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 衝撃が何度も続くと、徐々に馬鹿らしさを加えるものだ。世之介は省吾との言葉が、何だか夢の中の会話に聞こえていた。

「番長星の人間は、傀儡人や杏萄絽偉童にかしずかれ、怠惰になる一方だ。自分では何もできず、ただただ、格好をつけることしか考えていない。俺は若い頃、番長星にやってきた幕府の宇宙船に密航して、地球に向かったのだ。地球では、あまりに番長星と違っていて、人は皆、自分の能力で生活している。俺は衝撃を受けた。但馬屋に奉公するようになってからも、いつも番長星の現状を思い返していた。それでいつか、番長星に帰って、自分の手で改革する日を待ちわびた」

 省吾は肩を竦めた。

「俺は、番長星では落ちこぼれだ。喧嘩など金輪際したくもなかったし、無用な粋がりなど馬鹿馬鹿しいと思っていた。内心、番長星の連中を憎んでいたのかもしれないな。だから〝伝説のガクラン〟を普及させ、番長星の総ての男たちに着用させることを思いついた。ガクランは着用者を変化させる。世之介の心を、番長星に広めることを願って……」

 茜は眉を寄せ、怒りの表情を浮かべる。

「それじゃ、番長星の女は埒外だっての? 番長星に住んでいるのは、男ばかりじゃないのよ!」

 省吾は軽く頭を下げる。

「勿論、女性たちのことも考えておりますよ、お嬢さん。世之介の計画がうまく行った暁には〝伝説のセーラー服〟計画も着々と進めております」

「まあ」と茜は微かに肩を下げた。両腕がだらりと垂れ、顔には心底、呆れ返ったと言わんばかりの表情が浮かんでいる。

 世之介は背中を反らせ、軽く笑った。

「それで、どうやって俺から〝伝説のガクラン〟を奪うつもりだい? 俺は脱ぐつもりは一切ないからな!」

 省吾は物柔らかな物腰を取り戻した、すっかり自信満々な様子になっている。

「そんな、無理矢理などいたしませんとも。ガクランはすでに役目を果たし、すべての記憶資料メモリ・データを、この部屋にある計算卓コンピューターに送信しております。世之介坊っちゃんと、わたくしが話を続けていた間にね!」

 さっと片手を上げると、今まで薄暗い照明しかなかった室内が、いきなり眩しい照明に照らし出されていた。

 すると、今まで隠れていた省吾の背後の空間が顕わになった。

 そこには直径十間はあろうかと思われる、円形の水槽があった。水槽には、真っ黒などろりとした液体が縁近くまで、なみなみと張られている。

 と、液体の表面が、どぷりと波立った。

 一方の壁の一部に扉らしき隙間ができ、数人の男女が姿を表した。皆、生真面目そうな表情の、どちらかというと無個性な感じの若者だった。

 省吾は勝ち誇った。

「さあ! 新生〝伝説のガクラン〟による、真の伝説の始まりだ! 今、あなた方の目の前にいる男女は、番長星に新たな秩序をもたらすため、わたくしが長年に亘って訓練してきた人間である」

 がばり、ざばりと水槽の表面が波立ち、水面が持ち上がった。ざわざわと無数の触手らしきものが蠢き、何かを形作っているようだった。

 光右衛門は、憂慮の表情を浮かべる。

微小機械ナノ・マジーンですな。何かを作ろうとしているようですが……」

 液体の表面から姿を表したのは、数着の衣服であった。

 しかし、ガクランには見えない。色は原色で、赤、青、黄色、緑、桃色ピンクの五色それぞれの色をした、五着の衣服である。

 衣服には、同じ色の、防護帽ヘルメットが付属していた。手袋、長靴が付属していて、全身をぴったり覆う形になっている。

 現れた五人の男女は、各々着用する衣服が決まっている様子で、迷うことなく各自の色の衣服を身に纏う。

 真っ赤な色を身に着けた男が、前へ一歩さっと進むと、高々と叫んだ。

「われら五人の勇者! 番長星にはびこる無気力、無関心、怠惰を一掃するため、ここに集まったのである!」

 青の制服を身に着けた男が後を続ける。

「われわれは、番長星を改革する、いわば生徒会である。その名も【セイント・カイン】五人衆!」

 五人は自己紹介に移った。

「セイント・レッド!」

「セイント・ブルー!」

「セイント・グリーン!」

「セイント・イエロー!」

 イエローと名乗った男は、やたら太っていた。五人の中で唯一人の女性は、当然のことながら「セイント・ピンク!」と叫んでいた。

 五人は声を合わせ、見得ポーズを決めた。

「五人揃って【セイント・カイン】!」

 省吾は勝ち誇った笑いを上げていた。

「どうだ! この五人が番長星に革命を起こすのだ! 番長星に新たな正義が生まれる……俺の待ち望んだ希望が……!」

 突然、水槽の液体に漣が走る。省吾はくるっと水槽に振り返り、驚きの声を上げた。

「何だ? 計画は終了したはずだ! なぜ活動をやめない?」

「〝伝説のガクラン〟を寄越せ!」

 大声が轟いた。五人が出現した隙間に、もう一人の男が姿を表す。逆光で顔は見えないが、樽のような胴体に、逞しい身体つきの巨躯が立っていた。

 風祭である。

「俺は、戦闘用賽博格として、最強となった。だが、まだ充分じゃねえ! 俺の身体に〝伝説のガクラン〟が加われば、俺は無敵になるだろう……」

 省吾は顔色を変えた。

「よせ! 馬鹿な真似をするんじゃない!」

「〝伝説のガクラン〟を頂くぜ……」

 一歩さっと前へ出た風祭はニタリと笑いを浮かべると、素早く空中に身を躍らせ、水槽に向かって飛び込んだ!

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