18:31/森樹は気付かない

 「けっこう混んできちゃったなあ………」

 最近確信持ち始めたんだけど、天気予報ってのは基本的に早まるな。午後から降り出した雨は、最悪なことに帰宅ラッシュの時間を待っていたかのように雨足が増し、社の最寄り駅は電車が動いてるうちに帰りたい会社員の群れでごった返している。しかし、結局今から自分もこの中に飛び込んでいかなきゃならないと思うとほんともう無理……

 台風のどさくさに紛れて(?)私と一緒に社を出る気満々だった万尋さんは、総務と人事の役職者総出の緊急台風対策会議に午後から出席、社屋の土日の備えや厳重な戸締まりに駆り出されてまだ帰れない。最後に会ったのは養生テープを抱えて上階に向かってる時で、「早速日程の相談がしたかった」「この風雨の中1人で帰すのは不安」「台風ラッシュで痴漢に遭わないか心配」と最終的にはお母さんみたいなことを言い出したため、せめて自宅の最寄り駅で父か兄と待ち合わせて帰ることを約束した。それでも尚置いて行かれた子犬のような顔をしている万尋さんを残して退勤、無事に駅の改札をくぐったところまではよかったけど……既に発生していた遅延のせいで乗り換え接続に間に合う電車がなくなり、かといって一本後までホームで待つのが嫌すぎて、現在私は兄とメッセしつつ駅のコーヒーショップで待機中。乗り換え駅まで少しでも早く行っておいたほうがいいのは間違いないけど、みんなそう思って移動するから結局目当ての電車が空く逆転現象が起きたりするし、あっちの方が乗り入れ路線が多いからゲロ混みだし……ああなんで災害時の電車はこう毎回無駄に心理戦になるんだか。

 連絡もついたし、そろそろか…ため息を付きつつのろのろとお会計に並ぶと……ちょうど店のガラスの外側で見知った顔がふたつ、何やら言い争いをしてるっぽいのを発見した。晶と玉城くんだ――残業だっていうから先に出てきたけど、結局同じ時間になっちゃったな。2人の濡れ具合を自分のコートと比較すると…どうやら台風は順調に接近してきているらしかった。

 「……~か~らぁ、こんな日にまで送らなくていいってー!!」

 「こんな日だからこそです」

 「そもそも途中から路線違うでしょ、送ってる間に電車止まったら困るでしょ?!」

 「?いえ、先輩の家からなら徒歩で帰れますので」

 「とっ?!は?!えっ?!なななな何言ってんの?!」

 「?いえ、本当に問題ないのですが」

 「あるよ?!台風だよ?!ご家族だって心配するでしょ?!?!」

 「?いえまったく。男子たるもの、婦女子を守るのは当然との教えです」

 「…なん…だ と………あっ樹ーーー無事だったか!!」

 「…お疲れ」

 「お疲れ様です」

 森樹現着。どうやらエキサイトしてるのは晶だけで言い争いになってない、以前になかなか豪快にすれ違ってるな…。私もさすがに今日徒歩で帰宅はどうなんだろうと思いつつ玉城くんを見たけど、本当に『何がおかしいのかわかりません』て顔してるんでこれ普通に本気だな。普段はごくごく普通の真面目後輩なんだけど、闇討ちとか酔っ払い退治とか、たまーにフィジカル面でああ違う常識の元で生きてきてるんだなあという片鱗を窺わせてくる人だ。もちろん悪い意味じゃなく。…まあ、そんな彼的には台風とかまったく恐るるに足らない事象なんだろうけど、すごく頼もしいのと同じくらい不安になるわ…一体何なら恐れるんだろう?

 ……と、突然晶が隣でぽむっと手を打った。

 「あっじゃあ樹はどう?!婦女子だしウチより家近い…」

 「私は兄さんと駅で落ち合う予定」

 「ぬおおお良かったね!!!」

 「それは安心です」

 晶には悪いけどまあこっちに振ってくるのはだいたい予想してたんで一瞬でツッコませてもらう。苦悶の声で喜んでくれる晶と、にこやかに会釈する玉城くん…かなりカオスな現場になってきた。正直に言うと面白い。

 「…そうなると、やはり独り暮らしの先輩が心配です。また先程のようなことがあるかもしれませんし」

 「さっき?なんかあったの?」

 「……風で吹っ飛んできた看板から庇ってもらった…」

 さっきまでの勢いはどこへやら、晶はしおしおと下を向く。なるほど…万尋さんも言ってたけど、季節外れの台風だってのに『非常に強い』んだっけ?そりゃ玉城くんがここまで粘るわけだ。一見無敵な彼が何より恐れるのは『晶に何かあったら』か…非常にわかりやすいし、何より友人として嬉しい。私は心の中でこっそりと加勢する陣営を決めた。

 「なるほど…そしたらさ、ここは甘えて送ってもらいなよ。その方が私も安心だし」

 「いやいや樹はジャッジだから!公平な立場だから贔屓は良くないよね!!!」

 「ジャッジて…でもそしたら1対1でひたすら平行線じゃん?ほんじゃ…主任に聞いてみよっか」

 「エッイツキサンソレハチョット」

 「お願いします!」

 2人の了解を得て、私はすぐに万尋さんにメッセする……と、秒で返事が来たので画面を見せる。


 『玉城くんに一票です、心配に決まっています。僕も樹さんを送りたかったのでよくわかります』


 「はいこれで決まりね。2対1、ってか正味3対1」

 「ありがとうございます!」

 「うぐぐ……あっうぐぐって言っちゃったよそんな馬鹿な、ていうか見えちゃってごめんだけど正直今のメッセの上の会話がマジ怖いんですが2人ともスルー?!」

 「「えっ?」」

 私と玉城くんは慌ててもう一度画面を確認する。えーと『今駅で玉城くんが晶を送りたいと…』の上………は、


 17:43『会社を出ましたか?』

 17:47『はい』

 18:03『そろそろ駅に着きますか?』

 18:08『はい』

 18:09『電車は動いていますか?』

 18:14『はい』

 18:15『改札は通りましたか?』


 「ねえほんこれ主任完全メリーさん状態じゃん普通にめちゃんこ怖いわ!!!」

 「!言われてみれば…」

 「いや私も歩きながらだから『はい』しか打てんし、主任えらい心配してたからね……だから玉城くんの気持ちがわかるんかも。――じゃそういうことで玉城くん、晶をよろしくね」

 「はい、お任せください!」

 「ああああああ樹いいいいいいい」

 晶のツッコミを華麗に躱し、頼んだ方と頼まれた方の2人でさっさと家まで送る条約を締結すると、私は2人の背中をポンポンと叩いた。

 「さ、お互い電車動いてるうちにさっさと帰ろ!晶が早く家に着けば玉城くんも早く帰れるんだし、ほれほれ」

 「はい、森先輩もお気を付けて」

 「せ、せやかて工藤……ううっ無事に家着いたらメッセちょーだいね………」

 いつもながら綺麗な角度で頭を下げた玉城くんとしょげきった晶が、下り線のホームに向かう人混みに呑まれて消えていった。

 ……うん、これでちょっとは2人の後押しになったかな?利津に報告して褒めてもらいたいとこだけど…今日はそれどころじゃないね。私は手早く主任にありがとうスタンプを打つと、自分も隣の路線のホームに向かった。

 予想通りというか必然というか、ホームの混雑はかなりのもんだったけど、おそらく電車の中はこれ以上。スマホすらいじれなくなる可能性を見越して、私は今のうちに電光掲示板の到着予定時刻を兄さんにせっせと連絡する。


 『了解、多分俺のが先に着くな。改札出たとこで待ってる』

 『はーい』

 『雨がこれ以上酷くなってたら、母さんに車出してもらうか?』

 『そだね、じゃああっちで話そ』


 兄さんとのやりとりをそこで切り、私は『もりけ』と書かれた山アイコンの家族グループを立ち上げ―――そうだうっかり忘れてた!!今日は帰宅したらみんなに主任の話をしておく約束をしてたんだった。既に兄さんが状況説明を進めてるところに、遅れて私も参戦する。


 『親父はもう家着いてる?』

 『着いてるよ。迎えに行くか?』

 『助かる、よろしく』

 『お風呂沸かして待ってるね』

 『ありがと!それと、今度みんなに紹介したい人がいて、夕飯の時話すね』


 「…………あれ?」

 みんなで話してる真っ只中に打ったのに、3人分の既読が付いてるのに、誰からも反応がない……ピタリと会話が止まった。


 『OK!』

 ――何十秒かの無反応の後、すぐにお母さんからいつもの編みぐるみスタンプが送られてきた。よかった、駅じゅうの人がスマホ見てるから一時的に電波悪いんだな。


 『本もな』

 『そゆかふぐ』

 『つへてくんこ』

 『つれめ』

 しばらくして、今度は兄さんから謎の細切れ言語が送られてくる…なにこれ??あっちも電波おかしいんかな??

 おまけに、父さんに至ってはガン無視だし。既読付いてるのにひどくない??


 『父さん読んでる?今日いい?』

 一応聞いてみたけど………返事は来ない上に、これにも既読がきちんと付いている。まさかもう運転してる?家出るの早くない??…と私が打ち始めた時、お母さんからまたもメッセが飛んでくる。


 『続きは家でしましょ、私車出すね』

 ん?さっきはお父さんが迎えでお母さんは風呂用意するって言ったじゃん??どゆこと?????

 さっぱり意味がわからないまま、とりあえず私はホームに滑り込んできた電車にさっさと乗り込んだ。まあ、本人に聞いた方が早いだろうし。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る