第33話 鏖戦、果てしなく

 数分前、分隊が降下完了したのとほぼ同時刻。六ヶ所再処理工場外、北西。陸上自衛軍・機動装甲戦車大隊陣地、その総合指揮車輌――――

 壁一面に並べられた多数のモニター群の前で彼は唸っていた。


「これは……!」


 陸自三等陸将・石塚イシヅカ特殊機械化師団長である、今回の作戦に於いて六ヶ所再処理工場攻略に当たる戦車大隊の指揮をしている。

 彼は絶句してしまった。モニターの1つ、そこに映っていた光景が信じられなかったのだ。それは指揮車輌のある大隊陣地の北西約7キロの地点を上空から映し出したもの、モニター右下に第6自走砲部隊との表示がある、大隊所属の砲兵隊陣地だ。作戦区域上空を周回監視しているサーチビーズの1機が捉えたものだ。

 そこに整列していたはずの自走砲群が悉く爆炎に覆われているのが映されている。それが石塚から言葉を失ってしまったのだ。

 茫然と見つめるだけだったが、やがて画面の中で何か小さな人影らしきものが高速で移動しているのに気づいた、爆炎の中を縫うように駆け抜けるものがあった。蒼白の光輝の尾を曳くそれが、強化装甲兵アーマーズが行うブーストランだということを、軍関係者たる彼には容易に理解できた。

 ズームアップ画像が併せて表示された。空豆を思わせる上体を持った姿は、アメリカ帝国陸軍・主力強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマー・ハインラインなのは明白だった。ハインライン部隊は総勢10ほどだが、その火力は半端なく次から次へと自走砲や各種装備を破壊し続けている。警備隊が応戦しているが、相手にならないらしい。蜘蛛の子でも散らすように簡単に薙ぎ払われている。


「ハインラインだと? 何だ、あいつら? どこから湧いて出た?」


 オペレーターの1人が即座に応えた。既に分析作業に入っていたらしい。


「自走砲部隊陣地の北側にある森林に潜んでいて、そこからいきなり飛び出して来たようです。タイミングは降下部隊の降下完了時とほぼ同時です」


 オペレーターの顔は苦渋に満ちている。自走砲部隊が既に壊滅状態にさせられているのが分かったからだ。


「バカな! 作戦地域周辺は、作戦開始前に10キロ四方に渡って確認済みだったろう? ハインラインは施設から一度たりとも出てきていないはずだ!」

「はい、サーチビーズだけでなく地上からも精密観測機や偵察隊を出して隈なく捜索しました。結果は全て問題なし、伏兵などの存在は皆無と出ていました」

「だったら――?」


 だが敵は現れた、捜索済みの森林の中から。石塚は盛んに思考を走らせた。

 ――作戦開始前の状況はどうだったか? 捜索記録を思い出す。敵の動き、ハインライン部隊が外に出てきていたのかという情報の有無、何もなかったのはオペレーターの言葉の通り。施設外に出ていたものは少数の偵察隊以外には皆無。偵察隊はフレーム装備の歩兵にすぎず、ハインラインではなかった。これは明確に確認されたことであり、記録もある。

 では、これは――――?

 他所から移動してきたのか? 施設内から出てきたのではなく、どこか他の場所から? だがそんな動きがあれば、この作戦地域に接近した時点でより広域をカバーするサーチビーズのいずれかが探知したはずだ。地域上空を周回するサーチビーズは30に及ぶ。その目は文字通り蟻の子一匹逃さず捉えることが可能だ。だが何も捉えていなかった。施設外には敵の何者も――作戦開始時には偵察隊さえも――いなかったと確認されている。だが敵は現れた。見逃したとでも言うのか?


「作戦開始前から森林に潜んでいたと考えられます」

「だからそれはどうやって? サーチビーズや地上の捜索隊は何も捉えなかったのだろ?」

「はい、そうです。ですから、これは……」


 オペレーターは何故か言葉を濁した。何らかの考えが浮かんだようだが、どこか言いにくそうにしている。


「何だ、言いたいことがあればはっきりと言え!」


 石塚は言葉を荒げた、感情が表に出ている。オペレーターはビクリと身体を震わせるが、直ぐに姿勢を改めた。そして口を開いた。


「これは推測ですが、そんなものをここで述べるのは問題かもしれませんが……」

「構わん、言え!」


 オペレーターはゴクリと喉を上下させた。そして言葉を続ける。


「――光学ステルスだろうと思われます。米帝は粉塵環境でも効果が出る撮像迷彩機能を付加させたより高度な光学領域を含めた熱電磁輻射透過技術を完成させています。これを使用したのではないかと思われます」


 何だと――と、石塚は思った。

 スーパーホットプルームのこの時代、日常的に火山灰などの粉塵の舞う屋外では、ほぼ意味のないと言われる光学ステルス。移動に際してどうしても処理の遅延が起きて輪郭部にチラつきが集中して返って目立ってしまうという弱点がある。いやジッとしていても降り注ぐ火山灰の中ではチラつきが現れる。使わない方がいいとすら言われるくらいだ。それをカバーするために開発されたのが撮像迷彩技術だが、それでも完璧には程遠いのではなかったか?

 だが確かに敵は潜んでいた。決して自軍の捜索ミスなどではなかったと、石塚は確信している。


「米帝のステルス技術はそれほどのものということか……!」

「三将、これはあくまでも推測なので……」

「いや、君の推測は恐らく正しい……」


 言葉を切り、石塚はそのままモニターを凝視した。そこには、今や完全に壊滅状態に陥った自走砲部隊の姿が映っていた。ハインライン部隊はこの後、陣地中央、或いは前衛の戦車隊に向けて移動を開始、自衛軍の戦力を削ぎにかかるだろう。


「どうしますか? これではもう降下部隊の支援が……いや、大隊全体が……」


 そんなことは分かっている。映像を観ただけでも十分だ。石塚は眉間に皺を寄せ、唇を噛む。そのさまを見た連絡将校は思わず後退った。まるで悪鬼のような形相になっていたのだ。そのままの貌で彼はゆっくりと口を開いた。


「仕方がない。“彼ら”に出撃てもらうしかない」


 オペレーターの目は大きく見開かれた。明らかに動揺している。


「彼ら、というと……まさか? あれは虎の子中の虎の子のはず。できれば使わないようにと、統幕からも念を押されていたはずですが……戦車隊ではダメなのですか?」

「何を言っている。機動装甲戦車など強化装甲兵アーマーズの敵ではないことは子供でも分かることだ。それに現在戦車隊は前衛に出て施設外に出てきた敵戦車隊と交戦状態に入っている。こうなっては“彼ら”にやってもらうしかない、他に戦力があるか! それに連れてきただけで使わないなんて、有り得んわ!」


 別のモニターにはその状況が映っている。激しく砲火を交える戦車隊の様子だ。この一部でも後衛の支援に回す余裕などありそうもないように見えた。

 石塚は暫く無言でモニターを見つめるだけだったが、やがて口を開き――――


「第1分隊に繋げろ。もう電磁擾乱は収まっているから繋がるはずだ」


 オペレーターに命じた。





『何ですって? 外にもハインライン部隊が現れたというのですか?』


 石塚から伝えられた事実にベルジェンニコフは驚いた。ハインライン部隊は今眼前に対峙している10人だけではなく、まだ他にもいたということになる。


『当然と言えば、当然じゃねぇか。敵だってバカじゃねぇ、自衛軍こっちが近々大規模作戦を開始することぐらい予想ついていたはずだ。撤退する気がないなら戦力増強しとくのは当たり前ってモンだ。ハインラインなら、そりゃ少数でも戦力倍増ってモンだわいっ!』


 モランが口を挟んで来たが、その言いようは投げやりなものになっていた。


『――きしょうめ! だから支援砲撃がなかったってのか! いよいよってか!』


 押し寄せるフレーム兵を薙ぎ払い、移動を続けようとする彼らだが。行く手に炸裂する爆発が壁となり思い通りにいかない。ハインライン部隊は遠間に位置するだけで決して近寄らず、砲撃に専念している。ゆっくりと、しかし確実に追い詰める戦術を取っているのだ。時折バタッと攻撃の手を止めることもあるが――その意図は不明だが――これがまた精神にクルものがある。心理的効果を狙っているとも推測でき、確かにそんな効果はある。


『米帝め、まどろっこしいやり方しやがって……火力頼みで一気に押し切ろうとしてくるかと思っていたが……イラつかせてくれるぜ』


 モランの言葉は皆の思うところでもあった。真綿で首を締めるような、ゆっくりと追い詰めていくやり方は、凡そ大雑把で力押しの大好きなアメリカらしからぬところがあると思えた。だが大雑把などという見方は当たらない。曲がりなりにも3世紀に渡って世界最強の軍事大国の地位にあり続けた大国なのだ。現在は東西に分裂しているとはいえ、その実力は世界屈指を維持している。繊細・精妙な側面なしでは成し遂げられないもの。その事実を、彼らはこの時思い知らされることになったのだ。


『確かに、これでは――』


 ハサンの言葉には絶望の色すら滲んでいた。すると石塚が突如大声を上げてきた。


『いや、まだ諦めるな! それでも皇国の益荒男マスラオか!』


 彼の言葉は叱咤激励のつもりだったのだろうが、しかし何の力にもならないかに思えた。益荒男などという言葉から、彼らは精神論を並べたてるつもりかと思い、そんなものを信じない彼らには意味がないのだ。


『三将、そうは言いますが……』


 ベルジェンニコフは言いにくそうだ。指揮をする立場にある以上、迂闊な弱気は見せられない。だが無意味な精神論など聞きたくないのだ。


『手はある、精神論などではないぞ。いいか、よく聞け、ヴラン!』


 石塚はベルジェンニコフのファーストネームを口にした。プライベートでも滅多になく、まして作戦中では皆無だった呼び方をここでしたことに、ベルジェンニコフは驚いた。彼女の動揺を他所に、石塚は言葉を続けた。


『スサノオ部隊を出撃した! 彼らならばハインライン部隊を撃退できるはずだ!』


 ベルジェンニコフは暫し言葉を失った。有り得ない言葉を耳にしたからだ。


『待って下さい。彼らは首都圏防衛の任務に就いているのでは? 今次作戦には参加しないという話だったはず』


 〈スサノオ部隊〉とは、自衛軍が新規導入した2足歩行型機動装甲戦車・〈戦闘甲殻コンバットシェル〉により編成された部隊だ。実質は大型の強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーと言える存在だ。今回の青森要塞・六ヶ所再処理工場攻略戦には投入されないことになっていた。

 だが――――


『そうだ、だが俺の一存で急遽参加させた。統幕の許可も下りている!』


 何と、そうだったのか! だがそうなると首都圏防衛に穴が開きはしないか? 色々と部隊編成を変えていく必要が生じたはずだが――などとベルジェンニコフは思考したが中断、今、自分が考えることではないと理解したからだ。


『では彼らが外のハインライン部隊に対処するんですね』

『ウム、既に戦闘状況に突入している』


 同時に網膜上情報表示ウィンドウに状況が映し出された、サーチビーズからの中継映像になる。僅かにどよめきの声が分隊員の間で流れた。

 黒鉄くろがねの巨人が砂塵を巻き上げて駆ける姿が映し出されたのだ。その迫力は映像で見ただけでも十分に伝わる。ハインラインが無力な小人にさえ見えてきた。すると、石塚とは別の声が聞こえてきた。


『三佐、もう少しだけ頑張って下さい! 直ぐに我々が駆けつけますから!』

『そうです! 私たちがあなたを必ず支援します!』


 それはベルジェンニコフの部下だった者たちの声、現在のスサノオ部隊指揮官・柾士郎マサキシロウ一尉と部隊員・禱美樹イノリミキ三尉のものだった。2人の声を聞いてベルジェンニコフは些かなりとも胸に熱いものが込み上げて来るのを感じた。


『お前たち――』


 初陣だろう、無理をするな――色んな言葉が浮かんだが口にすることはできなかった。代わりに頷くだけだった。

 スサノオ部隊との通信はここで終了。再び石塚との回線が繋がる。


『三佐、状況が厳しいのは理解している。だが何とか堪えてくれ。可能な限り早く援護に向かわせる。何としても持ちこたえてくれ!』


 ベルジェンニコフは目を閉じ、深呼吸した。一呼吸置いて、返事をする。


『了、我々は我々の任務をこなします!』

『よしっ、また会おう! 約束だからな!』


 通信終了、後には奇妙な静寂が残された。


『頑張れっつーてもな、結局これ・・は俺らだけで何とかするしかねーんだよな!』


 モランが吐き捨てるように言う。その目は自分たちを取り囲むフレーム兵とその向こうのハインライン部隊に向けられていた。現在彼らは攻撃の手を止め、様子を窺っているように見える。


『くそっ、ネチネチといやらしい……』


 彼にとってはスサノオ部隊は大して救いになっていないのだ。何故ならば今も自分たちが追い詰められている状況なのは変わらず、突破するのはどうにも難しいのが分かっているからだ。


『だが何とかするしかない。持ちこたえさえすればいい』


 ベルジェンニコフはハサンの方を見る。何かと彼は見返した。


『特曹、〈シールドアンブレラ〉を私のそれと連結させろ』


 そう言うや、ベルジェンニコフの背嚢バックパック左側より傘のようなものが出てきた。それは一気に開き全身を覆うほどの大きさに拡がった。


『これを肩にセット、私のものと接続させるのだ』

『シールドリンクですか、しかし我々2人だけでは大きな効果は望めませんが?』


 これはAMライフル砲弾など貫通力の高い徹甲弾等にもある程度は対処できる超硬装甲盾だ。複数の強化装甲兵アーマーズのシールドを重ねることにより防御力を高めることができる。だが限界はあり、攻撃を一点に集中され続ければいずれは破壊されてしまう。それでも複数人を代わりつつ使いまわせば長持ちはする。ハサンが言いたいのは4人総がかりでリンクさせればいいのではないか、ということだ。


『いや、防御に徹するのではない』

『――と、言うと?』

『私と君が真っ向からハインライン部隊に突撃する。当然攻撃が集中するからシールドを重ねて防御する。我々の背後に張り付くようにモランくんとクロッカーくんが付いてくる。フレーム兵群を突破したら、私と君は全武装を開放してハインライン部隊に攻撃を集中するのだ。その瞬間、モランくんたちは離脱。包囲網を突破して東壁砲塔に向かってくれ』


 いやいや――と、モランが首を振った。


『そんなの自爆覚悟の特攻みたいなものじゃねぇか! 突撃する間にハインラインの連中も全力攻撃するだろうし、肩の砲(自衛軍で言うところの超高速滑空弾砲に相当する)でも撃たれれば、リンクさせたシールドでも直撃すりゃさすがにもたねぇぞ。そりゃアンタらのことだ、簡単に喰らいはせんだろうし、何とか回避できるだろうが、いかんせん敵は10人だ。一斉攻撃喰らえばアウトだろ』


 それだけではない。後続のモランとクロッカーも狙われる可能性もあり、そうでなくとも大量のフレーム兵を薙ぎ払っていかなくてはならない。彼らもそれなりの武装はしており、決して侮れない。容易に突破できやしないのだ。


『だが、それでもやるしかない。今はこの手しかない。それとも、他にいいのがあるのか?』


 ベルジェンニコフの声はいつになく低くなっていて、凄みすらあった。それでモランは何も言えなくなってしまった。彼は苦笑いを浮かべ――――


『へっ、仕方ねぇ。ここでああだこうだと言ってても、どうせ詰みだしな。イチかバチかで賭けに出るのも悪かねーか』

『いや、必ずしもギャンブルにはならないかもしれない』


 何で――という顔をするモラン。その時だった、離れたところで大きな爆発音が聞こえた。そして通信が入ってきた。


『こちら玖劾クガイ、西壁砲塔の破壊に成功した。こっちについてきたフレーム兵もかなり始末できている。まだいるが、突破は可能。そちらの状況は分かっている、支援に向かう!』


 そうか、玖劾とレイラー――奴らがいたか! モランたちの顔には少し明るさが戻ってきた。


『よかった。玖劾くん、君たちは無事なんだね』


 ベルジェンニコフの声は本当に安堵したものになっていた。


『はい、こっちにはハインライン部隊は出て来なかったので何とかなりました』


 それでもフレーム兵の数は相当なものだったはず。決して楽なものではなかったと予想される。だが玖劾はそんなことはおくびにも出さなかった。ベルジェンニコフは頷き――――


『よし、それでは後で』


 通信終了。

 続いてベルジェンニコフは左肩のシールドを振った、ハサンにサインを送ったのだ。応じて彼も自身のシールドを展開させて彼女のものと連結させた。モランとクロッカーは素早く2人の背後についたが、軸線は少しズラす。


『総員、運動制御ソフトを連動! 一丸となって突っ込むぞ! メインブースター、点火! 後続の者は噴射炎を浴びないように位置に気をつけろ。但し、ギリギリで!』


 そして彼らは突進を開始。それは細長い蒼白の槍が地上を疾駆するかに見えるものだった。 

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