かに襲われたけれども!脇腹にストライク投球だけれども!


「あ、あの……?」

「あぁ、うん、まぁ……大丈夫だから今度から気を付けてね」

「ありがとうございます!」

「ありがとうございますっ!」


平静を装い、転がってる軟球を渡して少年らは溌剌とグラウンドに戻って行った。

それにしてもなんだ。なんだこれは?

よく見ると掲示板の文面横に丸囲いで済と文字打たれてる。

さっきのあれを俺が食らったから一つ済んだってこと?

え?これは予言?

……いやいや。いやいやいやいや。んな訳ない。こんな抽象的かつ読みづらい予言があってたまるか。

これはたまたまだ。単なる不運だった。そういう事だ。

ショートカット狙いで来たのにまさかのタイムロス。脇腹はまだ痛いけど急がねば。



博打のショートカットが功を奏し、どうにか滑り込みな感じでバスに乗り込んだ。

猛ダッシュのせいかさっきのダメージのせいか、とにかく継続して脇腹は痛い。

ただ、滑り込みと行ってもいつも時間のには間に合わず一本遅れのに乗る形になってしまった。

時間的にかなりギリだけど乗れないよりは当然マシだし、まだ望みを懸けれる状況だ。


それにしても、時間が違うとこうも客層が違うものなのか。

いつものは学生メインで席に座れる余裕もそこそこあるんだけど、今は通勤ラッシュ真っ只中のすし詰め状態。

身動きが取れないほどではないけど、自分の可動スペースは肩幅分くらいしかない。

周りはもうスーツ一色……と思ったけど、目に入る範囲で親近感のある制服を着た人らがいる。


制服にパーカーを羽織ったショートボブ女子。

校則に縛られないスカート丈のゆるふわパーマ女子。

スラッと高身長のポニーテール女子。


親近感はあって当然。3人ともまさかのクラスメイト。

気怠くドライでS属性がその手の男子に人気の椎名。

その風貌はTHEギャルだがグラドルばりのステータスを誇る八坂。

気品漂う大和撫子だが男前な面もあって女子も虜にする郡上。


クラスの三姫が見事に揃ってこのバスにいる。

椎名は、席に座り頬杖をついて気怠そうにして俺の真ん前に。

八坂は、吊り革にも掴まらず椅子にもたれ掛かってスマホをいじりながら俺の右隣に。

郡上は、バスの密集地帯など意にも介さない凛として佇まいで文庫本を立ち読みながら俺の左隣に。

まさかまさか三姫に囲まれる日が来ようとは。両手に花どころか一面に花だ!

……などと平常時なら絶対に思ってるだろうけど、今は諸手を上げて喜べない。

なぜなら、聞き覚えのある電子音が俺の頭上で鳴り響いてるから。


『『『がっこうできょういないじょしからのいちげき』』』


掲示板の二つ目の文がこれまた鬱陶しく点滅している。

本日2回目。公共の場だから変にリアクションは取れないけど、「ウッソだろ!?」とけたたましく声を発したい気分だ。


でもこれの意味は正直分かっていない。

『学校で今日居ない女子からの一撃』って、やっぱ何?

ここで告知してきてるって事は文面の女子って三姫の事を言ってんのか?

だとしたら尚更分からん。

だっているもん。3人ともここにいるもの。そもそも今日居ない人からどうやって一撃もらうのさ?もう矛盾過ぎてるでしょこれ?


考えようによっては、3人の内誰かがこのまま学校をサボろうとしてるとかだったら『今日居ない』になるのかもしれないけど、それもなんか苦しい気がする。

うーん。どうしたらいいんだろ。

このまま無視してもいいんだけど、やっぱさっきの事もあるからなぁ。

『今日休み』じゃなくて『今日居ない』だろ?日本語としてなんかどうもなぁ…………………………………………ちょっと待て。違う読み方出来ないかこれ?


もし違ってたらめっちゃ恥ずかしい事になるんだけど、『今日居ない』じゃなくて『胸囲無い』とも読めないか?いや外してたらホント恥ずかしいんだけど。

仮にもしそうだとして三姫にこれを当てはめるとすれば……椎名と何かあると一撃をもらう事になるのでは?

いや椎名が無いとかじゃなくて3人の内誰かで考えるとだけどね?

俺は何に弁明をしているんだろうか……。


半信半疑だが、気を付けてみるのに越したことはな、

「いっ!?」


バスの右折と同時に後ろから何かに圧迫された。

そのせいで吊り革を離してしまい、とっさに窓に手を付いて体を支える形になる。

しかも最悪なことに椎名の上から覆い被さるようなポジションで。

急な壁ドン……いや窓ドンで椎名も俺を見上げてきたけど、冷気に満ちた目で威圧された。目だけで「何してんの?」「来るなよ?」ってメッセージが伝わって来るんだから恐ろしい。

この間も後ろからの圧迫は継続している。見ると、リュック背負ったサラリーマンが前の女性に触れないよう後ろに重心をかけてきている。

痴漢防止は立派なエチケットだと同じ男として思うけど、公共のマナーにも意識を傾けてほしい。

リュックは下ろせよ。


こっちの気も知らずにグイグイ押される。

さながら押し競饅頭のようだけど、全体重を両腕でしか支えられてない俺は完全に苦行でしかない。

そして悲しい事に俺は生粋の帰宅部。すでに俺の両腕は乳酸に満たされている。

意思に関係なく震え出す両腕。滲み出る汗。

ふと椎名を確認すると、絶対零度の変貌を遂げた眼力で俺を睨んでいる。

分泌物に冷や汗も追加された。

だがヤバイ。ホントにヤバイ。根性論とか精神論なんかで語ってもどうしようもないぐらいヤバイ。

このまま屈して椎名にダイブしてしまったら文字通りの結果になってしまう。

それはなんとしても……!


「あ。どうもすいません」


声と共に背中の圧が軽くなる。どうやら気付いてくれたようだ。

間一髪。ホント危なかった。もう今日はシャーペンすら持てないんじゃないだろうか?

取りあえず椎名からの圧が止まる事を知らないから早くどこう。


「って、えぇ!?」


体勢を戻そうとした瞬間に手がツルッと滑る。

原因は強制分泌させられた手汗。

……ヤバイ!!しかもよりによって椎名方向に滑らせた!!

せっかく耐え忍んだのにこのままじゃ全部水の泡だ。

俺は必死に、いや決死に体を捻らせ無理矢理に反転を決める。


「……は?」

「……え?」


とにかく決死だったから反転することだけに意識を集中していた。なんとかそれさえ出来ればと思ってもう捨て身の思いだった。

だから一つ言い訳をさせてほしい。これは不可抗力だと。


今俺は八坂の胸を鷲掴んでいる。

もう一度言う。いや言わせてください。不可抗力なんです。

一瞬の思考停止からみるみる八坂の顔が紅潮していく。

最早弁解の余地はナノレベルでも無いようだ。


なんてこった。この胸の感触が俺の最後の生きた心地となるなんて……ん?なんだろう?なんか違和感が。

俺は今誰もが羨むクラスのグラドルの胸を鷲掴んでしまっているはずなんだけど、なんて言うか、その、弾力がない。

手から伝わる感触としても、手応えの無い何かがなんかたくさん重なっているようなそんな……って、これってもしかして……。

恐る恐る八坂の顔を覗き込む。

さっきの赤とは打って変わっての青褪めた表情。


「い、いーーーやーーーー!!!」

「ぶふぅ!!!???」


ビンタなどではなく問答無用の拳で俺の顎が打ち抜かれる。

人生で初めて殴られたけど、まさか相手が女子とは……。比較対象は無いんだけど、凄まじい一撃だ。


殴られた流れのままに俺はさっきの圧迫サラリーマンに体重を預ける。その状態で仰ぎ見る俺に見せつけるように、掲示板の文面横に再び済の文字が打たれた。

『胸囲ない女子からの一撃』……八坂そっちだったのかい!!!


それを最後に俺の意識は途絶えた。

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