11発め 替えの効かない部品です

 待ち合わせの少し前から、司と黎慈は食堂前の壁にもたれていた。

 食堂前で待ち合わせをする人たちは少なくない。2人もその中に埋没して決して目立ちはしなかったが、司は気が気ではなかった。

 狭霧黎慈の関係者だと思われたくなかったのである。

 もちろん機関職員の多くは「司は黎慈のパートナーである」と言うことを知っている。だが多くの、まだパートナーが配備されていないヒーローは「狭霧黎慈がヤバいらしい」ということしか知らない。その「ヤバいらしい」黎慈と親しいと思われたらことだ。自分まで「ヤバい」の枠にくくられるなんてまっぴらだ。

 もっと言うと事態はさらに複雑で、ヒーローたちは「狭霧黎慈がヤバいらしい」ということは知っていても肝心の黎慈の顔を知らない者が多い。調べてもヒットするのは厚化粧の顔写真ばかりだからだ。雅貴が黎慈の素顔を知ったのはちょっとした偶然らしい。

 話を戻そう。

 司は隣の人物が「狭霧黎慈」だと露見すること、彼と行動を共にする自分が彼と同類と見なされることを恐れている。あまり食堂に行かなかったのもそのためだ。自意識過剰と笑うなかれ。普通の人間でありたい司にとっては重大な問題なのだ。

 

「あっ、いたいた! 司-! 黎慈くーん!」

 

 考え事に沈みかけた司の耳に、無慈悲なまでに脳天気な声が届いた。黎慈の名前まで呼ぶなんて勘弁してくれ。司は心臓を掴まれたような心地で周囲を見回す。曇りのない笑顔で直が手を振っていた。

 後ろには雅貴もいた。司は眼中に無いようで、珍獣を観察するような目を黎慈に向けている。

 食事以前に胃が痛くなりそうだ。司は無意識のうちに、腹に手をやった。

 

 ***

 

 めいめいに食事を注文して、席に着く。

 ヒーローはともかく、職員からはそこはかとなく遠巻きにされている気配を司は感じていた。そりゃあそうだろう。なんたって黎慈がいるのだ。これが嫌だから得意でも無い料理に精を出して、なるべく部屋で食べるようにしていたのに。

 内心不満たっぷりでカツ丼のカツにかじりついたところ、何でもなさそうな顔で、頬杖つきつつ雅貴が言った。

 

「黎慈の事件、直に詳しく教えといたから」

 

 司は動きを止めた。

 ついでに心臓も止まりそうだった。

 司がもう少し無謀で、もう少し気が強かったなら「余計なことを言いやがって!」と、トンカツを吐き出しつつ立ち上がっていたのかもしれない。

 立ち上がったのは直の方だった。

 

「聞いたけど、でも! 俺が黎慈くんと友達になりたい気持ちは変わらないから! だから、これからもよろしく!」

 

 食堂中に響くかと言うほどの大声であった。

 近くに座っていたヒーローと思しきグループの何組かから「黎慈って……」「例の……」というささやきが聞こえてくる。向けられる、露骨な視線。席を立つ者もいた。司の中で、何かがいろいろ終わった。

 当の黎慈はいつも通りの読めない表情で、そばを啜る合間に「ありがとう」と言った。雅貴は冷や汗を浮かべる司と、立ったまま肩をいからせている直を交互に見て、にやにやしながら日替わり定食をやっつけている。

 

 黎慈がやらかさなかったのは救いだ。しかし、黎慈と同じテーブルについていた司が彼の関係者と見なされることは明白だ。実際ほとんどの連中は「狭霧黎慈」しか見ておらず、大声で決意表明した直の顔さえ認識していないのだが、司の中ではそういうことになっているのである。

 重要な任務を果たした顔で席に着く直と入れ替わるように、端末の呼び出し音が鳴った。

 出所は黎慈のポケットだ。

 

「狭霧……。はい。今から行く……」

 

 それだけ言って通話を切ると、半分ほど残っていたたぬきそばを黎慈は猛然とかき込んで立ち上がった。その目は洞窟ではなく、暗いながらも切羽詰まった光を灯している。

 

「招集かかった……行くね」

「ちょっと待ってよ黎慈くん。最近忙しかったしさ……他の人に代わってもらったり出来ないの?」

 

 困った顔で取りすがる直を、そっと振り払う黎慈。

 

「ぼくが呼ばれるときは……ぼくじゃないと、駄目なときっぽいから」

 

 小走りでトレイを戻し、黎慈は食堂を後にする。残された3人はテーブルを取り囲んだまま、その背中を見送った。

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