東京4人会議

佐藤要

第1話 絶望への抗い

 東京ドームの地下に何かがあるという都市伝説を聞いたことはあるだろうか。


 秘密結社の根城、非人道的な人体実験、核兵器の開発、巨大なロボットの製造、違法カジノ、血生臭いヤミの格闘技大会・・・・・・飛び交う噂は数あれど、そこでは非合法かつ極めて重大な事が行われているという認識は共通だった。


2020年3月6日、この東京ドーム地下に極秘で作られたある施設に、4人の人間が集まっていた。


 巨大な部屋には四面の壁にそれぞれ巨大なモニタが設置され、集まった彼らは無造作に並べられた椅子に腰かけていた。


「諸君にお集まりいただいたのは他でもない。兵頭博士が見てきた未来についてだ。」


 部屋の中央にいる壮年の男性が他の3人に呼びかけた。髪は全て白髪、青い瞳の大柄な男で、高級そうなスーツに身を包んでいる。


「それによると30年後の地球は、空気まで凍り付いた極寒の地であったという。世界中は氷に包まれ、生物は完全に死に絶えていた。間違いないな、兵頭博士。」


 男性がそう言うと、正面に位置した若い女性が不満そうに頷いた。艶のあるポニーテール、派手なピンク色のメガネ、その上、ノーブラで赤のタンクトップと青いデニムミニスカートを纏い、目のやり場に困る格好をしていた。男性とは正反対である。


「氷点下1000度は下らなかったわ。天才の私でもタイムマシンから出ていれば一瞬で氷漬けだったでしょうね。」

「分析は出来たかね、範馬博士。」

「閣下!万事首尾良く!」


 白衣を着た小柄の老人が勢いよく立ち上がり、背筋をぴんと伸ばして敬礼した。


「兵頭博士の作ったタイムマシンは指定した時代に飛ぶだけでなく、その時代に辿り着くまでの環境データを採取しておりました。それによると、今から2年後を初めとして少しづつ気温が下がり続け、25年後の2045年の5月1日、急激に地球全体の気温が下がります。その後は言葉通り雪だるま式に気温が下がり続けていくのであります。」


 そこで一息つくと、範馬はコップの中の透明な液体を一気に飲み干した。


「とはいえ、2年後に何かが始まるわけではなく、実はここ数年、地球全体の気温は横ばいなのです。生物圏の規模から言えば毎年地球の温度は上がり続けていてもおかしくありません。つまり、事態は数年前から始まっていると考えられます。」


 そこにいる全員が頷く。範馬は大きなペットボトルを取り出すとコップに液体を継ぎ足し、また飲み干した。


「そこで私はタイムマシンを使い、気温変動が止まった5年前に優秀で癇癪持ちの部下2人を送り込み、調査をさせました。そこで分かったのは、ある男が計画した凶悪な陰謀です!」

「陰謀!」


 閣下と呼ばれた男が驚きの声を上げる。その隙に範馬はコップの透明な液体を飲み干した。


「そうです。全ては宗教法人「足の裏」の教祖である津山という男が20年前に作り上げた地球冷却装置によるものだったのです!」

「地球冷却装置?」


 範馬はそれを見越したようにペットボトルから口を離す。


「ハハッ!閣下!津山はIQ3000を超える超天才と思われます。きゃつが作り上げた悪夢のような装置こそ、この地球を徐々に蝕む原因だったのであります!真夏日の翌日に秋模様にしたり、赤道直下の国を適度に冷やして過ごしやすくしたり、この星の温度管理はきゃつの気分一つなのであります!」


 閣下が一瞬呆然とした様子を見せたが、すぐに咳ばらいをして立ち直った。


「ならば、その男を捕まえて装置を止めさせればよいわけだな。」

「機械を壊せばいいんじゃない?」


 口を挟んだのは兵頭だった。突然眼鏡を外し、ポニーテールを解いた彼女は妖艶だった。


「それが出来るなら、わざわざセンテンススプリングの誕生日に集まったりせんわ!閣下、地球冷却装置は起動したが最後、本人にも止めることは出来ん代物だそうです!」


 範馬がペットボトルを啜りながら言った。


「そんなバカな!」

「核兵器ですら傷一つつかない防壁に守られ、あらゆる妨害手段を防ぐ強固なプログラムを搭載しているようです。」

「じゃあどうやっても無理ではないか!」


 閣下が呆然とした様子で口元を覆った。


「ご安心ください!閣下!既に対策法は考えております!」


 範馬博士が眩しいくらいに目を輝かせて叫んだ。


「対処法は二つ!一つは正攻法ですが兵頭博士が作ったタイムマシンで過去に行き、津山が事を起こす前に暗殺すること!そしてもう一つは地球冷却装置に対抗して地球温暖装置を作ることです!」

「暗殺とは物騒だな・・・・・・。」

「閣下がそう仰ると思いまして、既にタイムマシンで優秀で思想的に偏りのある部下3人を過去に向かわせております!」

「聞いとらんじゃないか!」


 頭を抱える閣下を横目に範馬が次のペットボトルを開けて液体を飲み干した。


「あの・・・・・・。」


 か細い声が聞こえ、3人が顔を上げる。目線の先にはまだ幼い少女がいた。


「何で私、ここにいるんでしょうか。」



 少女の名前はジブ=エイン。兵頭博士こと兵頭亜里沙の家の隣に住むエインファミリーの長女である。年齢12歳、西洋人の美しい金髪に加え、丸みを帯びた日本人らしい輪郭がアンバランスで可愛らしい少女だ。

 彼女は何者でもない一般人だった。


「何でって、そりゃあ君が兵頭博士に連れて来られたからだよ。」


 範馬がきょとんとした表情で答える。


「でも通学中に催涙弾を・・・・・。」

「兵頭博士、彼女はどういう役割なのかね?」


 兵頭の犯罪行為には見向きもせず、更にペットボトルの液体を飲み続ける範馬に対して、ジブは不満そうに頬っぺたを膨らませた。


「彼女の身柄の確保は最優先事項だったのよ。役割とかではないわ。」


 兵頭はそう言いながらジブの頭を撫でた。


「しかし、こんな国家の存亡に関わる緊急事態に無関係の子供を連れてくるのは如何なものかと。」


 閣下は怪訝そうな表情で如何にも政治家という発言をした。


「とはいえ、こんな緊急事態だからこそ一人でも力が欲しいというのも事実だ。」

「ふざけないで!こんなくだらないことに私のジブを関わらせるつもり?」


 突然声を荒げた兵頭に、ジブと閣下の表情は引き攣った。


「君の子供とはとても思えないが・・・・・・。」

「ただのお隣さんです。」


 兵頭の代わりにジブが答えると、兵頭はものすごい勢いでジブに振り向いた。


「あなたと同じになるために綺麗にしたのよ!」

「やめて!」


 涙目で訴えながらスカートを脱ごうとする兵頭をジブは必死に制した。


「亜里沙さんが私にそういうことしてきて変だから、近所の人が避けてるんです!」


 ジブはそう言いながら身を守るように両腕でガードした。


「君達、一大事だぞ。」


 閣下がわざとらしく咳払いをしながら言った。


「大体、何でそんな一大事に4人しか集まっていないんですか!」

「兵頭博士が世界中の人間に嫌われてるから集まったのがこれだけなんだ。」

「近所どころの話じゃなかった!」

「兵頭博士は間違いなく歴史に名を刻む大天才だ。10歳で東京大学を卒業し、その後すぐにハーバード大学とケンブリッジ大学の博士号を取得している。タイムパラドックスの弊害を打破し、ホーキング理論を飛躍させ、ドラえもんを読んでタイムマシンを完成させたんだ。そんなことは関係なく、その性格のせいで欧米諸国と共産圏と中東とその他ほぼ全ての国家と武装勢力と政治団体と宗教団体とNPOとPTAとTRFから命を狙われているが・・・。まあ、それはとにかく今は津山とやらの計画を止めることが重要だ。」


 閣下はそこで一旦区切りを入れ、腕を組み直した。


「しかし、殺すというのは穏やかではない。過去の津山と話をして、彼が地球冷却装置を作ることを止めさせるのが最善だろう。」

「閣下はそう仰ると思っとりました!早速過去に行った3人と通信が繋がっております。」


 範馬博士は空になったペットボトルを惜しむように啜りながらゲームパッドのようなコントローラーを操作した。セクシーなグラビアアイドルが微笑むロード画面の後に、モニタいっぱいに大柄で無骨な男性が現れた。


「おお!なんとむさ苦しい!栗山陸佐、どうだ首尾は!」

「博士!首尾よく津山を捕らえることに成功しました!」

「何と!でかしたぞ!まず地球冷却装置を作ろうとする目的を吐かせろ!」


 新しいペットボトルのキャップを捻りながら範馬博士が唸った。しかし、栗山陸佐は乗り気ではない。


「こちらの尋問に一切答えません。どころか飲まず食わずで衰弱するばかりです。時折何か言っているようですが、全く意を得ません。締め上げたところで効果は低いと思われます。」

「強情な奴め。待て!殺すな!閣下の御前、人としてあるまじきことはするなよ。・・・・・・何も話さんのか。自白剤でもダメか!拷問はしたのか?一通りか!家族や恋人を人質に・・・・・・天涯孤独の非モテ野郎だと!殺せ!」

「待てっ!待て!」


 範馬博士を首相は必死に制した。


「栗山陸佐、津山が地球冷却装置を開発しようとする目的だけでも分からないのか?」


 首相の言うことに栗山陸佐は怪訝な顔をしたまま答えない。


「どうしたのだ!栗山陸佐!」

「閣下に失礼な態度を取るなたわけ!」


 範馬博士は慌てて画面を消しながら言った。


「奴は何なのだ!」

「きゃつは先日から閣下の国籍を異様に気にしておりました!任務には忠実ですが、おかしな男なのです!日本の総理大臣であらせられる閣下が日本人以外の何者だというのか。」


 首相はそれを聞いて黙り込んだ。


「とにかく、津山が何も言わない以上、奴を懐柔するのは困難ですな。やはり正攻法で暗殺しかありません。」


 何故か目を嬉々として輝かせる範馬博士だったが、首相が止めに入った。


「しかし、奴の目的は何なのだ。それだけでも吐かせることができれば、まだ対話の余地はあるかもしれん。」

「閣下がそう仰ると思いまして、栗山陸佐以下3名にはそのように伝えております。奴の目的を探れと。」

「とてもそんな感じには見えなかったが、信じてよいのだな?」

「任せてください!このまま奴を監禁していれば地球冷却装置など作ることもできずに餓死です!」

「暗殺と何も変わらんじゃないか・・・・・・。」


 呆れる閣下を横目に範馬博士は勇んで携帯電話に対して何かを喋り続けている。


「ちょっとお馬鹿さん達。過去の津山を殺しても私達の未来は変わらないわよ。」

「何をバカな!」

「馬鹿が口を開かないで。私達が存在する以上、現在のルールは変えることはできないの。過去の津山を殺したところで、そのまま別の未来に進むだけ。私達の未来には関係ないわ。」

「じゃあ過去の津山を殺したところで影響はないのだな!栗山陸佐、殺せ!」


 範馬博士は嬉々として携帯電話に叫び散らした。


「だから待たんか!」


 閣下は慌てて範馬博士を制したが、携帯電話からは豪快な爆発音が響いていた。



 お母さん、嘘だと思うかもしれないけど、こんな人たちに私達の未来が委ねられてるよ。どう思う?私はとても嫌です。

 ジブは彼らのやり取りを遠い世界の出来事のように思っていた。

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