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 賽博格! 風祭が賽博格だって?

 世之介はようやく、さきほどからの疑問が氷解するのを感じていた。さっきの木刀での手応えは、賽博格体ゆえのものだったのか。

 風祭は、ぐりぐりと肩の関節を動かし、立ちはだかった助三郎と格乃進を舐めるように睨みつけた。

「そう言う、お前らも賽博格らしいな……」

 ぐっと腰を沈め、風祭は目を光らせる。実際、風祭の両目は、不気味な青白い光を放っていた。

 ぶーん……。

 風祭の全身から、奇妙な甲高い機械音が聞こえてくる。ぶるぶるぶるっ、と風祭の全身が細かく震え出した。

 世之介は木刀を杖にして立ち上がった。

 いったい、何事が起ころうとしているのか。

 助三郎と格乃進は顔を見合わせ、頷き合った。その瞬間、二人の姿は世之介の眼前から一瞬にして掻き消えていた。

「あっ!」

 世之介は驚きに目を見開いた。

 何と対峙しているはずの、風祭の姿も突然、消滅していた。

 しゅっ! しゅっ!

 空中を、何か切り裂くような音が聞こえてくる。

「何事ですか!」

 側にいた光右衛門に尋ねる。光右衛門は、今の出来事を承知しているような表情を浮かべていた。

「助さん、格さんの二人が、加速状態に入ったのです。常人の、数倍から数十倍、恐らく数百倍の速度で動き回り、音速を超え戦っているのです。そのため、わしらには、三人の姿を見ることは叶わないのでしょう」

 ごんっ!

 音に顔を向けると、建物の角が爆発したように飛び散った所だった。

 ばさっ、と立ち木の枝が揺れ、めきめきと音を立て幹が折れ曲がる。

 ばあんっ! という爆発音に似た音が響く。多分、音速を超えて動き回っているための、衝撃波だ。

 音速を超えると、空気は一瞬にして圧縮され、爆発音に似た音を響かせるのである。

 べこっ、と四輪車の外板が凹み、ばあんっと一瞬にして窓硝子に細かな亀裂が走る。

 世之介の全身に、冷たい汗が流れる。こんな相手と、自分は戦おうとしていたのか! 知らないこととはいえ、何て無茶だったのだろう。

 目の前を、黒い影が何度も一瞬で通りすぎる。多分、どれかが助三郎で、格乃進、風祭の三人なのだ。あまりに素早すぎ、網膜に像を結ぶ暇がない。

「ぐわあああっ!」

 魂消るような叫び声、いや、咆哮とも言える雄叫びが世之介の耳朶を打った。道路の真ん中を、巨大な何かが、路面をがつがつと音を立て抉り取り、濛々とした土煙を立てる。

 土埃が収まると、風祭の巨躯が、長々と大の字に寝そべっているのを認めた。その両側に、助三郎と格乃進の二人が立っている。

 三人の身に纏っていた着物は、完全にぼろぼろに千切れ、僅かな布切れだけが纏いついている。超高速の動きに、ぼろぼろに千切れてしまったのだ。

 さらに三人の身体からは、ぶすぶすと燻る白煙が立ち上っていた。音速を超える動きで、空気との摩擦熱が発火点を越えたのだ。

 助三郎と格乃進の身体を見て、世之介は二人が風呂に入りたがらなかった訳を、ようやく納得した。

 顔と腕など、露出した部分はかろうじて、人間らしい人造皮膚で覆われているが、その他の部分はまさに戦闘用といっていい、ごつごつとした表面の、昆虫の甲羅のような素材で覆われている。恐らく、防弾、防熱素材でできているのだ。その姿は、傀儡人ロボットといっても間違いではない。

「ぐうううっ!」

 横たわる風祭は、必死になって起き上がろうと藻掻いている。手の平を地面に支え、上体を起こそうとする。

 だが、そのたびにガクリ、ガクリと寝そべってしまう。

「無理に起き上がろうとしてはいけない。お前の制御装置を破壊した。新たな装置を入れ替えなければ、動けないぞ」

 助三郎が横たわる風祭を見下ろし、痛ましげな表情になって声を掛けた。見上げる風祭は、視線で助三郎を殺してしまいたいというような、物凄い形相になる。

「なぜだ……。なぜ、俺が負けた? 俺は最強の【バンチョウ】に生まれ変わったはずなのに!」

 風祭が呻く。ぐいっ、と顔だけをネジ向けて叫ぶ。

「お前ら、何者だ? ただの賽博格じゃないだろう!」

「いいや」と格乃進が首を振った。

「お前と同じ、賽博格だが、俺たちはこの身体になってから長い。加速状態になってからの戦い方も、慣れている。加速状態になってからは、人間の脳は超高速の反応に対応でききれない。そのため、予備電子脳に交替させ、身体を制御するのだ。だが、充分な期間、行動を慣熟させていないと、その能力を発揮できない。お前は賽博格体になってから、そう長くはないのだろう?」

「ふっ」と風祭は苦く笑った。頷く。

「そうさ、ウラバン様にこの身体にして頂いたのだ……。【ツッパリ・ランド】でな。そこにいる健史が……」

 ギョロリと立ち竦んでいる健史を睨む。健史は風祭の視線に「ひっ!」と小さく悲鳴を発し、飛び上がった。

「ここで新たな【バンチョウ】が出現した、と報告してきてな。それで、ウラバン様が俺に調査するよう命じた。ウラバン様の任命されない【バンチョウ】など、存在を許すわけにはいかん!」

 世之介は、ぐっと風祭に近づき、声を掛ける。

「そのウラバンとは、何者です? どうして、わたくしが【バンチョウ】だといけないのです?」

 風祭は嘲るような笑いを浮かべた。

「それが知りたければ【ツッパリ・ランド】に行くことだ! ウラバン様とは、そこで会える。ウラバン様がお前を前にしたら、どうするか……。楽しみだ!」

 光右衛門が厳しい顔つきになって、その場にいた、健史の仲間に命令する。

「あなたがた! さあ、何をしているのです。あなたがたのお仲間の風祭とか申す男が難儀しているのです。助けるのが人情ではありませんか? さっさと連れ帰りなさい!」

 光右衛門の命令は威厳があり、咄嗟には逆らうことができないほどの重みがあった。

 健史が連れてきた仲間たちは青ざめた顔を見合わせた。

 ぎくしゃくした動きで恐る恐る風祭の周りに集まり、手に手を取って、巨大な身体を持ち上げようとする。

 が、風祭の身体は賽博格であるためか、よほど重く、びくともしない。助三郎と格乃進は歩み寄ると、風祭の脇に手を入れ、ひょいと持ち上げた。そのままずるずると引き摺って、風祭が乗り込んでいた黒い車に運んでいく。

 呆然と見送っていた健史は、世之介の視線に顔を真っ白にさせた。赤くなったり、白くなったり、忙しい男である。

 世之介は怒りに燃えていた。

 たかが喧嘩に強くなりたいだけの馬鹿な欲望で、自分の身体を賽博格にさせる、この番長星の人間の思慮のなさに、腹を立てていたのである。

 かくかくと全身を震わせ、健史はよたよたと後ろに下がった。ぽたぽたと股間から黄色い液体が洩れている。

 失禁しているのだ。

「お……お助けっ!」

 悲鳴を上げると、転げるように自分の二輪車に跨った。じたばたと、みっともなく動力を入れ、後を見ることなく一散に逃げていく。

 逃げ散っていく連中を前に、世之介は静かに【ツッパリ・ランド】を目指す覚悟を固めていた。

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