第8話 動き出す影

ぴちゃ、ぴちゃと水が滴る。

真っ暗なな部屋の中、10数人の少女がいた。

全員目隠しをされ、縛られている。

ぶるぶると震え、怯えている。

1人、部屋の隅にいた少女だけが、ぴくりとも動かず、じっとしていた。

ただ、ぶつぶつと何かを呟いて。

この部屋の隣にも頑丈な扉のある部屋があるが、捕らわれている誰もその事を知るものはいない。



そんな中、誰かの足音と話し声が聞こえてくる。


「……あ。………に………れば、………だな?」


「…あ。勿論だ」


「お……う…ぜ」


何かの取引のようだったが、はっきりと聞き取った者は1人もいなかった。


ぎいぃ、不気味な音を立て、この部屋の木製の扉が開く。

先程話していた男が入ってきたのだと、誰もが知っていた。

1人の女が捕まったのだろう。

女の悲鳴と殴る音、男の怒鳴り声が部屋中に響いた。

男が女を殴ったためか、たちまち静かになる部屋。

それに先程の音と声を聞き付け、他の男も数人入ってきたようで、「やめろ!」と諌める声がする。

気絶した女を引き摺りながら、数人の男達は部屋を出ていく。

次は自分かも知れない、という恐怖は彼女達を余計に苦しめていた。

一方、男達は女の肌に傷がつくのも厭わず引き摺り続けていた。

ある男が聞いた。


「秘密の部屋には誰がいるんで?」


それを、諌めに来た男達のリーダーらしき人が声を低くして返事をする。


「それは聞かないことだ。詮索するつもりなら、命はない」


〝秘密の部屋〟。

それが彼らの最大の秘密。


知るのはリーダーとその幹部。

そして、───────おおとりの紋章を持つ人物だけ。


☆★☆


「聞いてくださいよ、シェルナリア女王様!ここ最近、出るんですよ!」


そう言ったのは、入浴中の世話をする侍女のミーシュ。

はっ、と思い出したかのようにいきなり言い出すものだから何かと思ったら、幽霊だそうだ。

何やら、白いドレスに黒く長い髪、ぼんやりと光り、足は透けている幽霊だそうだ。


「ミーシュ。名前はシェリーって言って、っていつも言ってるでしょ」


「はい、わかってます。でも、ほんとなんですよ!前国王様と前王妃の肖像画の前に佇んでいたんです」


嘘だ、と思った。


「あ、その顔は本気にしてないですね?」


「ま、まぁ。本気の沙汰じゃないわね」


「わ、私は正常ですよ。ほんとなんです。シェリーも気を付けてくださいね!追いかけてくるんです」


入浴も終わり、ミーシュと共に寝室へと行き、布団に入るとミーシュが明かりを消して部屋を出ていく。

私は、早く寝てしまおうと目を閉じた。


☆★


───ふと、目が覚めた。

誰かに呼ばれた気がしたのだ。

誰の声かは分からなかったがはっきりと、シェルナリア、と言ったのだ。

私は、寝る前にミーシュから幽霊の話を聞いたからだと思い、もう一度寝ようと布団に潜り込んだ。

しかし、いくら目を閉じても眠気はやってこない。

仕方がないので厨房に行き、ミルクを作ろうと布団から出た。

厨房に行くには、例の肖像画の前を通らなければならない。

何も起こらないとは思うが、万が一にも本当に幽霊がいるのだとしたら、どう対処すれば良いのか分からない。

このままここでじっとしていても眠れず、明日寝不足になってしまうのは容易に想像がつく。

私は恐る恐る廊下を歩き出した。

幅広い廊下の壁には頼りない蝋燭がゆらゆらと明かりを灯し、廊下を照らしているが、それが余計に怖い。

進む道には私の影が伸びているのも、怖さを増長している。

後少しで肖像画の前という所で、ぼんやりと青白い光が見えた。

段々近づいていくと、それが人の形に見えてきた。

幽霊だ、そう思った時には幽霊自身もこちらを認知してしまっていた。

その幽霊は噂通り、足が無いのである。

いや、正確には、ぼんやりとはある。

しかし、床についてはいない。

つまり、幽霊である。

私は、恐怖のあまり声も出なかった。

幽霊の顔は肖像画の母そっくりだったのだ。

まさか、そんなはずはない。

聞くしかない、と声を掛けてみる。


「は、ははうえ?」


あまりの怖さに、声が震えた。

幽霊は優しく微笑み、こくりと頷いた。


「な、何を、しているの?」


母上の幽霊は口を開いた。


『陛下を探しているのです』


父上は3年前に母上の元へ向かっているはずだ。

母上は、父上に会えていないのだろうか。


「父上は3年前にそちらに行きましたが…」


すると、母上はふふふ、と笑い、返す。


『知っているわ。あの人ね、会って直ぐに謝ってくるのよ。貴女を1人にしてしまった、って。本当は後妻を持つべきだったのに、私にしか好意が持てなかったって。私としては、とても嬉しかったわ。でも、貴女には辛い思いをさせたわね。ごめんなさい。私が早くに亡くなってしまったばかりに…』


母上は申し訳無さげに眉毛を下げ、謝った。


「いいえ、大丈夫ですわ。私はこうして1人でやってこれましたもの。ですが、それでは何故父上を探しておられるのですか?」


話を元に戻し、父上を探している理由を尋ねると、思わぬ答えが帰って来た。


『ああ。そうだったわ。私はね、あの人と遊んでいるのよ。ここ2日程探しているのに、見つからないのよ。どこに行ったのかしら?』


『じゃーーん!!』


『「うわっ!」』


『えっへん。驚いた?』


『貴方!』「父上!」


そう、驚かして来たのは、今まで何処かに隠れていたであろう、父上だった。

亡くなった時よりも若々しく見えるのは、母上がいるからだろうか。

相変わらず仲が良いことで何よりだ。

会った途端、イチャイチャし出すものだから、こちとら堪ったものじゃない。


「母上!父上が見つかり何よりですわ。ですが、ここは生きている者の世界でございます。あまり羽目を外しすぎ無いようにしてください。特に母上はここ2日で噂になっておりますゆえ」


イチャイチャを見ているのが耐えられなかったというのでは、断じてない。

噂が起きた事への忠告だ。


『ええ。ごめんなさい。もう、来ないわ』


『ああ。俺達は、お前の事をいつまでも空から見ているぞ』


父上と母上はそれが言いたくて、舞い戻って来たのかもしれない。

残した私への謝罪のために。


『じゃ、帰るわね。貴女は私達の自慢の娘よ』


『ああ。いつまでもお前を見守っているよ』


そう言って二人は静かに消えていった。

残ったのは肖像画の絵と、夜の静けさだけ。

あの幽霊は夢だったのかもしれない。

でも、二人と話せたのは忘れることは出来ない素晴らしい一時だった。


それから、幽霊が出るという噂は無くなった。


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