第21話 耀星、吼える

 やたらと眉の太い角ばった顔立ちの男が画面にアップされた、年齢は50歳前後か。豊かな顎髭が力強さを表現している。ところが男は何も語ろうとはしなかった。そればかりか目を閉じ、沈黙を続けてしまう。そのまま時間だけが過ぎていく。


「何だ? 演説でも始めるのではなかったのか?」


 内閣安全保障局、会議室。ちょっとした体育館ほどの広さの室内に今、20人の人々が集まっている。国防、外務、内務、総務、経済産業、そして内閣府などの中核省庁の閣僚と各省庁の行政官僚と書記官、そして自衛軍関係者などで構成されている。内閣安全保障会議のメンバーだ。

 円形テーブルの間に巨大な球形ホログラムスクリーンが展開しており、その中に眉の太い男の顔が映し出されていた。映像の右下には〈日本民主主義人民共和国〉政府広報との表示がある。ライブ配信とのこと。この配信発表の報を受け、安保会議が緊急招集され、ここで観ているわけだ。それはこれから語られるであろう内容の重要性を彼らが理解している証拠になる。


阿弖流爲アテルイ――〈北の耀星〉とも称される男、随分と勿体ぶるじゃないか」


 白髪の男の言葉、笑みを浮かべている。自衛軍統合幕僚会議議長の職にある陸将、つまり軍のトップだ。


「演出なのでしょう。タメをつければ、印象は強まりますからね」


 統幕議長の左隣に座っていた背広姿の男が口を開いた。恐らくは事務官の1人、国防総省の官僚だろう。


「何事も――」


 事務官は言葉を続けようとしたが、それは阻まれた。映像の男――阿弖流爲アテルイという名らしい――が話し始めたからだ。


『全ての日本人民、及び全世界市民に訴える!』


 話す――というよりも叫ぶような感じだった。カッと見開かれた目は、眉の効果もあってか燃え上がるような光彩をいだき、強烈な気合のようなもすら放っていた。


『今般、我ら〈共和国〉軍は皇国が密かに六ヶ所村で続けていた恐るべき陰謀を暴くのに成功した』


 画面が切り替わった。工場内と思われる風景が映し出された。その中に多数の円錐形の物体が見られた。骨格の太いラックの中に整然と並べられ、厳重に固定されているのが分かる。物体の基部には放射能標識を意味するハザードシンボルが刻印されている。


『知識がなくとも、これらが何なのかはだいたい分かるだろう』


 ここで一度言葉を切る。阿弖流爲は再び目を閉じ、深呼吸をした。


「フン、本当に勿体ぶるのが好きな男ですね」


 国防総省事務官は皮肉めいた笑みを浮かべた。

 映像が拡大された。円錐形物体の1つが大きく映し出される。映像はそのままで阿弖流爲の言葉が被せられた。


『核弾頭である! 主にキロトン級核弾頭が100基確認された!』


 映像が再び切り替わった。今度は製造ラインと思われる場所が映し出された。このラインは現在停止中なのだろう、中央に巨大な水槽があり、多数の燃料棒が中に収められているのが分かる。抜き取り用のアームが不自然な位置で止まっていた。恐らく稼働中に突然停止したものと思われる。水槽の外に取り出されたままの燃料棒は見られない。

 取り出された核燃料は素早く密閉ケースに収められ、次工程に送られ、核弾頭へと加工される、とのテロップが流された。


『前身の日本国時代末期よりこの国の核兵器開発は疑われおり、核燃料サイクル施設であったこの六ヶ所再処理工場で密かに続けられていると言われていた。その噂が事実と確認されたのだ!』


 人の姿も見られる。奇妙にカーブしたシルエットの外観をした装甲服の姿――一種の強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマーと思われる――の兵士たちが動いている。


「あれは米帝の主力強化外骨格装甲服エグゾスケルトンアーマー・〈ハインライン〉ですね。もう協力関係を隠すつもりはないというわけですか」


 国防総省事務官の言葉、統幕議長が頷く。

 装甲兵アーマーズたちは何かの作業をしている。工場内の調査を行う〈共和国〉軍兵士だ。


「或いは米帝の兵士? さすがにそこまではないか?」

 

 事務官の呟きは続いていたが、ここで別の人物が発言した。事務官の更に左隣に座っていた者だ。


「あれは……製造記録の分析をしているのでしょうね」


 眼鏡をかけたかなり痩せた女の発言、左胸の表示されている身分証に国防総省・国防高等研究計画局局長であると記されている。


「分析か。あそこで何をやっていたのか、探っているのだな」


 統幕議長はスクリーンを見たまま、局長に訊いた。


「そうですラインの制御装置に探査針ブローヴを差し込んでいるのが分かります。生産管理AIにハッキングをかけて情報を取り出しているところなのでしょう」


 別の男が口を開いた。内務大臣の肩書が表示されている。国内の治安維持を担う組織のトップというわけだ。


「ハッキング? 工場が占拠された時に自動的にデータはクラッシュ、消去デリートされたのだろう? セキュリティ面から敵対勢力の手に渡りそうな時はそうする決まりになっているはずだが、情報を取り出すなど不可能だろう」


 局長は眼鏡に手をかけ、頷く。


「その通り。特に六ヶ所再処理工場は核関連施設なので厳重なセキュリティ対策が取られており、読み取りは不可能。だがそれでも、あれは何とか復元・再生しようとしていると思われます。普通は何をやっても無駄なのですが……」


 言葉の最後は濁すような感じになっている。それが内務大臣は気になり、尚も問おうと口を開きかけるのだが、結局何も言うことはなかった。暫く沈黙していた阿弖流爲が再び話し始めたからだ。


『専門家の分析によると弾頭の大半は放射線強化型――いわゆる中性子弾であるとのことだ』


 工場ラインの映像に阿弖流爲の姿が重ねて映し出された。彼は大仰に手を振って話を――いや、演説を続ける。


『最も汚い核兵器と言われる中性子弾を100基も製造するなど、皇国の体質が伺い知れるというものだ!』


 そして背景の映像が切り替わる。それは皇国内で繰り返される対テロ戦の映像だった。だが阿弖流爲は別の表現をする。


『現在に至って繰り返され、決して留まることのない人民同胞に対する抑圧と虐殺。邪悪なる全体主義者ファシストどもの蛮行はエスカレートするばかりだ! 成る程この悪魔どもが中性子弾を手にしようとするのは相応しいと言えよう』


 映像は更に先日配信されたばかりの乗鞍近傍の陥没孔底の村での虐殺映像に切り替わった。阿弖流爲の演説は続く。


『皇国に人道はなく、慈悲などない。彼の悪魔どもに人間性を期待するのは愚かである。奴らは全てを奪い、殺し、焼き尽くさずにはいられないのだ! その極致が中性子弾になる!』


 炎を上げ、飛翔するミサイルの映像が映し出された。地上発射式の中距離弾頭弾と思われる。続いて核爆発の映像。メンバーの大半は顔を歪め、1人が忌々し気に呟いた。


「ちっ、あんなのは編集だろう」


 過去のどこかの核実験映像を重ねて流したものだ。これは自衛軍のものではないのは明白だった。


「だがまぁ、反皇国感情を持つ者には効くものではあるな」


 統幕議長は、しかし涼やかな顔をしていた。


『今、皇国は核武装を本格化させ、遂には我が共和国にも牙を剥こうとしている! この映像がその証拠になるのは理解できよう』


 映像は工場ラインのものに戻された。


『そしてこれは、日本だけの問題には留まらないのは明白。皇国の野望はいずれ世界に向けられよう。核の脅威が世界に、全地球レベルに及ぼされるのは必定だ!』


 地球の映像が映し出された、宇宙から見たものだ。漆黒の世界に蒼く輝くそれは成る程宝石の如きものに映る、だが――――

 次々と打ち上げられる核ミサイル、そして炸裂する核爆発――焼き尽くされ、灰燼と化していく都市の数々が映し出された。そして地球の映像に戻る。だがそれは赤く爛れたものに変貌していた。CGで制作されたものに過ぎないが、それまでの虐殺映像の印象が残っているのでインパクトがある。

 阿弖流爲の言葉が重ねられる。


『放置すればいずれ世界はこうなるのだ。彼の者どもは真の悪魔、留まるはずはないと断言する!』


 阿弖流爲の顔がアップで映し出された。


『それを許してはならない! 悪魔どもに日本を――世界を渡してはならぬのだ! 故に我が共和国は立ち上がることとした! 全体主義者ファシストどもの陰謀を暴き、その野望を挫かんと決意したのだ!』


 阿弖流爲の左側から別の人物が現れた。恰幅の良いスキンヘッドの男だ。60代くらいに見える白色人種コーカソイドの男。その彼を見て会議メンバーの間にどよめきが走った。


「あれは……グスタフ・パウェル!」


 阿弖流爲とスキンヘッドの男は握手をし、互いの肩を叩き合った。そして阿弖流爲が言葉を続ける。


『本日、我が〈日本民主主義人民共和国〉と〈アメリカ合衆国連邦〉との間で安全保障同盟条約が締結されたことを発表する。条約は即時発効。規定に基づき、我が共和国と合衆国は共同して極東地域の防衛に当たることとする!』


 どよめきは収まらず寧ろ拡大するばかり。会議メンバーは口々に発言を始めた。


「グスタフ・パウェル、米帝国防総省長官か。米帝軍のトップが直接顔を出すとは……」

「ここに来て同盟発表とはな。今さら感バリバリだが正式発表となると、いよいよ本気でやる気になったということだな」

「〈北〉は以前から発表したかっただろうが、米帝の方は表に出たくはなかったのじゃないか?」

「いや、汎米のこともあるし、皇国との対立姿勢は以前から明白だったろう? そして乗鞍の一件だ。裏で暗躍なんて続けるつもりもなくなったんじゃないか? 表に出るタイミングだと判断したのかもしれん」

「うぅむ、しかしだな、〈北〉は共産主義国家だろう? それもかなり原理主義的な。それが極右とも言える共和党右派の流れを汲む現在のアメリカ帝国(アメリカ合衆国連邦の国際的な呼び名、正式名ではない)と手を組むなんてな。中華連邦辺りなら信じられるのだがな」

「中華は今は皇国に野心を持っていない。東シナ海での対立はあるが、それも少しだけ。あそこの関心はインドシナ方面に集中している」

「だからって米帝とはな。同じアメリカとは言っても、汎アメリカ連邦の方がまだ可能性はあるがな。あそこは民主党左派の流れを汲む進歩派リベラルを標榜しているし」

「その通りだが汎米は皇国と同盟関係を結んでいる。これは〈北〉に対する圧力になったはずだが、それが返って今回の状況を生み出したとも言えるな」


 議論は喧々諤々の様相を呈し始めていたが、統幕議長が締めるような発言を行った。


「いずれにせよ、〈青森要塞〉から六ヶ所再処理工場と事態は立て続いた。この同盟が本物であることは証明されている。実質的には1ヶ月以上も前から機能していたのだがな。いや水面下では1年以上も前から進んでいたのだろう」


 議長は対面する位置に座る1人の女に目を向けた。まだ20代に見える黒髪ストレートロングの女だ。議長は彼女に話しかけた。


アカツキ総理、もはや一刻の猶予もありませんぞ」


 女は頷き、小ぶりな口を開く。彼女が現日本皇国総理大臣になるらしい。外見は若いが、総理という要職にあることからして、外見通りの年齢ではないのだと思われる。


「米帝との直接衝突の可能性も出てきたということですね」


 議長はその通りだと応え、言葉を続けた。


「皇国内での反政府勢力に対する米帝による武器等装備品供与は日常化しており、関係悪化は日を追って激しくなっていました。そして遂に最大の反政府勢力・〈日本民主主義人民共和国〉との同盟が正式発表。皇国の置かれた現状は今世紀最大の危機と言えます。東西分裂したとは言え、未だ世界最強の軍事大国と相対さねばならず、予断を許さぬと言わざるを得ないでしょう」


 総理は溜息をつく。


「やはり汎米と手を結んだのが間違いだったのでしょうか……」


 すると外務大臣が発言した。


「総理、それは違います。氷河期の影響を強く受けた現在の北米大陸にある以上、米帝は国外に活路を見出すしかないのです。太平洋地域を手中に収めている汎米と対抗する意志も強く、我が国に対する野心はかねてよりあからさまでした」


 皇国の諸政策に対する批判は数十年来ずっと繰り返されて来ており、それは皇国内の反政府勢力や北日本よりも激しいくらいだった。非人道的極まりない間引き政策を直ちにやめよ、我々は常に日本人民の救済に就く用意がある――などと声明を発表したこともある。


「あんなものは上っ面の宣伝文句。ある意味皇国以上の排外政策を採る米帝に言う資格はありません。しかしそれを平然と言い放つのがあの国の伝統、前世紀までの合衆国の遺伝子を継いでいると言えましょう」


 外務大臣の発言は終わったが、統幕議長が後を続けた。


「米帝は同様に氷河期で壊滅的な状態の欧州には興味を持っていません。また乾燥化・砂漠化が酷いアフリカ地域も利益が少ないと考え、大して進出していない。南米地域は希望が持てますが、汎米に抑えられてしまっているので難しい。ユーラシア南部は今や核大国と化したインド連邦が機能しており、手が出しにくい。中華が進出したインドシナ半島もやはり難しく、オセアニア地域はインドと同盟を結んだオーストラリアが覇権を維持している。残るは極東アジア太平洋地域ということです」


 会議室は沈黙に包まれた。いや、沈黙とは言えない、スクリーン内の阿弖流爲の演説は続いているからだ。


「その極東アジアも一筋縄ではいかぬと思うのですが……米帝は一番与しやすいと考えたのでしょうね」


 総理は憂鬱そうだ。議長が労わるように話しかける。


「〈北〉が同盟に応じたのが大きいのでしょうね。これで極東に確固たる進出拠点ができたのですから。既に青森も堕とされてしまい、彼らは勢いづいています」


 総理はスクリーンの阿弖流爲に目を向ける。


「〈日本民主主義人民共和国〉ですか。ただの反政府勢力の1つに過ぎなかった〈北日本〉がこうも勢力を拡大するとは、この阿弖流爲と名乗る現北日本大統領が醸し出すカリスマ性の成せる業なのですかね」


 眼差しは虚ろで深い疲労感が滲んでいる。


「阿弖流爲というのは彼の本名ではなかったですね。確か古代日本東北地方の英雄の名で、そこから採ったとか……本名は何でしたか?」


 総理の呟きに議長が応える。


「本名は不明です。情報は秘されています。あの名を冠したのは叛逆の英雄を演出する意図があったからでしょう。阿弖流爲は古代大和朝廷に抵抗していましたから」


 ふうっ……と流れる総理の溜息。


「それにしてもこんなことになるとは。ここまで勢力拡大する前に何とかできなかったものか……」


 首を振る総理、議長が話す。


「北海道を拠点としていたが故の油断もあります。北の最果てであり、氷河期とスーパーホットプルームの影響でとても人の住めた地域ではなくなっていましたからね。まさかそんな地域に曲がりなりにも国家と呼べるほどの勢力が成立するなど、予想だにしませんでした」


 ですが――と言葉を続けかけたが途中でやめた議長。目は伏せてどこか自嘲気味に見えた。しかし直ぐに立て直す。


「いずれにせよ、断固たる対抗は必須。一刻も早く青森要塞と六ヶ所再処理工場の奪還を果たさなければなりません。このままでは東北地方が夷狄に支配されてしまうことになります。それはやがて皇国全体の危機を招きかねないでしょう」


 だからこそ、今すぐ動かなければならない。

 皆はスクリーンに映される阿弖流爲を見つめた。中には激しい感情を込めた目を向ける者もいる。


 戦うしかない――全面戦争の予感が皆の胸中をぎるのだった。

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