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 その時、光右衛門がなぜか一歩、前へ歩み寄った。

「そのガクランは、狂戦士バーサーカー計画の残存物ですな?」

 光右衛門の言葉に、省吾はさっと顔色を変えた。青白くなり、眉間がきつく狭まった。

「なぜ、それを知っている? 狂戦士計画のことは、幕府の極秘事項のはず! お前の正体は、何だっ?」

 光右衛門は含み笑いをして答える。

「何、わたくしは、越後の呉服問屋の隠居で、光右衛門と申す者。ただ、ちょっと昔、小耳に挟んだことがございまして」

 省吾は立ち上がり、きっと指を突きつけた。

「嘘だっ! たかが呉服問屋の隠居が知りえる情報ではないっ! 但馬屋のように、幕府と直取り引きできる大店おおだなの大番頭であるわたくしでないと、知ることは不可能だ!」

 先ほどまでの冷静な態度は吹き飛ぶように掻き消え、省吾の顔には不審と焦りが複雑に織り成していた。光右衛門は澄ましたまま、言葉を続ける。

「狂戦士計画は、理想的な兵士のための強化服を作り出すための研究でしたな。着用者の肉体、精神に直接交感し、どんな恐怖にも負けない意思と、賽博格戦士並みの体力を保証する。しかし狂戦士とは、まさに的確な名称でした。この計画で生み出された戦士は、一人残らず発狂して、手当たり次第に破壊を撒き散らす狂人となってしまいました。以来、幕府はこの計画の存在を、ひた隠しにして口を拭っていたのです」

 光右衛門の暴露に、省吾はぜいぜいと大袈裟に喘いでいたが、やがて手を顔にやり、ぶるんと拭うと、一瞬にして冷静さを取り戻した。

「そうだ……。俺は狂戦士計画を古い記録で知り、何としても完成させるべく、密かにこの番長星に持ち込んだ。伝説の【バンチョウ】の存在が、計画の骨子である強化服をガクランに仕立て直すきっかけになった。お前が言ったように、初期の計画実施で強化服を着用した被験者は、一人残らず狂的な戦士に変貌し、手に負えなくなってしまった。俺は原因を探り出した。力を行使する理想的な人格が、強化服には欠けていた。理想的な人格を付与するため、俺は世之介に目をつけた……」

 省吾の「坊っちゃん」という呼びかけが、いつの間にか「世之介」という呼び捨てに変化している。さらには「わたくし」というのも「俺」になっていた。今や省吾は、但馬屋の、有能な大番頭の仮面を脱ぎ捨てていた。

「世之介は文字通りの、坊っちゃん育ちだ。乳母日傘で育って、一切の悪意というものから遮られ、他人を疑うことを知らず、また世之介自身も、他人を陥れるなどの悪徳から免れている。それを強化服に学ばせれば、理想的な戦闘服になると計算したのだ。ガクランは必要な経験を吸収し、今や、俺の待ち望んだ状態になった! さあ、返して貰おうか……」

 世之介は叫んだ。

「何の目的で、そんなことをする? お前は謀反を企んでいるのか?」

「謀反?」

 省吾はニヤリと笑った。くつくつと込み上げる笑いを堪えていたが、やがて爆笑した。

「成る程、謀反ね! そんな阿呆らしいことをするために、わざわざそんな七面倒臭い計画を立てたわけではない! 俺は、番長星を改革するために実行したのだ!」

 光右衛門は眉を上げた。

「改革? そんなことを仰るあなたは、いったい、何者なのです?」

 省吾は胸を張った。

「俺は元々、番長星の人間だ!」

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