第34話 際涯の彼方

 ハインライン部隊は戸惑っていた。その巨躯は、成る程尋常ならざる威圧感を与える。だが世界最強を自負する自分らを圧倒するには及ばない。何も怖れることなどない、落ち着いて対処すれば難なく処理できるものだ。そのはずだ、誰もが思った。

 なのに――――

 フォーメーションを決め、連携を密に取る。AMライフルを主軸に各種ロケット砲とミサイルランチャーの照準を敵に合わせる。照準固定ターゲット・インサート、ロックオン。視覚の中央に捉えた巨人の群れに向け、速やかに砲火を浴びせる。巨人は“大きい”。彼ら同様ブーストラン機動が可能で、確かに素早く動くことはできる。だがその“大きさ”が弱点であることには変わらない。自分たちの装備とスキルならば、容易に撃破できるはずだ。誰もが思った、誰1人疑いもしなかった。

 なのに――――

 集中する砲火は、しかし虚しく空を切るだけの結果に終わった。そこに在るはずの敵の姿がなく、ただ土煙のみが巻き上がるという結果に終わったのだ。

 回避したのか? だが一瞬にして消えるとはどういうことなのか? それほどの高速機動が可能なのか? 何が起きたのか誰も理解できず、彼らの思考は凍結した。それが隙を生んだ。

 直後、背後と左右より迫る衝撃を感知、膨大な熱量と圧力が自身を襲った。巨人たちが彼らに襲い掛かったのだ。いつの間にか、彼らの周りを取り囲むように展開し、一気に突撃してきたのだ。

 巨人たちはハインライン部隊の只中に突入、フォーメーションを崩すや、一斉に襲い掛かった。それはまさに暴力、原始的な力の行使そのものだった。銃砲などは一切使わず、ただ殴りつけ、蹴り上げ、踏みつけるだけだったのだ。スマートさなど欠片も見られない野蛮極まる手段だが、完全に連携を断たれたハインライン部隊には有効だった。彼らは全く対処できなかった。1人2人と、次々と“潰されて”いき、戦闘はほんの数分で終了した。

 佇む10の巨人、それは陸上自衛軍の戦闘甲殻コンバットシェル・スサノオ部隊。そのさまは紛れもなく力のつかさそのものと言えた。彼らの足元には原形も定かでない鋼の兵士の骸が転がっていたが、彼我の戦力差に絶体的な差があったことを窺わせる。


『状況、終了。敵部隊の殲滅を確認』


 マサキ一尉の声が静かに流れた。


『これより前衛に移動、戦車大隊の支援に向かいます』


 すると石塚イシヅカ三将から応答があった、網膜上情報表示ウィンドウに彼の顔が映る。


『大隊の支援は後でいい。お前たちは直ちに工場内の降下部隊の支援攻撃にかかれ』


 柾はいぶかしむ顔を見せる。


『いいのですか? 大隊は苦戦しているようですが……』

『苦戦というほどではない。撃退はできていないが、押されているわけではない』


 石塚は1つ息継ぎをして言葉を続ける。


『お前たちの任務の最優先項目は降下部隊の支援だ。望みでもあるだろう』


 柾は頷き――――


『ではお言葉に甘えて。支援攻撃の終了後、直ぐに大隊の支援に向うこととします。それでは――』


 通信終了。柾は直ぐに隊内回線を開いて指示を出す。


『これより六ヶ所再処理工場内の友軍に対する支援攻撃を開始する。総員、対地精密誘導弾・〈アメノマカコユミ〉をセット!』


 スサノオ各機は直ちに姿勢を転換、全機が一様に東方へ向けて静止した。


『脚部ロックアンカー展開、姿勢固定!』


 両脚、前後を覆っていたプレートが開放され、脚の前後の地面に固定される。これはスサノオの体勢を固定するものだ。続いて支援サポートAIが攻撃準備状況を報告する。


〈環境計測――温度、湿度、風力・風向、磁場、重力傾斜、問題なし。各種環境数値を射撃管制機構に入力〉


 柾の脳内にその数値が流れてきた。


『攻撃目標、六ヶ所再処理工場内、敵勢力』


 網膜上情報表示ウィンドウに無数の輝点が現れた。青と赤の2色に分けられている。赤の方が圧倒的に多く、動き回っている。青を呑み込みそうな勢いだ。青が友軍・降下分隊を意味し、赤が敵だ。


『マーカーは問題なく機能している。電磁擾乱の影響はなし、敵によるECMなどもなし』


 彼の口角が大きく歪んだ、歯を食い縛っている。


『少し入り乱れているが、敵味方の識別に問題はないな。誤爆の恐れも少ない』


 すると女の声が届いてきた、ややハスキーな声色をしている。


『一尉、いきますか!』


 声には些か興奮の色が見られた。 


はやるなイノリ三尉、その前に三佐に連絡だ』






 盾を掠る砲弾は途切れがなく、その度に重い衝撃が肩から全身に打ち付けられる。

 大勢のフレーム兵の間を駆け抜ける分隊の4人、ブースターの噴射炎を曳き、うねるような奔り抜けるさまは、蒼い大蛇がのたうち回って人の群れを薙ぎ払っているかにも見える。だがその“大蛇”は紅い焔の刃を幾度も喰らい、動きを阻まれる。

 留まらない砲弾の炸裂、次々と吹き飛ばされていくフレーム兵の数々。手足を千切られ、無残な肉塊と化して散っていくさまが続く。4人が打ち倒されることは今のところないが、煽りを喰った敵が犠牲となっている。周りに群がっているためだ。ハインライン部隊はフレーム兵を退避させはせず、諸共に砲撃しているのだ。


『くそっ、難民など人間じゃねぇってか!』


 仲間のはずのフレーム兵がいるのに、何の躊躇もなく砲撃を繰り返すハインライン部隊に、モランは怒りを禁じ得なかった。


『奴らも皇国の天上人と同じか! 差別が当たり前の空気になっている選民どもなんだな!』


 前方至近に着弾、たちどころに拡大する爆炎に彼らは突っ込んでしまった、だが――――


『いやっ、これはチャンスだ! モランくん、クロッカーくん、直ちに離脱! 東壁砲塔に向かえ!』


 高速でブーストランする彼らは即座に爆炎を抜ける。直後に二手に分かれた。ベルジェンニコフとハサンはそのまま前進、ハインライン部隊に迫る。後続のモランとクロッカーは右へと転身し、大きく離れていった。ハインライン部隊はその動きを察知し、彼らも二手に分かれようとしたが――――


『させないよ! 特曹、シールドリンク、解除!』


 ベルジェンニコフとハサンの2人を連結していた大型の傘型盾が外され、それぞれの背嚢バックパックに収納された。そして2人は更にブーストランの出力を上げ、ハインライン部隊に肉薄する。


全武装オールウエポンズ、一斉開放!』


 ベルジェンニコフのコマンド、直後彼女とハサンの装甲服アーマーが閃光に包まれた。脚部ロケット砲、サブアームが持つアサルトライフル、右手のAMライフル、左手の重機関砲、そして両肩の超高速滑空弾砲とミサイルランチャーが一斉に火を噴いたためである。

 ハインライン部隊は瞬く間に砲火に包まれていく。立て続く爆発の連鎖は一気に彼らを殲滅させるのかと思わせもする。だが、そんなものは夢にも期待しないのがベルジェンニコフたちだ。


『転進、奴らの背後に――』


 しかしベルジェンニコフの言葉は阻まれた。爆炎の中から貫くように敵の1人が飛び出てきて、2人の間を駆け抜けた。ベルジェンニコフたちは回避すべく後退した。


『くっ――』


 そして2人目、3人目と出てきて彼らを取り囲む。


『しまった、分断された!』


 後退の際、ベルジェンニコフとハサンは大きく離れてしまったのだ。その隙を突くように敵は彼らを取り囲んだのだ。よって分断は成立。2人は大きく離されてしまっている。

 ベルジェンニコフは敵を凝視、自分を囲むのは3人、ハサンに対しても3人と確認した。では残り4人は――?


『むぅっ、モランくんたちに向かっている!』


 離れたところをブーストランする彼らを確認した。その後を猛追するハインライン部隊の3人が見えた。


『3人? 1人足りないが……』


 答えは直ぐに分かった。取り囲む敵の向こうに倒れて動かないハインラインの1人が見えたのだ。


 ――全武装オールウエポンズ開放で倒せたのは1人だけなのか。全く大したものだ。


 飽和攻撃的に繰り出されたベルジェンニコフとハサンの攻撃を、敵は回避・防御し切ったのだろう。倒せたのは1人だけという結果、流石は世界一の装甲性能を持つと言われるハインラインだと関心した。


『――と、関心している場合じゃない。ナセル特曹!』


 ベルジェンニコフはハサンに呼びかける。直ぐに彼の顔が網膜上情報表示ウィンドウに映った。


『取り囲んできた以上、敵も迂闊に銃撃してくるとは思えない』


 ハサンは無言のままで頷いた。


『ここからは近接戦、格闘戦になる!』


 それは単なる予測ではない。敵の大半が銃砲を収めて近接兵装を出すのが見えたからだ。


『槍、或いは斧といったところか』


 手に持つ武器のこと。全て切っ先が妙に蒼く光っている。


『あれはプラズマブレードになりますか?』


 ハサンが問いかけてきた。


『まぁ、ランスとかアックスと呼ぶべきだが……プラズマを刃の上に磁場で固定させて破壊力を上げたものだろう』

『掠るだけでもヤバそうですね』


 そう言うハサンの口角は奇妙に歪んでいた。まるで楽しんでいるようにも見える。それはベルジェンニコフも同じだった。だが少しも楽しんでいないのは自覚できた。


 ――危機に及んだ時に笑っているように見えるのは錯覚。それは極限に踏み込む際に現れる変性意識の先がけだ。


 ベルジェンニコフは強く意識する、ここが正念場だ――と。


『機動運動性は我々の勝家カツイエの方が勝るはず。近接格闘戦となれば必ずしも遅れは取らない。いいかナセル特曹、決して諦めるんじゃないぞ!』


 ハサンは頷いた。そこには力強さが見られる。


『モランたちは……今の我々ではどうにもなりませんか』

『今は――だ。速やかに切り抜けて、支援に向かうぞ!』


 ――特曹は諦めてはいない、決して絶望していない。そして私も――――


 右手籠手より超振動ブレードを展開、高周波の響きが辺り一面に拡がる。ベルジェンニコフはゆっくりとサウスポースタイルで半身はんみに構えて腰を落とした。そして目と耳、全身の感覚と強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーのセンサー群とのリンクレベルを上げていく。周辺環境の状況がよりつぶさに感知できるようになった。僅かな空気の流れ、それこそ空気分子1つの動きさえも感じられるかに思えた。

 そのまま静止、時間すら停止したかと思えるような静寂が訪れた。だがそれは刹那の間、一瞬にして破られた。


『三佐、そのまま動かないで下さい! 今より精密誘導弾による支援攻撃を開始します!』


 柾の叫びが聞こえるや否や、周りの敵全てが一斉に爆炎に包まれた。衝撃は彼女にも届き、飛ばされそうになった――――

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