第7話 彼女と休日に(1)
「来人さん、デートしましょう」
ルカさんの言葉にオレは思わずお茶を吹き出すところだった。
今は昼休み、ルカさんのお手製のお弁当を堪能し満ち足りた状況でお茶を飲んでいるときだった。
幸い、和彦は友だちに誘われて学食に向かっていたため、他の人にルカさんの言葉を聞かれてはいない。
「デート、ってあの……オレと?」
「他に誰がいるんですか?」
予想外の反応だったらしくジト目でオレを睨むルカさん。
「いや、ごめん。突然だったからさ」
「そうですか? 彼女がいたら休日にデートするのは当然です」
「まあ、そうだけど」
「何か問題でも?」
別にルカさんとデートするのが嫌な訳ではない。ただ、平日はほぼ毎日朝食を作ってくれて、一緒に学校へ行き、席も隣同士で帰りも一緒となると、一日の大半はルカさんといる状態である。
それ自体はすごく楽しくて嬉しいのだけど、休みの日も一緒となると、その、何ていうか……。
「夫婦みたい、ですか?」
「うえっ!?」
何で考えていることが分かるんだ?
驚いてルカさんを見ると、顔を赤らめてモジモジしている。
「あの、来人さん、途中から口に出してました……」
「え? ああ……」
何やってんだオレ! 自分の気持ちをそのまま口にするなんて。
「でも、そう思ってくれてるのは、う、うれしいです」
「あ、はは……」
先日の不良騒動とは全く別人のような表情を見せるルカさんにオレも釣られて照れてしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
結局、ルカさんが「来人さんがいつも休日に過ごしているところに行きたい」と要望したので、普段行くところといえば図書館だったり、書店だったり、スーパーだったりと高校生カップルが行くには地味すぎるのでは、と申し出たが「問題ありません」との返事だった。
まあ、今までデートの経験もない非リア充なオレにとっては有難いことだけど、それでルカさんが喜んでくれるか不安である。
とりあえず、最初のデートでもあるし、お互いに無理をしても仕方がないと割り切ることにした。
そして土曜日。
オレは駅前にある噴水前のベンチに腰かけてルカさんを待っていた。
待ち合わせは午前10時だったけど、ルカさんのことだ、9時半には着いてるだろうと予想して9時15分にここに着くように早めに家を出たのだ。
昨日の帰り道、隣同士なのに何故駅前で待ち合わせ? というオレの疑問にルカさんから「デートは気分ですから」とよく分からない答えが返ってきたのを思い出す。
やっぱり、平日とは違う気分を味わいたいんだろうな、と思いつつ了解したのだった。
時計を見ると9時25分。
ふと自分が歩いてきた通りを眺めていると、案の定、ルカさんがやや急ぎ足でやってくるのが見えた。
その出で立ちは普段のルカさんからは想像できないものだった。
オフホワイトのブラウスにピンクのシフォンスカート、そして黒のニーソックス。その上にキャメルの薄いコートを羽織っている。
遠目から見てもすごい可愛いというか、すごく気合入ってる感が半端ない。
考えてみたら、ルカさんだって女子高生、たまには可愛い服を着ててもおかしくないし、これはこれで似合っていて本当にオレの彼女なのかって思ってしまう。
オレが立ち上がるとルカさんが気付いたようで、手を振りながら小走りで近づいてくる。
その様子を見た周囲の人たちは呆然と見つめている。
「ちょっと、あの子芸能人じゃない?」
「まさかあ? でも可愛いわね」
「この街にこんな子がいたんだ……」
「くそっ、俺もこんな彼女が欲しいぜ」
ルカさんはあちこちで交わされる会話と視線を気にすることなく、真っ直ぐにオレのところへやってきた。
「待ちました?」
「いや全然」
「早かったんですね。私の方が先に着くと思ったのに」
少し頬を膨らませて言うルカさんは、初めて見る私服姿ということもあって、いつも学校で逢っている本人とは違う世界の人に思える。
オレはスカートから覗く白い脚から慌てて視線を逸らした。
「私服もすごい似合ってるよ」
「あ、ありがとう」
自分で言っていながら顔が熱くなっていくオレ。前を見ると同じように顔を赤く染めたルカさんがスカートの裾を両手で掴んだり離したりしている。
「そ、それじゃあ行こうか」
「はい」
二人並んで歩き出すと後ろから「何であんなヤツと」「この敗北感はいったい……」と遠慮のないやっかみの言葉が聞こえてきて、自慢半分、申し訳なさ半分の複雑な感情に囚われていた。
オレたちは最初に打ち合わせたとおり、普段オレが通っている図書館に着いた。
この図書館はこの街で一番の蔵書量を誇る大規模なもので、残念ながらラノベ系はないが、ミステリ系は著名な作品からマニアが喜びそうな作品まで幅広く取り扱っている。
本が納めされた棚の間隔も広く、ベンチや木椅子がところどころに配置されていて一日中居ても飽きない快適さだ。
でも、確かにデート向きではない。
辺りを見回してもカップルらしき二人組はほとんどいないし、さっきからオレたち、正確に言えばルカさんが相当に目立っている状況だ。
「来人さんはどんな本をよく借りるんですか?」
ルカさんは、そんなオレの心配をよそにきらきらした目を向けてくる。
「うーん、例えばこんな本かな」
オレは『海外の作品』と書かれた棚から何冊か抜き出す。
「これはコナン・ドイルという作家が書いた『シャーロック・ホームズ』シリーズ。ルカはシャーロック・ホームズって知ってる?」
もしかしたらミステリには
「知ってます。たしか、『まだらの紐』とか『踊る人形』、『赤毛組合』とか、面白い短編が多いし、長編では『バスカヴィル家の犬』が有名ですよね」
「う、うん。結構詳しいね……」
「あと、これですね」
オレが抜き出した本を指さす。
「アガサ・クリスティといえば、『そして誰もいなくなった』が一番有名ですけど、個人的には『アクロイド殺人事件』とか『予告殺人』の方が好みです。それと、そうこれ! ジョン・ディクスン・カーですね。『三つの棺』もいいですけど、私は断然『ユダの窓』です」
滔々(とうとう)とした語り口にオレが固まっていると、ルカさんは、はっと我に返って、
「あ、ごめんなさい。何か私だけ話してしまって……」
「い、いや、大丈夫。ちょっと驚いただけで」
ルカさんが恐縮しているのを見つめながらオレは口を開く。
「でも嬉しいよ。オレの趣味が分かってくれて。でも本当に詳しいね、前に読んでたの?」
「え、ええ。その、お父さんが推理小説が好きで……家にもいっぱいあるんです」
「へえ、それじゃ、今度ルカの家にお邪魔して見せてもらってもいい?」
「は、はい。是非!」
ルカさんの笑顔を見ていると、ここに来るまでの杞憂はすっかり消え去っていた。
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