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指導教授は学生のファイルを受け取り、自分の端末に読み込ませ、モニターに映し出して黙って眺めている。
学生は微かな興奮に、顔が火照るのを感じていた。
いよいよだ……。いよいよ今日、この時、結果が出る……。
指導教授は前年に助教授から昇進して、教授になったばかりである。したがって、与えられた研究室も新しく、運び込まれた様々な資料や、機材で室内は乱雑を極めている。
年齢は、そう若くはない。四十代前半か。それでもこの年齢で、助教授から正教授に昇進するのは、稀な例外だと噂されている。
鶴のように痩せていて、髪の毛はかなり薄くなっているのが、教授を年齢以上に老けて見せている。落ち窪んだ眼窩から、二つの大きな目玉が、学生の提出したファイルの中身をチェックしている。
教授の骨のような指先が、モニターの一部を指し示した。
「この静止画像は? 大分、古いもののようだが……」
ようやく口を開く機会を得て、学生はやや前のめりの姿勢になって話し出した。
「ええ、当時の雑誌をスキャンして取り込んだものです。それは──」と教授の背後から腕を伸ばした。指先を写真の中央に当てる。
「当時〝族〟と呼ばれた若者グループの集会場面です。中央に立っている〝ツナギ〟の男がグループのリーダーです。リーダーは〝
腕組みをしてモニターに見入っている教授の横顔を見て、学生の口調は尻すぼみになった。教授の横顔には、ありありと不満が表れている。
「君には別の課題を与えてあったはずだが。昭和時代の交通状況と、自動車の若者世代普及についての研究……だったね。確か」
ぎろり、と教授は鋭い目付きで学生を睨んだ。学生は首を竦めた。教授の視線には「なぜ自分の提示した課題を進めない?」と非難が込められている。
「ええ。教授の提示された研究を進めているうち、当時の若者風俗に興味が移りまして」
学生は必死になって唇を舌で湿し、説明を続けた。
「〝ツッパリ〟〝ヤンキー〟と呼ばれる若者の一群が地方都市を中心に存在したのです。若者たちは、思い思いにバイクや車を改造して、当時の重要な風俗を形成していました。〝ツッパリ〟〝ヤンキー〟と呼ばれる一団は、当時の大きな社会問題を引き起こしましたが、文化にも大きく影響を与えていたことは、はっきりしています。ですから──」
学生の説明を、教授は手を振って遮った。
「もういい! 君は脱線した。わたしの提示した課題を無視してね。これでは、卒業は無理だな。諦めることだ」
教授の口調は辛辣で、突き放すものだった。学生の額に薄っすらと汗が噴き出す。
「それでは……?」
教授は微かに顎を引いた。
「そう。わたしの提示した課題を真っ直ぐ、真面目に進めることが、君の卒業の絶対条件となる。判るね?」
「はい、判りました」
学生は弱々しく答えた。
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