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巨大な正門に【ツッパリ・ランド】の文字がでかでかと貼り付けられている。文字は怖ろしく下手糞な字体で、なんとか判別できるほどである。
呆れたことに、近づいてみると、文字は
正門自体も、素人のやっつけ仕事であることが良く判る。長さも太さもまちまちな材木を、釘や綱で大雑把に組み合わせ、そこに大慌てで色とりどりの布や、ボール紙を貼り合わせてある。ちょっと強めの風が吹けば、あっという間もなく倒れてしまいそうだ。
近づいてくると、わんわんと騒音が聞こえてくる。
いや、騒音ではない。音楽だ。ただし、
正門近くには駐車スペースがあり、そこには無数の二輪車、四輪車が停車し、多数の男女が音楽に合わせ、手足を無心に動かして踊っている。よほど激しく踊っていたのか、全員、男も女も顔や手足にびっしりと汗を浮かべている。
男女の年齢はまちまちだ。下はほとんど小学生くらいにしか見えない幼い男女から、上は杖の厄介にならないと歩けないくらいの老人まで、がんがんと音量を最大にした音楽に合わせて、踊り狂っていた。
食べ物の匂いに、世之介の食欲が刺激される。【ツッパリ・ランド】に到着する前、世之介はすでに朝食を済ませていたが〝伝説のガクラン〟は通常の数倍の食糧を必要とするようで、すでに空腹を憶えていた。
食べ物の匂いは、駐車場のあちこちに張られている
正門を通過すると、その場にいた全員が顔を挙げ、新来者に目顔で挨拶を送ってくる。
いや、茜の言い方に従えば「ガンを飛ばす」といったほうが正確である。口々に「何だ、この野郎……」「やんのか、オウ!」「かかってきな!」と、わざとダミ声を作り、壮んに睨みつけ、挑発している。もっとも大半の連中は、ただ叫んでいるだけで、一歩も近づいては来ない。
つまりは番長星の、通常の挨拶というやつで、もし世之介が本気で殴りかかったら、相手は吃驚仰天して、最初に出会った隆志のように泣き出してしまうだろう。その辺が世之介には段々、判ってきた。狂送団のような連中は、あくまで例外なのだ。
正門を潜り抜け、世之介は【ツッパリ・ランド】が遠くからゴチャゴチャとした幾つかの建物の集合に見えていたが、近づいて初めて、一つの建物であることに気づいていた。
建物の壁が、様々な色に塗られているため、遠目からは幾つもの建物の集合に見えていたのだ。
真ん中に巨大な時計塔が聳え、その両側に翼を広げるように建物が左右に伸びている。階数は多い。数えてみて、世之介は建物の階数を三十以上と見積もった。
しかし、建物の形を見て、世之介は何かに似ていると感じていた。
ああ……!
世之介は合点が行った。大きさはこちらの建物が遥かに大きいが、建物の形としては、学校の校舎である。やや離れたところにある大屋根の建物は、体育館か、講堂であろう。
とすると、この駐車場は本来は校庭なのだ。正門は校門ということになる。
その校門を狂送団の二輪車が通過すると、それまで壮んに示威行動を繰り返していた周りの連中が、ぴたりと鳴りを潜める。
全員の顔に恐怖の色が浮かんでいる。こそこそとお互い囁き合い「狂送団だ!」と言い合っている。
狂送団の男たちは、ジロリと周りを睨みつけ、歯を剥き出し、唸り声を上げた。まるで野犬の群れである。何人かは武器を抜き放ち、世之介が最初見たときのように、地面をカリカリと削ってドキドキするような刃を見せびらかせている。
茜は黙ったまま、真剣に周りの群衆に目をやり、何か探しているようである。
「茜、兄さんを探しているのか?」
世之介が言葉を掛けると、茜はびくっと身を震わせて目を向けてきた。今までの反抗的な態度は潜められ、どこか頼りない子供のような目になっている。
茜は一つ「うん」と頷いていた。
「【ツッパリ・ランド】に来れば、見つかるんじゃないかと思ってたけど……」
後は言葉を濁した。
茜の兄は、確か「
適当な空き場所を見つけ、世之介は二輪車を停車させた。校舎を見上げる。
校舎の背後に、岩山が圧し掛かるように聳えている。高さは五百メートル以上はあるだろうか。草木一本さえも生えていない灰色の岩山が、無愛想に居座っている。
奇妙な形をしている。とても自然の造型とは思えない。なだらかに立ち上がった裾野から、いきなり上部は別の形になっている。
世之介は、そこらにいた学生服の若い男につかつかと近づくと「ちょっと聞きたいことがある」と前置き抜きで話し掛けた。
話しかけられた若い男は、ポカンと口を開き、目を虚ろにさせた。
年齢は世之介より二~三才ほど年上か。これといって特徴のない、平凡な顔つきをしている。
特徴といえば、男の頬に一面に汚いニキビがところ構わず噴き出しているのが、特徴となっている。男はビクビクとした態度で、それでも精一杯の虚勢を示してぐっと背中を聳やかせた。
「な、なんでえ!」
「ここは【ツッパリ・ランド】だろう」
「へっ!」と男は嘯いた。
「当たり前だあ! 他のどこと間違えて、ウロチョロしやがったんだ?」
世之介はさっと腕を伸ばし、男の喉下に手をやって締め上げた。
「舐めんなよ……聞かれたことだけに答えればいいんだ!」
世之介の押し殺した声に、男は見る見る顔を青くさせた。忽ち態度が、塩を振った青菜のように、萎びて従順になる。
「な、な、なにを……お尋ねで……?」
「勝又勝って奴を知らないか? 背は六尺くらいあって、ひどく身体のでかい野郎だ」
世之介は胸ポケットから一枚の写真を取り出した。茜の兄の部屋に貼られたものを、一枚だけ拝借してきたのである。写真を見て、男の顔に変化が起きた。
「知っているのか?」
「あ、ああ……!」
男はガクガクと機械仕掛けの人形のように頷く。二人の遣り取りを耳にして、茜が素早く近寄ってきた。
「知っているの? お兄ちゃんは、無事?」
男は盛んに唇を舐めていた。どう答えようか、計算しているようである。
ちら、と男の視線が、校舎の背後に聳える岩山に向かう。
「その男なら【ウラバン】に会いに行ったぜ」
世之介は、男の視線を追った。
「あの岩山か? 【ウラバン】は、あの岩山にいるのか?」」
「そうさ」と男は頷いた。怯えきった表情で言葉を続けた。
「【ウラバン】は、あの【リーゼント山】にいる!」
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