3
「うおおおん、うおおおん……」
あたり構わず、健史の泣き声は響き渡っている。両目から滂沱と涙を噴き出させ、身を捩るようにして泣き喚いていた。その様子は、まるで幼い子供のようであった。
「痛えよお! こいつが、俺をぶったあ! ひどいよお! なんでぶつんだあ!」
健史はいやいやをするように、激しく首を振る。困った世之介は、宥めるように両手を上げ、健史に近づいた。
「あの……まことに相済みませぬ。つい……」
近づいた世之介に、健史はびくっと身を震わせ、尻をぺたりと地面につけたまま、両手を使って後じさった。
「来るな! 厭だあ! 怖いよお!」
世之介は助けを求める視線を茜に向けた。しかし茜も、世之介をまるで怪物を見るかのような視線で見つめているだけである。
目に恐怖の色を一杯に浮かべた健史の仲間たちは、ぎくしゃくとした動きで健史の周りに集まってくると、手を伸ばして助け起こし、二輪車にそそくさと戻っていく。
無言で動力を入れると、振り返りもせず、二輪車に乗ったまま去っていく。爆音は心なしか控えめで、あっという間に見えなくなってしまった。
静寂のみが支配していた。
世之介は一歩、茜に近づいた。説明を求めたのである。
「どういうことなのでしょう? わたくしには、さっぱり……」
茜の唇はからからに乾いていた。茜は唇を舐め、目を一杯に見開いたまま、呟いた。
「本当に殴ったなんて……! 信じられない」
イッパチが首を捻った。
「でも、喧嘩を仕掛けたのは、あの健史ってお人なんでしょう? だったら偶然でも、殴られることは覚悟していたはずじゃあ?」
「違う!」と茜は首を振った。
「喧嘩で、本当の殴り合いになることなんて、今まで一度もないわ!」
「ええっ!」
今度は世之介は本当に驚いた。
「だって、だって、あの人たち見るからに本当の不良で、あたしに喧嘩を売ってきたときだって、本気だと……」
「ここらで喧嘩というのは、口喧嘩のことよ。お互い、相手を凹ませるために色々と言い合うけど、手を出すことは絶対しない。そんなことになったら、怪我するでしょ?」
茜の説明に、世之介はがっくりと両手を下ろした。茜の両目に、尊敬の色が浮かぶ。
「もし、本気で殴りあう覚悟ができる人がいれば、その人は【バンチョウ】って呼ばれるでしょうね。ここでは、そんな【バンチョウ】の称号を持っている人間は、数えるしかいない……」
茜は、にっこりと笑みを浮かべる。
「あなたは【バンチョウ】よ! 今日から【バンチョウ】って名乗っても良いんだわ! 凄いじゃないの!」
世之介は周りを見回した。
茜以下、二輪車に乗った女性たちは賛嘆の表情を浮かべている。
世之介は呆然と、いつまでも立ち尽くしていた。
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