12発め ひとりきりの戦場
「ヒーローとしては、案外真面目ちゃんなんだね」
お冷やのコップに手を掛けて、雅貴がつぶやいた。仕事に真面目な点では彼もどっこいどっこいだ。周りへの精神的被害が甚大なだけで。
「そうかなあ」
スプーンをくわえたままの格好で、直はぽつりとこぼした。
「真面目っていうのとはちょっと違う気がする。なんか……旨く言えないけど、”突き動かされてる”って感じ。黎慈くん、いつもと全然顔違ったし。
切羽詰まってる? 心配になる顔。ね、司、いつもあんな感じ?」
「言われてみればそうかな……当番じゃなくて、直接招集かかったときはあんな感じかも」
「大丈夫かなぁ」
「黎慈くんのことだから、怪我はしてこないと思うんだけど」
それに食いついたのは雅貴だった。普段の余裕綽々な態度に似合わぬくらい前のめりで、司を問い詰める。
「怪我してこない!? あいつばりばりの前衛でしょ? 怪我、してこないの?」
「たまにかすり傷作ってくるけど……」
「あり得ない!」
前のめりの次はひっくり返りそうに後ろへ反る。
雅貴は前衛がどれだけ厳しい戦いを強いられるか知っている。いかに分厚い装甲で鎧おうと、神秘のコスチュームで守られようと、腕がいかれただの足が折れただのは日常茶飯事とまでは言わないが騒ぎ立てるほどのことでもない。その場では大量の鎮痛剤でしのいで、撤収後は機関の素晴らしき科学力および治療系ヒーローの活躍によってあっけないほどあっさり治る。そしてまた戦場に送り出される。
それを聞いた司もまた驚いた。前衛だろうと何だろうと、ヒーローは華麗に敵を倒して無傷で帰って当たり前と彼は思っていた。少しでも傷など作ってきた日には、それほど手強い相手だったのかとびっくりするレベルである。
「やっぱ化け物だな、黎慈……」
「黎慈くんってそんな強いんだ……雅貴は一緒に出たことないの?」
「ないよ。黎慈は誰とも組まないからね」
「え? いや、それはおかしいでしょ」
直は事前講習の内容を思い出していた。もとからチームのヒーローはともかく、単独ヒーローであっても必ず複数人で事に当たると聞いている。過去の一大戦局では一個小隊に迫る人数が投入されたこともあると習った。
「やっぱ黎慈くんは『過去』があるから……組ませにくいんじゃ?」
「そういうことじゃない。おたくも聞いてるんだろ、黎慈の『才能』。自然発生してはいけないレベル……ってやつ。そんな特殊個体ならデータ取るにも生かしておきたいに決まってるじゃん。にもかかわらず単独投入ってことは何の心配も要らないくらい黎慈が強いか」
そこでいったん言葉を切って、すっかり氷が溶けたお冷やで唇を湿し、雅貴はやさぐれたような目で続けた。
「ホントはさっさと死んで欲しいか、のどっちかだね」
***
戦場は市街地であった。
既に避難は完了しており、人っ子1人いやしない。もはや市民も慣れたものだ。送りの車も既に撤退している。
即席ゴーストタウンのただ中に、黎慈はぽつねんと立っていた。
ライダースーツにも似た黒い衣装は彼の頭部以外を隙間無く包み、左手首のリングだけが白く浮いている。黎慈はそのリングを軽く内側に回すと、小さな声で、言った。
「……接続」
途端に黎慈の全身が白い炎を上げる。このスーツ、このリング、そして簡易な操作とキーワード。その組み合わせが機関技術者たちの言う「虚ろ」から存在し得ないエネルギーを汲み出し、超常的な能力を使い手に与えるのだ。
正に特撮ヒーローの一幕。
黒いスーツは純白へと様相を変え、むき出しだった顔の上半分は、舞踏会のそれのような仮面に覆われる。あくまで軽装ながら装飾性の高い装甲は、その清らかな色彩と裏腹にどこか禍々しい印象を見る者に与えるだろう。
それが狭霧黎慈の、ヒーローとしての姿だ。
彼が変身するのを待っていたとでも言うのか、路地から異形のものが次々と姿を現した。どれも成人男性より一回り大きな体つきで、頭部は犬に似ている。特筆すべきはその表皮である。黎慈のそれとは正反対の、粗野で分厚い鎧。鎧で有りながらそれは確かに、怪物の皮膚と一体化している。
これはそういう生き物なのだ。
いや、生き物であるかどうかも疑わしい。
機関が「特殊災害」と呼ぶそれを、一匹残らず殲滅するのがヒーローたちの任務である。
「……確かに、ぼく向きかも」
重装甲の”災害”は、見た目通り攻撃が通りづらい。それでいて身軽さは失われないので、やっかいな相手である。
黎慈にとっては、些末な問題だが。
「喚起……」
再び、白炎。
鎧同様純白の、長柄の戦斧が彼の手に握られる。
これから始まるのは戦闘ではない。
虐殺だ。
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