第6話 彼女と学校で
授業が始まるとルカさんが決まってすることがある。
それは隣の席にいるオレを観察すること。
ちょっと表現が変かもしれないが、実際に見られているオレ自身がそう感じるのだから仕方がない。
別に最初から最後までジーッと見続けられているわけではないけど、こっちが何気なく横を見ると大体オレと視線がぶつかるのだ。
そしてその都度、オレが慌てて視線を黒板に向けると同時に隣でくすくすと小さく笑うのがいつもの光景になっている。
先生の中にはそんな彼女の様子に気が付いて、いきなりルカさんに質問したりするのだけど、彼女はきちんと授業の内容を把握しているようで、その回答は常に正解である。
なので最近は先生方も授業中の彼女の態度をあまり気にしていないようだ。
昼休みになるとルカさんは当然のようにオレの机に自分の机をくっつけるように並べて一緒に弁当を食べる。
しかもその弁当は彼女のお手製だ。
ただでさえ忙しい朝に朝食を作ってくれているのに、他に弁当まで用意してしまうとは本当にすごいことだと思う。そのすごさは実際に今まで弁当を作ってきたオレだからよく分かる。
最初の頃はクラスのみんなから冷やかしの視線を向けられていたりしたが、和彦と3人で昼休みを過ごすようになってからはそれも当たり前のことと認識されるようになった。
男2人と女1人というあまりお目にかからないシチュエーションもルカさんの繰り出す話題の豊富さに時間を忘れて話が弾んでいる。
「それで来人さんはお気に入りの作家さんっていますか?」
「うーん、そうだなあ。ミステリ系だと○澤○新さんかな。この人の物○シリーズって外れがないからいいよね」
今日は小説家に関する話題だ。
元々読書が趣味のオレにとっては大好物の話題である。
「俺はどちらかって言うとラノベ系が好きだな。特にラブコメなんか」
和彦も楽しそうに会話に加わる。
見かけがちょっとチャラく見られる和彦だけど意外にも読書家であり、ルカさんに出会う前は今のようにお互いにとっておきの情報を交換してきたのだ。
「そうなんですか、面白そうですね。私もそのラノベとか西○維○さんの本を読んでみようかしら」
聞き上手なルカさんがいると話が尽きないため、あっという間に時間が経過してしまう。
気が付いたら昼休みを終了の時間となり、ルカさんは机を元に戻しながら「今度一緒に面白い本を買いに行きましょう」と囁いてきた。
オレが「うん、いいよ」と返事をするとにこっと微笑んで次の授業の準備を始めるのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
翌日、学校帰りにルカさんと書店に寄る約束をして校門近くで待ち合わせをしていると、後ろから声を掛けられた。
「お前、いつも転校生と一緒にいるヤツだな」
見ると明らかに素行のよろしくない先輩らしい二人組が近付いてきた。
確かこの二人は学校でも有名な不良である。
「何か用ですか?」
オレが答えると二人は顔を見合わせてにやりと笑う。
「お前、あの転校生と仲がいいらしいな」
どうやらこの二人はルカさんとは面識がなさそうだが、ルカさんは校内でも有名だから知っていてもおかしくはない。
オレが返事をしないでいると少し声を低くして
「おい、あの女を俺に譲ってくれねえか? お前には勿体ないぜ」
と言い出した。
譲る? 何言ってんだこいつら。ルカさんは物じゃないんだぞ。
「冗談はやめてくださいよ」
オレは呆れたような顔で返事をする。
二人組は予想外の返答に一瞬戸惑ったようだが、すぐに形相を変えて睨んできた。
「てめえ、俺たちを舐めてんのか?」
「別に舐めてなんかいませんよ。ただ、話があるなら場所を変えましょう」
ルカさんをこんな奴らに近づけさせるわけにはいかない。それに少しずつだが生徒が集まりだしてきた。とりあえず場所を変えてから、と考えていると
「来人さん、お待たせしました」
とルカさんが現れてしまった。
マズい。このままじゃ彼女に迷惑が掛かってしまう。
オレが何とかこの場を切り抜けようと焦っていると、ルカさんはオレの横に並んで彼らを眺める。
「来人さんの知り合いですか?」
この場にそぐわない口調で問いかけてくる。見たところ特に危険を感じていないようだ。
「ルカ、申し訳ないけど先に帰ってくれないか」
彼女だけは何とか無事に帰したい。そんな思いでオレが口にすると
「嫌です」
「へ!?」
嫌って……どういうこと?
「この人たちとの用事が終わればいいんですよね。でしたらさっさと終わらせましょう」
ルカさんはそう言うと不良二人組の方に顔を向ける。
「どういった用件でしょうか。手短にお願いします」
強い光を放つような視線で二人組を睨み付ける。
只ならぬ意志を感じた二人組は思わずじりじりと後ずさりしていた。
「まあ、ちょうどいい。あんた、こんな男と付き合わないで俺たちと……」
「お断りします」
即答だった。
「何だと?」
これまた予想外の反応に見るからに戸惑う不良たち。その表情から思うように事が運ばない現実に苛立ちを隠せないようだった。
「いいから、こっち来いよ!」
奴らの一人がルカさんの腕を掴もうと手を伸ばしたとき、オレは駆け出してその手を払った。
「やめろ!」
「くそっ、邪魔すんな!」
もう一人がオレに向かって拳を突き出す。生憎、オレの両手は既に最初に手を伸ばしてきた男の手を掴んだままだ。
ヤバっ、反応が遅れた!
そう思った瞬間、「うげえっ」と声を上げて男は膝から崩れ落ちた。
見るとルカさんの膝が男の懐に入っていた。
「な、何だこの女は……?」
オレが手を掴んでいた男は目の前の光景が信じられないような顔で呟いている。
多分、オレも同じような顔をしていただろう。
そのとき、玄関から数名の先生が走ってくるのが見えた。
大方、今の騒ぎを目撃した生徒が職員室に駆け込んだようだ。
「くそっ」
慌ててこの場を去る不良たち。それを追いかける先生。その姿はすぐに見えなくなった。
「お前たち、大丈夫か?」
先生の一人がオレたちのところへやって来て心配そうに声を掛ける。
「はい。問題ありません」
ルカさんは落ち着いた声で答える。
その表情からは焦りや恐怖を感じられなかった。そして涼しい顔で言葉を続けた。
「それでは私たちは帰ってもよろしいでしょうか?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
不良を蹴散らしたルカさんは、何事もなかったかのように澄ました顔で歩いている。
さっき綺麗に決まった膝蹴りがオレの見間違いでなければ、彼女は合気道か空手といった武術の心得があるようだ。
「ルカは強いんだね」
「何ですか?」
「いや、さっきの膝蹴り……」
「そ、それはもういいです!」
ルカさんを見ると顔を真っ赤にして俯いている。
「あ、あれは来人さんが危ないところだったので、つい身体が……」
本人にしてみたら考えるより先に身体が反応したってところのようだ。
でもいかに相手が油断したとはいえ、あれだけ効果的に決まるとは。
「何かごめん。男のオレがもっとしっかりしていれば……」
「そんなことはありません」
オレが申し訳なく謝ろうとすると、ルカさんはそれを遮るように言葉をかぶせてきた。
「私見てたんです。来人さんが私が来る前に場所を変えようとしているところを。私に危害が及ばないようにしてくれたんですよね?」
「えっ? う、うん……」
そうか、オレの意図に気付いてくれていたのか。
そう思うとルカさんが無性に愛おしくなった。
その気持ちを誤魔化そうと軽口をたたく。
「でも、これからオレたちが喧嘩することがあったら、オレ負けちゃうな」
「うっ……そ、そうですよ! だから変なこと言ったりしないでくださいね!」
そう言ってスタスタと先に歩き出す。
オレはルカさんのツンとした表情に『意外にツンデレもありかも』と苦笑しながら後を付いて行った。
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