9発め 同じ釜の飯でも食おうか

「嘘だろ……黎慈くんが、こんな。いくらなんでも」

「調べれば? 昔の事件だけど、動画もニュースサイトもいくらでもひっかかる」

 

 こわばる指で画面をタップする。

 動画のタイトルにはバンド名が入っていた。それで、検索。

 嘘ではなかった。

 淡々としたニュース、扇情的なタイトルの記事、個人ブログでの言及。画像付きのものも少なくない。これだけの情報量を前にしては、嘘だと地団駄踏むこともできなかった。

 ただし――そのギタリストが本当に黎慈本人なのかは、疑う余地が残されていた。

 出てくる写真はどれもこれも、ビジュアル系の分厚いメイクを施した顔であって、黎慈とは別人に見えた。名前も芸名であろう「REI」でしか引っかからない。黎慈。REI。符合はするが、完全一致ではない。別人の可能性がないとは言い切れない。

 それに、なにより。

 

「これ……このREIって人、死んでるじゃん! REIが黎慈君なら、今いる黎慈くんはどう説明つけるんだよ!?」

 

 ネットの情報によれば、REIは事件からまもなく亡くなっている。死因は薬物の過剰摂取。自殺か事故かは意見が分かれているらしいが、死んでいることについては満場一致だ。

 

「黎慈は機関に消されたんだよ。機関の医者曰く『自然発生してはならないレベルの才能』だってさ」

 

 雅貴が肩をすくめた。

 司の言葉を思い出す。

 志願したのではないヒーロー。

 

「うそ……だろ……」

 

 思わずそうこぼしていたが、直の内心は違った。嘘だと思いたかったが、もうそれすらできなかった。

 ヒーローと彼らの所属する機関を、正義の味方と信じて疑っていなかった直にとって、ここ数日はいろいろありすぎた。

 

「でも、黎慈くんがREIだとしても……昔のことだよ。この事件、4年も前だろ」

「まだ4年しか経ってないとも言えるけど?」

「それでも、黎慈くんは……そうだ。飯」

「飯?」

「雅貴。俺と黎慈くんと一緒に飯食おう。今度は司……黎慈くんのパートナーも一緒に、みんなで食堂行こう。司もいいやつだし、人数多い方が楽しいよ。喋ったらきっと、黎慈くんが……少なくとも怪物じゃないってわかるだろ」

「あの黎慈と飯ねえ……」

 

 雅貴は興味をそそられていた。いわゆる「怖い物見たさ」というやつだ。黎慈はたまに詰め所で見かけるだけで、挨拶は勿論目を合わせることもない間柄だ。しかしその特異な経歴は、気になる。

 問題は安全性だ。生身の黎慈がどの程度強いのかは不明だが、多人数でかかれば取り押さえられるだろう。その点は食堂ならクリアできる。機関職員が止めに入るはずだ。

 

「ま、いいよ。いつ行くの?」


 いざとなれば、直を盾にすればいいし。


 ***


 黎慈のことを「幼児程度の知能」だとか「犬並み」だとか思っている機関職員もいるが、そうではない。彼も人並みに考えている。ちょっとずれているだけで。

 なので自分がおかしいことも、周りに怖がられていることも、黎慈はちゃんとわかっている。

 その「周り」には、司も含む。

 司が始終黎慈に怯えているのはしっかり本人に伝わっていた。それでも黎慈は司が好きである。

 

 上っ面でも演技でも、司ほど黎慈に友好的な人間はいないからだ。

 

 故に黎慈は司を全面的に肯定している。口にも態度にも出さないので当人には全く伝わっていないが。直と食事に行ったときも「司が直に自分を押しつけた」ことはわかっていたが「つまり司くんが休めるってこと」と切り替えた。

 押しつけ先の直も好青年だ。黎慈でなくとも、好きにならずにいられないだろう。しかし彼が優しいのは、黎慈の悪行をよくわかっていないからだろう。詳しく知って理解したら、きっと黎慈から離れていく。

 

 でも司は離れられない。黎慈が離さないからだ。

 黎慈は希有な実験材料であり同時に爆弾である。機嫌を取っておくに越したことはない。彼が主張すればたいていの無茶は通る。司が何度上司に直談判しようと、カウンセリング室で精神的な不調を訴えようと、黎慈が司を据え置けと言えば機関は据え置く。いっそ機関を辞めて次を探せばいいのにと思うが、司は辞めない。事情の有無は黎慈は知らない。知らないが、司が辞めないのはありがたい。

 司を傍に置き続けることに、罪悪感はある。

 だが手放してしまったら、司のようなパートナーはもう2度と黎慈のもとに現れないだろう。他の職員の同様あからさまにおっかなびっくりか極度に事務的かのどちらかだ。それ以外でも前任のような困ったちゃんが回ってくるかもしれない。

 

 黎慈は多少、機関によって身体を弄られている。

 なぜ頭も弄ってくれなかったのかと、黎慈は時々思う。

 そうしたら、自分も周りもきっと悩まないのに。

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