砺影の英雄

ドクダミ

プロローグ


「――おはよ~う。」


「あ、おはよう。」


「おっはよう、皆――…。」



 ――元気よく交わされる朝の挨拶と、明るい少年少女の顔。


 私立光英中学校3年C組の教室に、いつも通りな朝の光景。まだまだ幼げな気質の多い彼らは、賑やかに楽し気に騒ぎ立て。まだ一限目の授業も終わってもいな内に、今日は誰の家に遊びに行くかなど。面倒で堅苦しい学校の終わった後の事を、既に話し出す始末。


 けれど、それ叱る生徒も教師もいない今。例え不真面目であろうがそんな事関係ないと、無邪気に笑い合う彼らの耳に。もう随分と聴き慣れた、姦しい…女子生徒達の黄色い声援と。その威容に息を呑み、強烈な"嫉妬"と"羨望"が入り混じった視線を投げ掛ける男子生徒達……。


 ――普段から騒がしい朝の廊下。

しかし、だとしても異様なその賑賑しさは。着実とこのC組の教室に近づくと、其の正体を明らかにする―…。


「あ!!ねぇ、見て!よ!!」


「うわぁ…カッコいい。其れに、すっごく綺麗……。」


「いいな、いいな~。私もの隣歩きた~い。」



「ちッ!あいつら、何で毎度毎度一緒なんだよ……嫌味か?」


「まぁ、まぁ、落ち着けよ。あんなの、張りあうだけ無駄だって…。」


「おお~、今日も綺麗だなー。」


 そこ彼処から送られる、黄色にピンク、黒に青。文字通り、色が付いたかの様な羨望と嫉みの声に視線の雨あられ……。


 だが。其れ等を物ともせず、我が道を行く"六人の少年少女"達。

その六人の中心に位置し、先頭を歩く美少年―嵩峰たかみね蒼汰そうたは。スラリと引き締まった四肢を優雅に揺らしながら、彼の隣を歩く美少女―藤城ふじしろ百花ももかへ愛し気に視線を合わせその凛々しい唇を開かせる。


「――今日もすごい人だな……大丈夫かい?百花。」


「ええ、平気よ蒼汰。ふふ、そんなに心配しなくても、之くらいだわ。」


 ふわりと、儚げで甘やかな雰囲気を纏い優しく微笑む百花に。足を止め、同じく微笑を讃えた蒼汰を目撃し。周囲の野次馬生徒達は淡い溜息と、鋭い舌打ちを連発する…。


 其れを、すぐ後ろから眺める残り四人は。少々呆れながらも、何とも微笑なしいものを見る様な優し気な色を瞳に宿し。周囲からの視線や反応に今更ながら赤面する二人蒼汰と百花へ、彼らは其々の言葉を述べ始める―。


「ハイハイ、お熱いのはわかったからさ、サッサと教室行こうよ。何時もの事だけど、今日のコレはちょっと凄すぎ…。」


「あー、だよなー。今迄も囲まれる事はあったけど、今日はスゲーぜ。」


「仕方ないだろ。こいつらの蒼汰と百花の熱烈な関係は以前から分かり切っていた事だけど。……昨日の今日だからな。」


「…確かに、のはちょっとビックリしたもんね。二人の関係は分かってたけど…突然だったし、場所が場所だったし、ね――。」


 ――初めに。おちょくる様な声音で、サッパリとした物言いをする快活な少女―千騨せんだ智春ちはると。智春の疑問に同意した、ガタイがよく男らしい好青年―早宮はやみや浩寺こうじ


 そして、そんな二人の疑問に回答を示す。細身で銀縁の眼鏡の似合う堅物そうな少年―波木なみき成哉せいやと。物静かで落ち着いた印象の少女―明野あけのめぐみ



 ――其処に、蒼汰と百花を足したこの「六人」は。

この、『私立光英中学校』屈指の"美男美女"達であり。其々が最高学年である3年生ながら勉学、スポーツ、芸術等で優れた成績を叩きだす。まさに『天才』という言葉が相応しい、"偉才児"達であった。


 元々、其れなりの長い歴史のある所謂「由緒正しい学び舎」として有名であったこの学校は。幾度となく彼らを学校の「㏚モデル」として登用し、㏋やパンフレットの見出し。又何かと大会やコンクールの時期になると、「優勝」・「最優秀賞」・「金賞」等々…。数々の表彰状とトロフィーを引っ提げてくる彼らを、学校は当然何かある度に大仰に褒め称え。全生徒達にも「彼ら」に習い、より勉学・部活動に励む事を勧めていた――。


 そんな。文字通り、この学校の『代表』である彼らは。当然学校中の憧れの的であり、目指すべき「指標」であった。



 …――楽し気な会話に、眩しい笑顔の六人。


 ゆっくりと。けれど先程よりも足早に、3年C組の教室を通り過ぎてゆく彼らを周囲は眼で、足で追うも。彼らが教室――3年A組へと足を踏み入れ、瞬く間に姿を隠す六人に…。流石に、教室へ押しかけてまで言い寄ろうとする厚かましさは持たなかった生徒達は。渋々ながらも…もう数分後には鳴り響くであろう、始業チャイムに備え。其々の教室へと、各自戻ってゆく…――。




   *



 ――……今だ、興奮冷めやらぬ女子達と。彼らが教室に入った事で、落ち着きを取り戻した男子達は。あっと言う間に、其々の席やグループで固まり直すと。教室に当初の、「朝の教室」らしい賑わいが戻り。さっきまでの喧噪は何だったのかと思う様な。、劇的な周囲の変化に。今だ、目を疑う…《少年》が一人…。



「……凄いなぁ。」



 …呆然と、そう呟く。席に着き、両腕を机の上に組んで。顔を廊下側に向け、頭を組んだ腕の上にのせ突っ伏す少年―3年C組の「」・安堂あんどう礼儀れいぎは。


 一週間前から続いている、この学校の「日常」を。どうしても、今だ「非日常」としてしか受け止められないでいる…。



 ――「一週間前」。彼の両親の仕事の都合により。まだ未成年の子供・礼儀を出来るだけ目の届く場所に、親子の触れ合いの確保の為にと。日帰りでも何とか寄りやすい場所・学校を選ばれ。幼い時から、度々転校を繰り返してきた彼…安堂礼儀にとって―…。



   ――転校は、「日常」である。



 幼い時から、独りで居る事は当然で。昨日まで親しかった友人知人と別れ、そのまま疎遠と成るのも当たり前。又それなのに不思議と「いじめ」とは縁遠く、そこそこ楽しい学生生活を送れている為に。彼にとって、"転校"は最早憂鬱なだけのものではなく。…ある意味で、"冒険"と同義であった。


  ――幾度の"冒険転校"で…。

「校則が嫌に厳しい学校」に。

「金髪の女子・男子をよく見かける学校」。

「最近女子高から共学に変った、男女比がヤバイ学校」。

そして、「"食育"・"地産地消"に力を入れた、美味しい学校」などなど…。


 其れなりに。特異な特徴―"特色"をもった学校というものを知り尽くした筈の礼儀をしても――…



「――…こんな学校、初めてだな……。」



 ……本当に、"異様"であった…。


 確かに、偏差値は高めで。長い歴史があるのだと言われれば、

「なるほどな。」っと言わしめる格式もある。しかも、まだ数年前に改装したばかりとあって、校舎や運動場…庭に至るまで美しく、清潔感に満ちている。


 しかし。只、其れだけだ。其れだけならもっと凄い設備や、そもそも規模からして違う学校は結構あるし。学力にしても、転校の際受けさせられた転入試験の感覚からして然して、…。少なくとも、超有名進学校レベルには達してはいないとは思うのだが…。



「何であんな…"超人"じみた奴らが居るんだ…。」



 この学校の「代表」で「超のつく人気者」の、まさに絵に描いた様な美男美女…。まるでどこぞのライトノベルの様な世界であり、そうとしか思えない。

既に一週間は通っているのに、これ程「相容れない。」と感じた事は今迄で一度としてなかった。


 

「日常……之が。これからは、「日常」に成るのかぁ……。」



 ――…「世界」は広い。


 そんな。未知なる冒険へと出会ってしまったかの様な心境に、礼儀が陥っていると…―。



――キーンコーンカーンコーンッ キーンコーンカーンコーンッ…――



 こんな学校でも。お馴染みの始業チャイムが鳴り響き、同時にガラガラっと引かれるスライドドアの音と共に担任教師が顔を出す。


 そのまま。教師は壇上に上がりと、今日の連絡事項であるのだあろう。でかでかとした「健康診断」とい文字と、其の日程・服装の注意事項等が黒板に丁寧な字で書きだされてゆく。


 すると。黒い表紙に校章があしらわれた手帳を生徒全員が取り出し、教師が書き出した連絡をその手帳にメモし始める。これも又、礼儀が他の学校では見た事がない光景で。何でも「常に、大切な連絡事項や約束事をメモし。残し纏める習慣をつける事で、社会に出た際のミスが少なくなる。」という、きちんとした理念があるらしく。


 大抵の連絡を簡単なプリントに纏め、渡すだけの形態を排した。何ともエコで、そしてこの学校の見た目に似合わぬ……地道な取り組みであった。



「よし…。」



 簡単な要点だけを手帳にメモし。早々に出席確認が始まり、あいうえお順に呼ばれる名前に生徒達がなまなりに答えている――…その時――…。



「……え?」



 突如、礼儀のちょうど真下…。礼儀本人と、その席の机と椅子が丸々入る様に浮き上がった。眩い輝きと、奇妙な文字の羅列が踊る不思議な円――"魔法陣"。


 周囲の生徒・教師が驚愕に息を飲み、困惑から悲鳴の様な声が上がる中。

どんどんと、光量の増し始める魔法陣に。やっと、礼儀の思考が追いついた時には既に手遅れ…。ガタンッっと椅子を引き、すぐさま立ち上がろうと腰を少し浮かせた瞬間――。


 

  ――礼儀は、姿消した―――――……。

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