2
通路を早足で歩きながら、世之介は呟いた。
「何が起きたんだ?」
光右衛門が口早に答える。
「怖れていたことが起きてしまいました。
「爆嘯? ああ、
光右衛門は強く頷く。
「左様です。爆発的な増殖と、際限ない資源の濫費が、同時に進行します。何とか食い止めないと、番長星は忽ちのうちに、荒れ野原と化すでしょう」
「食い止める方法は?」
「微小機械を制御する制御室が、どこかにあるはずですが、そこで制御する
世之介は助三郎の肩を借り、ようやく、よろばい歩いている省吾に注意を向けた。
省吾の顔は真っ青で、目は虚ろである。素早く近づくと、省吾の胸倉をむんずと掴み上げる。
「おいっ! 省吾!」
「んあ……?」
呆けたような顔つきで、省吾の二つの目玉が世之介の顔に向かう。が、瞳は何も見ておらず、焦点はとろんと合っていない。
「聞いたろう? 微小機械を制御する場所は、どこだっ?」
世之介は省吾の胸倉を掴み、ぐらぐらと揺すぶった。揺すぶられ、省吾の頭は前後にがくがくと振られる。
茜が割り込む。
「ねえっ! お兄ちゃんは、どこ?」
省吾の視線が茜に向かう。唇が微かに動き、言葉を押し出す。
「勝又
茜は勢いづいた。
「そうよっ! あたしのお兄ちゃん、勝又勝の行方! どこにいるの?」
茜の顔が青ざめた。
「まさか……お兄ちゃんも
省吾の唇が笑いの形に歪んだ。
「いいや……。あいつは賽博格になることを拒否した。賽博格の力を借りるなど、男らしくないと、ほざいてな……」
茜は明らかに、安堵の溜息を吐いた。
「お兄ちゃんらしいわ……。それで、お兄ちゃんは、どこ?」
突然、省吾はしゃっきりと回復した。猛烈な速度で、思考が回転しているかのようだ。
「制御室へ連れて行ってくれ! すぐそこだ! ほら、この先の曲がり角を右に……突き当たったところに、扉がある……!」
腕を挙げ、震える指先を当て所なく前方に彷徨わせる。助三郎はひょい、と省吾の身体を抱え上げ、急ぎ足になった。
省吾の言葉通り、曲がり角の先に扉があった。
格乃進が扉の取っ手を握りしめる。
「鍵が……!」
格乃進の顔が真剣になる。ぐっと全身に力が込められた。服の下から、賽博格の逞しい筋骨がぐっと盛り上がった。
べきんっ! と音がして、扉の取っ手が弾け飛んだ。格乃進がどすんと肩を押し当てると、蝶番ごと扉が倒れこむ。
内部には、みっしりと、様々な装置が積み上げられていた。装置にはそれぞれ、幾つもの表示装置が接続され、様々な数値や図表が映し出されている。
省吾は倒れこむように中央の操作卓に取り付くと、素早い動作で次々と
中央の
水槽からは真っ黒な微小機械が溢れ、部屋全体がてらてらとした黒光りする液体に覆われていた。勿論、液体に見えるのは見掛けだけであるが。
水槽の辺りでは、先ほどちらりと見た無数の触手による柱が立ち上がり、柱を中心に、ぐるぐると竜巻状に渦を描いている。
省吾は猛然と把桿を操作する。次々と
画面を見詰めた省吾は、がっくりと肩を落とした。
「駄目だ……手遅れだ……! 動作中止の命令を出したが、受け付けない」
同時に、表示装置の部屋の眺めが一変した。床に溢れかえった微小機械がぐうっ、と盛り上がり、中央の柱が四方に弾けた。
中央には、一人の男が立っていた。
風祭か?
しかし、まるで別人のように、変貌している。全身が黒光りする鎧に覆われ、顔はまったく見えない。あたかも戦国の鎧武者か、大魔神だ。
ゆっくりと片足を上げ、鎧武者は一歩を踏み出した。波立つ微小機械の水面を、のろのろとした動きで歩いていく。
べちゃり、と足底が踏みしめ、一歩を踏み出すと、どろりと黒光りする微小機械が糸を引き、ねちゃりとした粘度を示している。
「ぐぐぐぐぐ……」
鎧武者は喉の奥から、ごろごろとした呻き声を上げた。よろり、と上体が泳ぎ、何かに必死に耐えている。
と、不意に顔を挙げ、吠え声を上げた。
「ぐわあああああっ!」
風祭の声に反応したかのように、周りの微小機械の群れの動きが激しくなる。びゅんびゅんと大小無数の固まりが四方八方に飛び跳ね、画面は埋め尽くされる。
表示が途切れる。何も映し出してはいない。
「
省吾は、ぼんやりと呟いた。絶望感が、ありありと表情に浮かんでいる。
茜は苛々と足踏みする。
「それで、お兄ちゃんはどこなのっ! いい加減、答えてっ!」
のろのろと省吾は茜に顔を捻じ向けた。ふっと苦い笑みが浮かんだ。
「いいだろう。教えてやるよ……」
省吾の指先が一つの把桿を弾く。
制御室の内部に「ぐおおおっ」という猛烈な鼾が響き渡った。
ポカンとしている茜に向かい、省吾は顔を顰めた。
「あいつめ……一寸でも目を離すと、これだ! おい、勝! 勝又勝! 聞こえるか?」
省吾の指先が、手早く把桿を弾く。
幾つもある表示装置の一つが明るくなり、中心に一人の男が映った。
男は寝椅子のような物に凭れ、目を閉じて鼾を掻いていた。男が寝入っているのは、かなり狭苦しい空間のようで、ほとんど身動きの余地すらなさそうである。
「お兄ちゃん!」
茜が大声を上げた。
びくっと画面の男は身動きをして、薄目を開いた。向こう側の表示装置に目をやり、目を大きく見開き、叫んだ。
「茜! お前か……!」
「お兄ちゃん……」
茜は目に一杯の涙を溜めた。
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