第27話 迫りくる影

 闇夜に浮かぶ黒い艦船が7つ、整然と隊列を築き、どこかへと進んでいる。月明かりなど全くない新月の夜であり、加えて厚い雲に覆われるこの時、それら艦船の姿を視認するのは困難だった。時折波濤が上がり、それが僅かに海上を進む何かの存在を認識させるに過ぎない。

 汎アメリカ連邦海軍太平洋方面艦隊・第7空母打撃群所属の艦船群である。

 その旗艦、機動戦艦〈セイバーヘーゲン〉のSMC(CICを発展させたもの)には2人の男だけがいた。彼らの周りには大小様々なサイズの球形スクリーンが浮遊している、これらは明らかにホログラムスクリーンだ。スクリーンの幾つかには眩く瞬く閃光の数々が映し出されている。2人のうちの1人、金髪碧眼の男が口を開いた。


「凄いな。これは衛星軌道上からの動画でしょう? 厚い雲に覆われているのに、閃光が確認できる。ここまではっきりと映るものなのですか、クマラトゥンガ大佐?」


 もう1人の男、褐色の肌をした50代前半の黒髪の男が応える。クマラトゥンガという名で階級は海軍大佐になる。


「我が国衛星の撮像技術の高さもあるが、それだけ皇国のミサイル攻撃が凄まじいというわけだ。秒間に数十発と撃ち込んでいて、それを間隔を置いて繰り返している。爆発力もかなりのものだ。中にはサーモバリック弾も撃ち込まれているようで、爆発時の閃光は宇宙からでも明確に捉えられるほどのものだな」


 ふぅっ――と、金髪碧眼の男は息を吐いた。彼は大仰に両手を拡げて感嘆の言葉を吐く。


「素晴らしきかな皇国のミサイル技術。だがそれ以上に驚異なのが六ヶ所村と青森側の対空防衛能力ですね!」


 クマラトゥンガが微かに笑みを浮かべた。


「フェルミ中佐――いや、昨日付けで大佐に昇格していたか――こうなることは皆予測していただろう? 特にあなたは皇国以上に把握していたはず」


 クマラトゥンガは笑みを拡大させた。そこにはどこか探るような色が垣間見えている。金髪碧眼の男――フェルミはそのことに気づいていたのか否か、そこには触れず淡々と応えた。


「本国の情報機関が把握している以上のことは分かりませんよ」

「フムフム。まぁ、そういうことにしておこうかな」


 2人の会話は明らかに探り合うものだった。クマラトゥンガが言葉を続ける。


「しかしまぁ、確かに青森と六ヶ所村の対空迎撃能力は凄いな。皇国が投入する弾道弾は大半がプルアップ機動などの変則軌道弾だし、中には極超音速ミサイルでプルアップ機動するものまである。これをほぼ完璧に撃ち落しているからな。X線レーザーや電磁投射砲レイルガンを使用しているとは言え、ほんの数秒で到達するミサイルが雨あられと降り注ぐ中で、よくも対応できるものだ。大したものだ」


 フェルミが頷く。


「確実にFMM(融合機械化有人機動フュージョナリーマンドマニューバー)制御ですね。元々あれらの施設の防衛機構は全てFMM対応でしたし、〈北〉もそれを利用しているというわけですよ」

「しかしな、皇国は自国の兵器や基地などを鹵獲・占拠される場合を想定してシステムクラッシュする自壊ソフトを組み込んでおかなかったのかね? ああやって利用されたらシャレにならないだろう? 現代では大抵の国の軍ではそうしているものだぞ」

「対応はしていたと思いますよ。詳細は不明ですが、占拠された時、自壊させる間もなくシステムを押さえられたのかもしれませんし、或いは自壊できたとしても〈北〉の技術者によって復旧されたのかもしれません」

「復旧か、そんな簡単にできるものなのか? 資格のないものが迂闊にアクセスすると、それこそ粉微塵にシステムクラッシュさせるソフトもあると聞く。中には無資格接続者の使用電脳に攻撃を仕掛ける反応性防壁もあるらしいじゃないか。皇国ならその辺は全て装備しているだろう。その辺りは全部クリアしたというのか?」


 フェルミは少しの間応えなかった。彼の目は1つのスクリーンに注がれている。それは青森や六ヶ所村を映した衛星画像ではなかった。南西の海上を映したもので、艦隊周辺上空を周回する無人早期警戒機からのものだった。何故そんなものに注目しているのか、クマラトゥンガは少し怪訝な顔になる。理由を問おうと口を開きかけたが、この時フェルミが話し始めた。


「〈北〉には皇国からの亡命者が大勢いますからね。中にはかなり高レベルの技術者もいるらしいです。皇国の軍事電脳ネットワークに詳しい者もいるでしょう」

「成る程、今回の占拠部隊の中にもそんな技術者がいたというわけか。でもそれは防衛システムを復旧させただけだろう?」


 フェルミはその通りだと応え、言葉を続けた。


「ええ、FMMは人間によって動かされるもの、システム性能の最終決定は接続制御者コネクターにあります。つまりあの迎撃は、対空防衛システムに接続している制御者の能力によるものと言えます」


 フェルミの目は青森と六ヶ所村を映した衛星画像のスクリーンに移った。今もそこには絶え間なく閃光が瞬き続けている。その花火は地上に開いた大輪の花と言った風情を醸し出している。宇宙から見たそれは美麗にすら映るのだが、真実は殺し合いの輝き。とても美麗とは言えないはずだが、それでもやはり美しいと感じてしまうものがある。


「両施設の接続制御者コネクターはセンシティブレベルにある能力者の可能性があります」


 クマラトゥンガの顔から笑みが消えた。彼はこれ以上はないというくらい真剣な眼差しをフェルミに向ける。


「君の一番の関心はそこにあるのだな、フェルミ大佐? 〈北〉にも能力者がいるというのだな?」


 フェルミ目を閉じ、仰向いた。どこか沈思しているように見える。


「それは何とも言えませんね。果たして〈北〉の者なのか、それとも……?」

「ん、何を言っている? 現実はあれだが?」


 クマラトゥンガは閃光の画像を映したスクリーンを指差す。同時に表示される観測データの詳細はほぼ全てのミサイルが迎撃されているという事実を知らせる。フェルミをそれに目を向けるが、静かな笑みを浮かべるだけで何も言わなかった。クマラトゥンガは尚も問おうと口を開きかけるが、その時警報音アラートが鳴り響いた。


〈早期警戒機より入電、南西約50キロの海中より接近する影あり〉


 管制AIからの報告、警報の詳細を映したスクリーンが出現した。空母打撃群周辺より展開させていた早期警戒機からの情報。海中に複数投下したパッシブ型ソノブイが海中を移動する音源を探知したのだ。警戒機のAIはその分析結果を送ってきた。


「うむ、潜水艦隊だな。成る程、海中から来たのか。空は空自の戦術迎撃部隊に抑えられているし、海上は我々と海自の打撃群がいる。海中が一番やりやすいとの判断か。君はこの可能性を考えていたのだな?」


 フェルミが南西方向を映したスクリーンに注目していたことを指す。

 クマラトゥンガは、しかしそれ以上は問おうとはせず、スクリーンに手を入れた。何らかの操作を始めるようだ。それに従い表示内容が変化、より詳細なデータが映し出された。


「〈キャンベル級攻撃型原潜〉か。米帝の装備だな、直接出てきたのか。どうやら連中、本気で皇国との戦争を始めるつもりらしい。我々汎米との衝突も辞さずというわけだな」


 涙滴型形状の艦体が映し出される、これが〈キャンベル級攻撃型原潜〉と呼ばれるものだ。同時に性能諸元も表示された。これは核攻撃さえも可能な攻撃型原子力潜水艦になる。


「それはどうでしょうね。凶悪な性能でありますが、これは旧式。数は少ないとは言え海外に売却した例もありますし、発表はないですが〈北日本〉に供与した艦なのかもしれません」

「つまり〈北〉の兵員が操艦しているのか? となると、訓練期間が必要になるし、結構以前に供与されていたことになるな。連邦の情報部はその辺把握していたのか?」


 フェルミは首を振る。


「いえ、私もその辺は聞いていません」

「となると……20世紀中頃に起きた朝鮮戦争のパターンか?」


 フェルミは頷く。


「恐らくは。潜水艦隊は〈北〉海軍の所属ということになっているのでしょう。だが操艦しているのは恐らく大半が米帝の兵士」

「フム、決して表には出るつもりはないというわけか。となると航空兵力や両施設を強襲した部隊も米帝兵が参加していた可能性があるな」

「でしょうね。近年急速に国力を高めていたとは言え、やはり〈北〉の軍事力は皇国とは比較になりません。なのに現時点で、両施設に対する占拠は――限定的な奇襲攻撃だから成功したのでしょう――良策とは言えない。それを敢えて行ったと言うことは……」


 フェルミは言葉を切るが、クマラトゥンガが直ぐに後を継いだ。


「米帝の実質参戦の確約が得られていたから――ということか」

「まぁ当然ですか。我々汎米は以前から皇国と同盟関係にありましたし、今はこうして堂々と攻略作戦に参加しています。米帝も〈北〉と安保条約締約を発表していますし、参加するのに何の障害もないでしょう」

「しかし連中、今のところはっきりと参戦表明はしていないぞ。別に隠す必要もないと思うがな」

「色々と考えるところがあるのでしょう。今後のこととか……」


 クマラトゥンガは眉を上げる。


「今後?」

「そう、今後――です」


 フェルミは謎めいた笑みを浮かべるだけだった。


〈潜水艦隊群より魚雷発射管注水音、同時にピンガーを探知〉


 その報告は2人の意識を目前の状況に引き戻した。


「のんびりと会話しとる場合じゃないな」

「そうですね」


 クマラトゥンガは両頬をピシャリと叩き、指令コマンドを発する。


「打撃群全艦、対潜水艦戦用意! 3番艦〈スコルジー〉、4番艦〈パーネル〉、対潜水艦弾〈ハイパーアスロック〉、発射用意!」


 打撃群全7艦のうち最後尾を進む2艦に動きが現れた。艦尾のVLS(垂直発射システム)が起動、ミサイル発射セルが開放された。


「戦術データリンク、リアルタイムで並列化。対象データを入力」


 割り込むようにして管制AIの報告。


〈発射音探知、連続して13の航跡を確認〉


 敵が魚雷を発射したのだ。対応してクマラトゥンガが指示を出す。


「2番艦〈スコット・ガード〉、5番艦〈ハリスン〉、魚雷迎撃弾〈エンダー〉投射! そのうち1弾は〈ノイズメイカー〉タイプにしろ!」


 艦隊最右翼と最左翼に位置していた2艦より迎撃用魚雷が撃ち出された。それらは海中に突入するや即座に方向転換、南西方向に向けて猛然と進撃を始めた。


「本艦〈セイバーヘーゲン〉はこれより〈北〉本国に対する対地投射攻撃を開始する! 〈ハイパートマホーク〉、発射準備!」


 少し息を継いで、クマラトゥンガは指示を続けた。


「6番艦〈モーガン〉、7番艦〈チェリィ〉、直掩防衛機を出撃させろ!」


 この2艦は空母、但しそれ自身も戦闘能力のある戦闘空母だ。スクリーンの1つに中央を進む2艦から多数の航空機が出撃する光景が映し出された。それらの動きは滑らかで無駄というものが見られない。

 管制AIは矢継ぎ早に繰り出される指令を滞りなく処理していたのだ。電脳ネットワークを通して有機的に連結された空母打撃群は1つの生物のように機能し、個々の艦はそれぞれの役割をこなし、艦隊全体を機能させている。


「壮観なものです。流石は我が汎アメリカ連邦海軍。皇国とはまた違った練度ですね」


 クマラトゥンガは少し自嘲的な笑みを浮かべた。


「殆どがAIによる自動制御になるけどね。皇国や米帝に比べてFMM技術に関しては些か遅れを取っているせいでこうなっている」

「でもお陰で我が国の人工知能技術は世界屈指のものになっているじゃありませんか。〈知性化体シンギュラリアン〉の複数開発にも成功していますし」

「シンギュラリアンか……あれは自我を持つからな、いまいち信用はできんのだが……」


 クマラトゥンガの言葉は途切れた。管制AIからの報告が入ったからだ。


〈魚雷群、接触します!〉


 1つのスクリーンに巨大な水柱が上がる光景が映し出された、南西22キロとの表示が出ている。同時に敵艦隊の艦影が消失した。


「撃沈? いや、今のは魚雷の迎撃に成功したものですね?」

「〈ノイズメイカー〉も炸裂している、これが艦隊の姿までも消してしまっている。これは乱雑な音響を海中に放つもので、まともに聞くと耳元で雷鳴が轟くように聞こえるものだ。単純な魚雷破壊音以上の効果が出るので、音響探査不能時間はかなりのものになる。敵もこっちの正確な位置が当分把握できなくなる。これで敵の2次攻撃までの時間稼ぎになる」

「しかしそうなると、こっちにも探知できないのでは?」


 クマラトゥンガは指を立てて、微笑んだ。実に楽しそうで、どこか子供っぽく見える笑みだった。


「ここからが頭の使いどころ。直前の互いの位置、ベクトル等の各種データから未来位置と次に取るだろう策を予測するんだよ。ここからが海戦、対潜水艦戦の醍醐味になるな」


 成る程――フェルミは納得した。

 どうもクマラトゥンガは楽しんでいるものと見える。心底船乗りであり、海での戦闘を楽しむ戦闘狂のようなところがあるらしい。


 ――こういう人だったのか。まぁ、そうでなくてはやっていけないだろうな……


 僅かだがフェルミの顔には憂鬱げな影が差していた。





 汎米空母打撃群より北西12キロの太平洋上、皇国海上自衛軍・第1水上打撃群が進んでいる。


『一佐、汎米空母打撃群が潜水艦隊との戦闘に突入したようです』


 SMC内空間各所に浮遊するスクリーン群、汎米海軍のそれと似ている。それらに包まれるようにして赤毛の大男が立っている。


「むぅ? 帯広や札幌への攻撃はどうなった、牧瀬マキセ二尉?」


 1つのスクリーンに少女の顔が映し出された。


『第1次攻撃は遂行されたみたいで、続く第2、第3次の攻撃準備も進められています。潜水艦隊との戦闘と平行して進めているようです』


 大男――ウィンダム一佐は感心した顔になった。


「海中と地上の両方を同時処理か。海中の方は米帝の潜水艦隊だろう? 容易な相手ではないと思うが、よくやるな」

『米帝が直接出てきたのかは不明ですが、入手した情報からすると旧式の潜水艦隊らしいです。対して空母打撃群は最新の完全自律型AI制御艦、FMMへの対応も可能とのことですし、何とかなるのでは?』

「海の狼を侮ってはいかんぞ、牧瀬。対潜水艦戦ってのは厄介な代物だからな、神経すり減らすもんだぞ」


 ウィンダムは一度言葉を切って更に続けた。


「牧瀬二尉、こっちは大丈夫だな? 空と海上は確認済みだが、海中はどうだ?」

『大丈夫です。我が第1に接近するものはネズミ一匹見当たりません』


 ネズミ一匹とという言い方を聞いてウィンダムは可笑しくなった。


『何笑ってんです?』

「いやネズミってのがね。お前、ネズミという動物を見たことあるのか? 今の時代、氷河期のせいもあるが、公衆衛生の行き届いた海自では滅多にお目にかかれるものではないぞ?」


 牧瀬は眉を顰めて溜息をついた。


「言い回しですよ。昔から受け継がれているじゃないですか。実際見ようが見まいが、こういう場面で使うもんじゃないですか?」


 明らかにムッとした顔をして応えた。


「悪い悪い、ちょっと気になったものでね」


 そうですか――機嫌は悪いままの牧瀬。だがいつまでもこんなやり取りを続けるわけにはいかない。ウィンダムは気持ちを入れ替えた。


「よしっ、そろそろ地対地ミサイル攻撃が一段落つくな。いよいよ俺たちの出番だぞ!」

『はいっ!』


 応える牧瀬の目はどことなく光を放っているように見えた。彼女も気持ちを入れ替えたのだろう。

 スクリーンが表示内容を目まぐるしく変化させ始めた。対地ミサイル攻撃の準備に入ったのだ。中央の一際大きなスクリーンに六ヶ所再処理工場が映し出される、無人観測機スポッターからのレーザー通信によって得られた可視映像だ。そこでは今、幾つもの閃光が瞬いているが、その数は目に見えて少なくなってきている。観測データによると着弾数は数発に留まり施設の中核――強化装甲防殻ドームは無傷とのことだ。大半はX線レーザーで撃ち落され。直撃したものは皆無なのだろう。


「全く、千発近くは叩き込まれたはずなのに、悉く撃ち落すとはな。皇国の対空防衛技術の凄さを確認させてくれるが、それを奪取して使いこなしてしまう敵の技術や能力も大したものだ」

『だからこそ放ってはおけない。そうですね、一佐?』


 ウィンダムは頷く。


「その通りだ、やるぞハルカ!」


 タイムスケジュールはセカンドステージに移行、これより3つの水上打撃群による六ヶ所再処理工場と青森要塞への対地ミサイル攻撃が開始される。

 ウィンダムは頭上を仰ぎ見た。その先にはSMCの天井しか映らない。だがその視線は遥か上空の、成層圏にまで向けられていた。


 ――ヴラン……お前のためにも、出来得る限りのことをするぞ!

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