第37話 機体乱舞

 レイラーは戸惑っていた。適格に捌いたはずなのに、回避し切ったのに……なのに――!


 脇を掠める蒼白の斬撃、プラズマの衝撃が複合装甲を焼く。思わず脚部エアジェットスラスターを噴かして距離を取ろうとする。だが敵はトレースするように自身の動きに付いてきて、上手く距離を取らせてはくれない。再び繰り出されるプラズマ戦斧アックスの斬撃、無骨な外見からは予想だにできない素早さをもって逆袈裟で振り上げられた。

 軌道を予測――と言うよりも予知と言っていいレベルでそれを視るレイラー、素早く適格な回避動作に入るのだが――――


『がっ――!』


 またしても予測が外れた。斬撃は彼女の装甲服アーマーの左腕上部を掠めた。熱と衝撃が伝わり、内部の彼女自身の腕にまでダメージを伝えた。


『くっ、このっ、のぉぉぉぉっ!』


 動きが読めない、悉く予測――いや、予知を外して想定外の方位より繰り出される敵の攻撃。今はまだ何とか捌いているが、それも次第に怪しくなってきた。


 ――何てことよ。機動運動性で劣るはずのハインラインに近接格闘戦で押されるとは……


 焦りを憶えていた。このままではいずれられてしまう。どうしたらいいものか? ――などと思考していたが中断、敵の様子の変化に気づいたのだ。


『!』


 姿が奇妙に揺れていた。それは次第に頻度を増していっていて、終いに輪郭が異様にブレて見え始めたのだ。


 ――これは何? 何なの?


 敵による何らかの攻撃なのか? 理解はできない、できないのだが……


『ヤバいってことは確信できるね』


 口角が大きく歪んだ。だがこれは笑みではない。寧ろ怒りの表現だ。


 ――こんなトコで死ねるか、死んでたまるか!


 メインブースターを点火、全力でブーストランに入る。同時に超高速滑空弾砲とAMライフルの一斉砲撃に入る。敵は瞬く間に砲火の集中投射に包まれるのだが――――


『ああ、やはり決まらないか』


 火球を突っ切って飛び出る人影が1つ。赤熱しているが動きに支障らしきものは見られず、何らダメージを負っていないと分かる。


『これは本当に正念場だね』


 その敵の姿が再びブレ始めた。まるで陽炎のようにも見え、存在感が揺らいでいく。その有り様は自身を理解不能の領域へと追い込んでいく死神のようなものに見えた。それでも――――


『死んでたまるかぁぁっ!』


 揺らぎが拡大した――――






 それはベルジェンニコフも同じだった。ただ彼女はその意味・・・・を理解していた。


『〈観測力〉だ、つまりこの敵は――』


 対峙する敵ハインライン兵、その両手に握られた短槍が奇妙に揺れている。槍先のプラズマによる発光がその効果を高めていた。


『ぬっ』


 いつの間にか敵の姿が消えていた。文字通りの忽然。同時にベルジェンニコフは首筋の左後ろ側に焼け付くような感触を感じた。無意識に反応、彼女は右方向へと上体を大きく仰け反らせた。その跡――上体のあった空間を蒼白の刺突が奔り抜けた。敵がプラズマランスを打ち込んできたのだ。

 ベルジェンニコフの足元で激しく粉塵が巻き起こる。すると彼女は仰け反ったままの姿勢で高速で移動を開始した。脚部エアジェットスラスターを噴射したのだ。そのまま敵の後方に回り込もうとしたが、レイラーの敵と同様にこの敵もトレースするように動き、彼女の思惑を許さなかった。ベルジェンニコフはスラスター噴射を停止し、それどころか全ての動きを止めた。敵も同様、彼女に合わせて動きを止めた。

 凡そ1、2メートルほどの近距離で凍り付いたように互いを見やる2人の強化装甲兵アーマーズ。まるで静止画の一コマ、或いは彫像のようなものか。両者共に微動だにしなくなった。


 静かだ、本当に静かだった。つき今さっきまで激しく戦い続けていたというのに、一転して訪れたこの静寂は何なのか――あまりの様相の変わりようにベルジェンニコフは些かなりとも驚きを憶える。静寂は意識の明瞭度を上げ、より深い観察を可能とする。そして思考も――――


『あいつは私に干渉できる・・・・・・・のか……』


 敵の姿がブレ始めた。ベルジェンニコフの目が険しさを増す。


『くっ、つまり私の〈観測力〉を超える? 〈波動〉が乱され、〈関数〉が収束し切れない!』


 そして敵が視界から消滅、まるでコマ落としのようなもの。同時に右脇に焼け付くような感触を感じた。それに反応するベルジェンニコフ、素早く右回りに身体を回して脚部エアジェットスラスターを噴射した。やはり彼女の身体があった空間をランスが振り抜かれた。敵がいつのまにか彼女の右後方に回り込んで来て槍を振るったのだ。ベルジェンニコフはスラスターを噴射したまま敵の後方へと回り込む。そして上体を沈み込ませて右腕を大きく突き出した。高周波を放つ超振動ブレードが敵の背中へと吸い込まれるかに見えたが――――


『!』


 消えたのだ、またしても忽然と敵の姿が消えたのだ。ブレードは空しくくうを突くのみで何の手応えもなかった。


『むぅっ!』


 背中の広範囲に焼け付く感触が走った、敵が背中を斬りつけるという予感。即座にベルジェンニコフはメインブースターを点火しブーストランに入った。だが直後に砲火に包まれた。敵が砲撃に入ったのだ。彼女は何とか回避し直撃は免れたが、無事には済まなかった。


『くっ、こっちの超高速滑空弾砲がやられた』


 砲身が破損していたのだ。敵の砲弾が掠めたのだろう、それはほんの微かなものだったが超音速で飛来した高速弾がもたらす衝撃は看過できない。結果として彼女は最大火力を失ってしまった。

 重厚な金属音が響き、足元には地響きすら伝わった。ベルジェンニコフは自らの超高速滑空弾砲を分離パージした。網膜上情報表示ウィンドウには大きく折れ曲がった砲身が映し出されている。合わせて自身の強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーの稼働状況評価が表示されていた。


 ――装甲服アーマー自体のダメージはない。ブースターユニットも良好。とは言え……


 当然ながら状況確認中も敵からは目を離していない。今は互いにゆっくりと回り込むように動いている。


『参ったね。まさか米帝にこんな敵がいるなんてね』


 知らずに苦笑いを浮かべていた。押され気味の戦況に、彼女は自嘲していたのだ。


 ――あれは紛れもなくセンシティブだ。いや、私の観測にまで干渉するとなると……


『〈クスパー〉と言えるか?』


 敵の姿がまたしてもブレ始めた。激しく揺れていて、まるで霧か何かのように散っていくかに見えた。


 ――いかん、完全に私の〈観測力〉を超えている。このままでは未来が掴めなくなる・・・・・・・・・


 敵の姿が消えるかに思えた時、その背後に1人の強化装甲兵アーマーズが現れるのが見えた。自身と同じく戦国武者のような外見のそれは味方のもの、ハサンだ。いつのまにか敵の背後に回り込んでいたのだ。ベルジェンニコフが戦っている間、タイミングを図っていたいたと見られる。


『ナセル特曹!』


 彼は右手の超振動ブレードを一気に敵へと突き立てんとした。まさに絶妙のタイミングに見え、これで決まるかに思えたのだが――――


『やめるんだ、ナセル特曹ォ!』


 ベルジェンニコフは激しい危惧を憶えた。これはダメだ、ダメなのだ――と。

 叫ぶや否や、彼女は一気にブーストランに入った。高速滑走するそれは一気に敵へと到達するはずだ。だがなかなか到達しなかった。


 全てが遅くなっていた。ゆっくりと、まるで超高速度撮影映像のように極めて緩慢に全てが動いて見えていた。その中で敵が背後に――ハサンの方へと振り向くのが見えた。緩慢な世界の中で敵の動きだけはかなり早く見えていた。


 ――くっ、これも……〈干渉〉の作用か?


 プラズマを纏った槍先がハサンに迫る。彼は全く対応できておらず、このままでは完全にやられてしまう。


 ――〈収束〉しろっ、〈収束〉しろぉっ、私の〈未来〉、〈選択〉よぉぉっ!


 鳴り響く金属音、全世界に反響するかに思えた。



『三佐!』


 ハサンは自身に突進してきたベルジェンニコフに戸惑った。ブーストランの勢いが乗っていたので激しく突き飛ばされてしまったのだ。だが、その意図は直ぐに悟ることができた。


『あいつ……』


 敵の足元の地面が大きく深く抉れているのが見えた。そこはまさについさっきまでハサンがいたところだ。


 ――あのままあそこにいたら、俺は斬り伏せられていた?


 完全に虚を突いて背後から刺突したはずだが、敵はそれを察知していたというのか? ベルジェンニコフはそれを悟って緊急避難的にぶつかって来て距離を取らせたというのか……

 ハサンは自身の前で倒れているベルジェンニコフに目を向けた。そして言葉を失った。


『あ……あなたは、それは……』


 ベルジェンニコフが少し動いた。絶命はしていないようだが、動きづらそうだ。


『逃げ……ろ……』


 絞り出すような声、それは彼女はダメージを負っている証だった。それは――――

 だが思考は止まる。ハサンはベルジェンニコフの向こうから迫る脅威を認識した。


『くっ、逃げるん……』


 振り上げられるプラズマランス、航跡でも描くように蒼白の筋がくうに描かれる。それは奇妙な清浄さをいだかせ、何故か恍惚としたものを感じさせた。  

 これが断頭? 死を受け入れたとでもいうのか……ハサンは自らの感覚が理解できなかった。

 そして蒼白の筋がベルジェンニコフに突き立てんとされる。と、その時――――


 敵が大きく飛び退いた。その跡を辿るように高速徹甲弾の着弾が立て続いた。更に、間を置かず黒い影が疾風のように通り過ぎていった。影より声が伝わる。


『三佐、ハサン、遅れた!』


 影は一直線に敵へと接近、眩い閃光が走り、両者が格闘戦に入ったのを知らせる。


玖劾クガイか!』


 玖劾は激しくブレードと拳、そして脚を駆使して敵を打ち続けている。敵は高速で連打される玖劾の打撃を捌き、回避し、反撃を割り込ませていた。玖劾も防御は疎かとせず、適格に捌き切っていた。攻防は息つく暇なく続く。

 だが――――


 遠くの方で大きな爆発音が轟いた、同時に足元を揺らす地震のようなもの。すると敵が一気に飛び退き、重機関砲による連射を始めた。玖劾も大きく飛び退き応射に入ろうとしたが、動きは止まった。


『何だアイツ、逃げるのか?』


 敵が後退していたのだ。ブーストランに入っていて、既にかなり距離を稼いでいる。そして東側から別の敵の反応が現れた。直ぐに玖劾とハサンは反応するが、後退していた敵が肩の砲(自衛軍に於ける超高速滑空弾砲に相当する)を発砲、2人は更なる後退を余儀なくされた。


『あれは別の敵? そうか、生存者がもう1人いたな』


 その敵は後退していた敵と合流、そのまま中央ドームの物資搬入口へと消えて行った。


『ちっ、逃げられたか』


 ハサンは歯噛みする。


『今の爆発音は東壁X線レーザー砲台のところだな。どうやら破壊に成功したらしい』


 玖劾の呟き、果たして直ぐにモランから通信が入った。


『やったぞ! ついにやったわ……』


 声にはあまり力が入っていない。かなり消耗していると思われる。

 玖劾が呟く。


『もう1人の敵は東壁砲塔を守ろうとしていた奴だ。レイラーと戦っていたはずだが、どうやら諦めたらしいな』


 だから急遽こっちに来たものと思われる。


『レイラー? そうだレイラーはどうした?』


 ハサンは思い出して彼女を呼び出そうとするが、直前で彼女から通信が入った。


『無事よ、何とか生きてる』


 やはり声に力がない。消耗しているのは確実だ。かなり苦戦したのだろう、同時に入ってきたバイタル情報にも多々乱れが見られ、身体各所にダメージを負っていることが確認できた。


『どうやら君と戦った敵もかなりの使い手だったらしいね』


 ベルジェンニコフの言葉。


『ええ、もうホント。悉く手が読まれちゃって。あれってテレパスか何かかよって言いたくなるほどのものだったよ』

『テレパスというか、時制を先取るんだがね』

『え? それって?』


 レイラーの声には戸惑いが現れていた。


『後で説明する。ともかく急いで合流してくれ。モランくんもいいね!』


 了――と2人の声が同時に。


『そ、そうだ! 三佐、あなたは……それ、大丈夫なんですか?』


 今さら思い出したようにハサンは叫んだ。


『急に大声出さないでくれないか。音量調整が追い付かないこともあるので耳が痛くなるんだよ』


 はい、すみません――と言いかけるハサンだったが、彼の懸念はそれどころじゃなかった。


『いや三佐、あなたのそれ……左腕どころか左半身のかなり深いところまで斬り取られてしまっているじゃないですか!』


 言葉通りだった。ベルジェンニコフの左半身は、脇の部分から肩の中間辺りまで完全に欠落してしまっているのだ。ハサンを庇う際に受けた斬撃の跡だ。


『敵の攻撃を捌き切れなかったんだ。全く情けないね、ハハ……』


 自嘲気味に笑っているが、それどころじゃないのは確実だった。腕だけじゃない、左半身のかなりの部分を喪失しているのだ。これは肺など重要臓器にも重篤な損傷が生じている証になる。なのに、ベルジェンニコフは平然と立っていて、普通に喋りさえしている。


『おいっ、何だそれ?』

『ええーっ、ウッソでしょぉー?』


 素っ頓狂な声が飛び込んで来た。モランとレイラーだ。2人が到着したらしい。


『敵にやられたんですか? しかし、これって……』

『ちょっとどうなってんだ? アンタ……何平気な顔してんだよぉ? おかしいだろーが?』


 モランの言い方はとても上官に対するものとは言えない。だがそれほどに彼も動揺していたのだ。


『〈メカニクス〉……そうなのですね、三佐?』


 玖劾のその言葉に全員が反応した。皆の視線はベルジェンニコフに集中する。彼女は些かはにかんだような笑みを見せ、応えた。


『そうだよ。〈フルメカニクス〉と呼ばれる完全サイボーグ体、それが私の身体ボディなんだ。黙っていて済まないね。一応機密扱いなんで部下とはいえ簡単には明かせなかったんだ』


 斬り取られた断面は綺麗なものだった。敵の斬撃の鋭さを伺わせる。その内部に、本来あるはずの人体が見られない、有機組織が殆どないのだ。内部奥深くまで電子機械構造が詰め込まれていた。

 ヴラン・ベルジェンニコフ――彼女の全身は脳核を除いて全てが機械化された完全機械体だったのである。 

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