第2話 時計王の墓 後編

 …空気が悪い。あからさまに敵意を剥き出し、今にも喰らいつこうとする。

  半ばビースト化したティアをなだめる。そんなティアとは対照的にニコニコ

  笑顔のアリスは、まるで問題ないとばかりに、こう言った。

  「ボクの力の副作用の所為もあるです。

    というか、タクトお兄ちゃんは平気ですね?」

  「そりゃま、信用はしていないが、利害一致での同行だからな。

    信用さておき、とても頼りにしているよ」

  「そ、そう言われると…教えないわけにもいかないです」

 やはり歳相応なのだろうか、嘘をつく力は持っていても、根はいい子なのだろう。

  ともあれ、アリスから得た情報。先ずは悪い知らせ。

   ・出口が無い。

   ・あと二時間もすれば、鉄砲水の如く砂が押し寄せてくる。

 ありもしない出口を探しているうちに、鉄砲水ならぬ鉄砲砂で奈落の底。

  これで一体幾人の冒険者が命を落としたのかと思うとゾッとする。

  人間、どうしても安全を確保したくなるもんで…、

  それを考えるとティアのとろうとした行動は正解だったのか。

 次に良い知らせ。

  ・出口は無いが、入り口ならある。

  ・其処を踏破すれば、出口があるかもしれない。

 あくまで出口を探させて奈落の底に

  流してしまう大洞穴自体がトラップなわけだ。で、次へと続く入り口。

 恐らくはここからが本番なのだろう、気を引き締めていかねば。

 

 アリスの案内で砂の滝の右側を壁伝いに歩く。暗くて判り難いが、

  大きく口を開けた奈落、その壁に一人ぐらいが通れる出っ張りが続いていた。

  余程注意をして見ないと、先ず気付かないだろう、それを進む。

 時折噴きあがってくる冷たい風が、股間を冷やす。ぶるる…。

  慎重に進むと、掲げた松明からの明かりが、

  そこに横穴がある事を教えてくれた。

 全員が横穴に入り、安堵の息を漏らす。

  「取り合えずは、入り口到達。かな」

  「です。ここから罠だらけで…」

  「そういうのを待ってましたよオジサンは!」

  「頼りにしてますです」

 などと、アリスと会話していると、後ろで不貞腐れたティアはそっぽを

  向いている。こりゃご機嫌直るまで時間がかかりそうだ。

 と、気を取り直して松明を掲げ、周囲を確認する。

  壁は岩が崩れたように荒い。滑らかではない、鉄砲砂の可能性は低い。

  足元、部分で突起物はある。一応、踏まないように注意を呼びかけ、

  天上にも気を配りながら進むと、二手に分かれた道に着いた。

 ここで周囲を見回す。

  …ん? 壁に文字が刻まれているが…共通語では無いようで読めない。

  「イリル・ク・ララ・ブ。 今は使われてないテニシア文字。

     意味は『求める、と、戻る』だね」

 思わぬ所からの発言に、俺どころかアリスまで振り向いて読めるのか!?と。

  気分を激しく害したのか、顔がまるで警戒した河豚である。

  「ま、まぁ解読ありがとうってか。古代語的なソレか? 

    そんなもの理解出来るってすげぇな、何者だよ」

  「ですです。これ学者さんでも何ヶ月も必要だと思われです」

  「様々な文献とかと照らし合わせる必要もありだしな。

    それを含めて素直にスゲェと思うわ俺は」

 あ、河豚が警戒しなくなった。わりと…ちょろい?

  「つーかなんでそんな古代語知ってんだ?」

  「しーらーなーいー」

 ぷんむくれ状態は継続中のようだ。まぁ、ティアも冒険者目指して勉学に

  励んでいた時期があったのだろう…だのになぜ脳筋に。

 ともあれ情報を得た。


   求める  戻る


…単純に直訳すると『戻れ』だよな。命が惜しくば引き返せ的な。

 進むしか道が無い…いや、それも怪しいが。

一通りの可能性を考えてみようか。


先ずは進むべき道は三つ。

 一、右へ 二、左へ 三、戻る

だな。次に、何を求める? 当初の目的は時計王の宝…。

   で、戻る。ここから戻るという線もあるが…。

 「成程」

 「何かわかりましたです?」

 「ん?あぁ、ティアが解読してくれたお陰で答えは判った…。

   だが、それが正しい答えなのかは行くまで判らない」

と、アリスに言い、二人を分かれ道に残し、予備の松明を点けて、

 右手の通路へと慎重に進む。 壁・天井・足元、僅かな違和感も

 見逃さず、慌てずゆっくりと…左手の所から出てきた。

 「…」

 「お帰りなさいです。繋がってたですね」

額に右手を当てて無駄に神経使ったと、溜息を吐いた瞬間、足元から

 僅かな振動。慌ててその場所から退くと、更に地下へと続く階段が

 現れた。

 「成程な、正解は逆時計回りだったわけか」

 「不正解だったら…どうなったでしょう?」

 「やってみる?」

 「死にたくないですよー…」

不正解だとどうなるか、確かに気になるが取り合えず突破。

 俺達は現れた階段を降りていく。

然し、長い。周囲に気を配りながらもあるが、かなり深い所まで

 降りた筈だ。そろそろ…お、次の場所が見えてきた―――

 「…すげぇ」

 「お宝の山! です」

…小部屋に財宝?

 露骨過ぎる罠だなーと思いつつアリスを見ると、同じく怪しいとしか

 思えない、そう頷いたが…若干一名喰いついた。

 「おったからー!」

 「いやちょおまっ! それ絶対罠ぁぁぁぁアッーーーーーーっ!!」

 「やっちゃったです」

今、正に入ってきた入り口がガコンと閉まり…小部屋の密室で閉まると言う事は。

 「はい!きました! 天 井 とらーーっぷ!」

 「何故楽しそうなのですタクトお兄ちゃん…」

 「あっ…アタシの所為じゃないからね!?」

誰がどう見てもお前の責任だ。全く、さてお約束過ぎるこれ。

 となれば解除する何かもあって欲しい! 慌てて周囲を見回すと

 こじんまりとした部屋だが、中央部に台座があり、台座の上に円盤がある。

 「読めない! ティア!こいつはなんだ!?」

 「テニシア文字で1から12!また時計だよ時計!!」

 「他には!?」

 「無いよ!!」

ヒントが無さ過ぎる! 然し見落としているだけかも知れない。

 改めて周囲を見ますが、ゴゴゴゴ…と止まる気配も無く天井がゴリゴリと

 壁を削りつつ降りてくる。考える余裕を与えないつもりか! …それだ!!

 「ティア! 数字は順に並んでるか!?」

 「バラバラ!ってなるほど!」

慌ててティアが数字順に並び終えると…止まる気配無し!

 「なんでー!?」

 「逆は!?」

逆も試したがダメなようだ。既に天井が俺の頭に届くぐらいに降りてきて、

 中腰になって必死で…焦る! 焦りたくないが焦る!!

 「うー…あ! 1と5!これだけテニシア後期の文字だから逆だーっ!」

 「はやくしろーっっ!!」

台座があと少しで押し潰される直前に止ま―――落下。

 「なんだこの急展開ーーーっ!!!!」

 「正解の筈なんだけどーっ!?」

 「不正解ではないですかーっ!?」

と、不意をつかれ、三人仲良く落下したものの、割と低かったらしく、ぼふふんっと

 砂の山に埋もれる程度で済んだ。勿論、ここでアンラッキースケベを回避すべく、

 先に砂の山に着地した瞬間、後方に転がり移動した俺は素晴らしい。

 「げほっ…一応、正解だったみたいね」

 「あんな状況で数字の僅かな誤訳を見抜くって…凄いです」

 「おー…本当にティア様様だなこりゃ。大した精神力だ」

実際、窮地に追いやられれば集中力・観察力などは著しく低下するもんだが…。

 本当に凄いと思えた。が、褒めてもぷんむくれ状態はいまだ治らず。

で、ちゃっかり懐に宝石類を大量に手に入れてる所がなんとも…。

 「あの状況で、お前という奴は…」

 「折角あるんだしー? 盗らなきゃ損でしょ?」

 「精神力・観察力・行動力。どれをとっても凄いです」

なのになんで脳筋なんだ? と、言いたいのをグッと堪えて、最後の松明に

 明かりを点け周囲をぉぉぉぉおおっ!?

奥へと並び立つ柱と石像。いかにもその先にお宝をおいてあるといわんばかりの道。

 思わず右手に力をグッと込めて更に周囲を見回すと、柱に文字が刻まれている。

 「よーしティア出番だ」

 「はいはーい」

俺とアリスは解読待ちではあるが、ふとアリスの笑顔に陰りが見えた。

 そんなアリスを暫し観察していると、ティアの解読が終了した。

 「どうだった?」

 「うーん、此処、やっぱりディア・バレルへの至宝の在り処だったみたい」

 「ほう?」

 「で、時計王の治めた国は、500年程前に地震で滅亡したのだけど…」

 「真実は違ったか? 良くある事だ…で?」

何だ?ティアまで表情が暗くなったが…。

 そんな俺の横で、アリスもまた笑顔を無くしていた、いや絶望すら見て取れた。

 なんだ…何か判ったのだろうが、俺にはさっぱりだ。

 「違う。時計王が至宝を手に入れようと、道を開こうとしたの」

 「成程。で、その結果に大地震が起きて滅亡か?」

ん? 俺の横のアリスが両手を広げて何だ? 何か読み上げ始めた。


 『エネイルゲイル、触れてはならない。

   エネイルゲイル、起してはならない。

    エネイルゲイル、大地を砕く神の槌』

よし、何かやばそーなのキタコレ。何、この先にそれが居るの?

 居るんだよな。二人の表情から察するに。

少し、石像に目をやると…なんだこれ蚯蚓?蚯蚓っぽいよな。

 「うーん、引き返した方がいいかなぁ…でも出口が」

 「出口は無いです」

 「いや待て、まずそのエネイルゲイルってなんだ?」

 「そだねー、オッサンのトコで言う…うーん。

   終末の獣とかその類?」

 「OK、終末の獣か。で、至宝の一つを護るのがそいつと」

二人は黙って頷いた。起すな危険というか街の人まで全滅の可能性ありと。

 然し、道は既に一つしかない現状、脳筋プレイでアタック砕けろしか無い。

一先ず、ここで休憩しつつ、エネイルゲイルの情報を整理する。

 ・兎に角巨大でパワフリャな肉弾野郎

 ・レイヴン数人でどうにかなるレベルでは無い。

   要はレイドボスみたいなもんか。

…さて、勝てる見込みが無さ過ぎるが、要はレイヴンが沢山いたら話は別か?

 と、聞くと二人は頷いた。ここで頭をよぎったのはリガーデッドだ。

 「アリスちゃん? リガーデッドの連中は何人此処に来てる?」

 「うーん…ざっと200前後です…あ」

 「多いな! ん?」

 「あ、いえ、なんでもなばばばばばばば」

おー…、ティアがアリスのほっぺを左右にみょーんと伸ばした。

 「なーにーをーかーくーしーてーるーのーかーなー?」

 「あぶぶっ」

 「いや、隠す隠さない以前に喋れないだろう」

それもそうかと、解放。少し頬がひりひりするのか、涙目でさすっている。

 で、落ち着いたアリスから得た情報は、その200人を率いている統率者が居る事。

 「ボク達が一言(ワ・セスタ)なのですが、あの人は二言(ディ・セスタ)です」

 「単純に倍以上強いと思えばいいのよねー。ってまさか鳴重神の姉さん!?」

 「ですです。タクトお兄ちゃんに判り易く説明するとですね。

   一言は一つの力。二言は二つの力を組み合わせた力なのです」

一つで十分チートなのに、それを組み合わせて…か、いいじゃねぇか。

 漁夫の利を得たいなら、デカい餌ごとくれてやればいい。

 で、おいしい所だけこっちが貰えばぐへへへへへ。

 「タクトお兄ちゃん、顔が悪人です」

 「まー、大体察しがつくけど、確かにそれしかないよねー? うへへへ」

 「あ、ティアまで悪い顔です」

 「というわけだ、悪いが、エネイルゲイルをリガーデッドにぶつけるぞ」

 「問題無いです。雑魚どもは死ぬでしょうけど、あの人は確実に平気ですし…、

  むしろ喜びそうでもありますです」

戦闘狂か? 会ってみないと判らないが、今は頼もしい話である。

 で、と。問題はどうぶつけるかだが…ふむ。

ここで二人の力の確認もしておこうか。

 ティアの力を掻い摘むと『連結』

 アリスの力は『改竄』と言うところかな。…よし。

軽く手をはたいて、リュックにあった紙と羽ペンを取り出す。

 そしてそれをアリスに手渡し、連中へ情報を渡す事にする。

いまだに連中からしてみれば、アリスは仲間である筈。

 なら、それを利用して街の人の避難と戦闘準備をさせる。

その後、ある程度の時間をおいて扉を開く。これが一応の作戦だ。

 「と言う事で、連中に情報を送った事に出来たりするかな?アリスちゃん」

 「それぐらいは簡単です。街の人の避難は…微妙ですけれど、あ、そうか。

   諸刃の剣ではあるですが、更に戦力呼べますです」

ほう? 更に増員出来るのか…って諸刃の剣? 

 嫌な響きだが背に腹は変えられない。一応、連中に送った後に頼むとして、

 そうだな。大体二時間後に扉が開かれると、送ってもらう事に。

その間に休憩しつつ、気になる諸刃の剣とやらを聞いた。

 「ボク達は厄介者(レイヴン)です」

 「ああ、それは聞いたしまぁ盗掘者だしな」

 「厄介者(レイヴン)と、鳥篭(ケージ)と呼ばれている人達がいるです」

ケージと刑事かけてんのか? などというツッコミは置いといて、ようするに保安官

 か何かか。そいつらにも連絡する事で戦力は確実に増え、街の人の安全もある程度

 確保出来る…か、よしそれでいこう。

 「OK、じゃあそのケージにも連絡いれといてくれ。街の人の安全は最優先だ」

 「はいです」

これで準備OK。あとは終末の獣ならぬ終末の蚯蚓とやらを叩き起すだけだな。

 然し、結局のところ誰が何処まで辿りつけたのか、気になるな。

 死亡するようなトラップなら、足元に骨の一つや二つは転がっているだろう。

 それが無い。罠を喰らうと落下するタイプなのか? 通路の衛生面を考えて。

鉄砲砂の所もそうであり、何故か下へ下へいかせたがる…。

 などと考えつつ、奥まで続く柱と蚯蚓の石像を眺めていた。

宝の守護者…か。とある博士のような冒険はしてみたいと思っていた。

 だが、現状どうだ? 流石の博士も嫌がりそうな化物相手にしないといけない。

正直、怖いと思えるが、不思議と心はそれを求めているかのように思えた。

 これでお宝が手に入れば文句無しの初陣なわけではあるが…さて、

 どうなる事やら。

俺達は、休憩で時間を潰し、おおよそ二時間経つかどうかにさしかかると、

 松明を掲げ、最後の通路の一際大きな扉へと。

 「よし、とりあえず罠はなさそうだな」

 「普通に押して開けそうです」

先に、扉をぶっ壊しそうな脳筋博士には先手を打っておいたのだが、

 それでまた気分を害したようで扱いにくい子だよ。

兎に角、この先にエネイルゲイルが眠っているのだろう。

 俺達は、一度深呼吸して、重い扉を押し開いた。


   時計王の墓 終了


    NEXT 始言虫 力のエネイルゲイル 

 

 


 

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