終わりを迎えたある日の夜に
笠井 玖郎
*
何か様子のおかしい友人に呼び出され、僕は指定された公園に来ていた。
寒々しいほどに静まり返った夜の公園。そこに一人、虚ろに空を見上げながら、ブランコに揺られる男がいた。
「川島」
呼びかければ、男は緩慢な動作でこちらを見上げる。それは確かに友人の川島だった。
「来たのか」
「お前が呼んだんだろ」
いつも通りの軽口の応酬。だがそこに、いつもの覇気は感じられない。よく見れば、この寒空の下だというのに、川島はやけに軽装だった。
「ほれ、コーヒー」
「あざす」
受け取った缶コーヒーを飲むでもなく、手のひらで包み込むようにして暖を取る。そこでようやく寒さを思い出したのか、寒いな、と少しだけ笑った。吐く息すらも冷え切っているのか、笑う息は透明なままだった。
「ちょっとコンビニ、みたいな格好で長居すんなよ」
「ん、実際そのつもりだったんだけどな」
ほら、と指差す方を仰ぎ見れば、なるほど、確かに綺麗な星空だった。しかし、それだけで呼びつけたりするだろうか。ましてや、こんな軽装のままで居座ったりするだろうか。
「……ロマンチストの血でも騒いだか」
そうは思えど、今の僕では軽口で返すことしかできない。何かあったのか、その一言を口にすることができない。
「なんかさ、宇宙の歴史に比べたら、俺たちが頭抱えて悩んでることなんて、しょうもねえことばっかだよなあってな」
どこか投げやりに、川島はブランコを漕ぎ始める。長引きそうだ、と腹をくくって、隣のブランコに腰掛ける。冷たいプラスチックの感触が、じわりと布越しに伝わってくる。
勢いづく隣のブランコ。それを漕ぐ友人の横顔は、泣いているようにも見えた。
「あー、負けた負けた! 俺の負けだー!」
やけくそ気味に叫ばれた言葉は、吹っ切れているようでいて、やはり未練が残っているようで。
全てを振り払うため、自分を鼓舞するため、何事もなかった風に装うために発されたようだった。
「別に、さ。もう引き摺ってない、つもりだったんだけどさ」
「おう」
「あいつ、結婚すんだって」
結婚。その二文字を、どんな気持ちで発したのだろう。
ブランコは水平近くまで持ち上がり、一瞬のたわみの後に引き返していく。
進んでいるようで、どこにも行けない。
ただ、ゆらゆらと行ったり来たりを繰り返す。
「もう、そういう年なんだな」
「はやいよなー、ほんと」
学生時代はいつの間にか去っていき、社会に出て、身を固め、次の代へと移り変わる。
あの時のまま来てしまった僕らは、周囲が変わりながらも、またあの日々に戻れると確信していた。
何の根拠もない自信。変わっていくのは周囲だけでなく、人もなのだと理解していながら、考えようとしなかった僕ら。
ついには取り残されてしまって、僕らの恋は、どこへも行けずに終わりを迎えた。
「お前、あいつになんか言った?」
もう叶うことはないにせよ、伝えることはできるはずだ。
自己満足だと、わかってはいても。
「そっか、としか、言えねえよ」
言うべき言葉を飲み込んで、何とか搾り出せた答え。
何も言えなかった僕には、それを非難することはできない。
そっか、とオウム返しに、ただ星空を見上げるだけ。
友人のブランコは勢いをなくし、やがて静かに止まっていく。
開けられなかったコーヒーは、気付いたときには冷め切っていた。
終わりを迎えたある日の夜に 笠井 玖郎 @tshi_e
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