第3章 暗黒魔城・死闘激震編
23.空手vs海獣クラーケン(前)
「旦那、本当に行くんで……?」
ガルディオフがその
「もちろんだ。留守中、稽古を怠らないようにな」
「そりゃぁもちろんだがよぅ……万が一旦那が戻らなかったら、オレらぁ一体どうしたら……」
「なにを言ってるんだ。この話を持って来たのはお前だろう?」
「い、いや、それはそうだが……」
「あの島はヤベェぜ旦那……オレたち同胞団も、あの島に関するヤマには手を出さねぇ。魔獣が山ほどいるっていうだけでねぇ、近づいた者は呪われ、必ず取り殺されると……」
「だからこそ行くんだ。空手の次の相手を求めるためにな」
実際のところ、人里の近くでは強力な魔獣にそうそう出会えないのだ。そういう強大な連中と立ち合うためには、やはり
それに――「アズミファルの小手」もそうだが、それがあると言われる場所には、もうひとつの噂があった。
「しかし、いくら旦那のカラテでも……
そうだ――今回の目的地「暗黒の島」には、
異世界に来た以上、
「旦那にはまだ、教わりてぇことがあらぁ……死なれちゃ困るんで」
少し前までおれを殺そうとしていた
「大丈夫だ、必ず戻ってくる。戻ってきたら組手をやろう」
「い、いやぁ、旦那のゲンコツはもう勘弁で……!」
おれは笑い、荷物を詰めたサックを担いで部屋を出た。
* * *
「なかなか船を出してくれるところがなくてな……目的地を聞いた途端、断られてしまうんだ」
おれの前に立って埠頭を歩きながら、エンディが言った。
「まぁ無理もない……正直、私だって国王陛下の王命でなければ遠慮したいくらいだ」
「例の迷信か? 近づいた者は呪い殺されるという……」
「それもあるが……そもそもあの海域は事故が多いんだ。辿りつく前に船が沈んだら元も子もない。こればかりはカラテでもどうにもなるまい?」
エンディは埠頭に
「船長! 準備は出来ているか?」
「もう少しだよ、いいから乗ってな」
船の前でパイプを吸っていた男が答える。船長と呼ばれたその男は、おれの方をじろりと見て言った。
「あんたかい、噂の『
「……どうもそういう風に言われているようだな」
「大層な腕っ節らしいが、海の上では役にたたねぇぞ。俺たちの指示には従ってもらう」
「もちろんだ。あなたたちは専門家だからな」
挑発的な物言いを仕掛けてきた船長は、おれがそれに乗らなかったせいか、一瞬意外そうな顔をした。咥えていたパイプを外し、船長はこちらに向き直る。
「……それと、万が一事故が遭った場合、おれたちは自分の身の安全を優先させてもらう。あんたたちのことは助けないからそのつもりで」
「おい! なんて言い草だ!」
横から抗議するエンディに、船長は強い口調で答える。
「危険な海域に敢えて行こうって言うんだ。あんたたちは好きで行くのかもしれんが、こちらがそれに付き合う義理はない。当然の権利だ」
「……この……!」
身を乗り出すエンディ、それを手で制し、おれは言う。
「……それでいい。よろしく頼む」
船長は黙って振り返り、船の方へと上がっていった。
* * *
船は中型、1本マストの帆船。普段は近海で輸送などをしているが、冒険者を乗せることもあるのだという。
「ま、あの『暗黒の島』へ送ってやった冒険者の帰りを運んだことはなかったがね」
船員のひとりがにやにやと笑いながら言うのを、エンディは睨み返した。
「暗黒の島」――ガルディオフが仕入れた情報によれば、アズミファルの小手の片割れはそこにある可能性が高いという。なんでも、その島にある「傲魔の城」という古代の遺跡――それと対になっている遺跡で、アズミファルの小手は発見されたのだとか。
とはいえ、なにしろ危険な魔獣のひしめく島のこと――ほとんど調査が進んでおらず、何人かの冒険者が向かったものの、戻って来たものはいない。そのせいか、エンディはいつにも増して神経質になっていた。
「……だいたい、なんで貴公のために国王陛下がわざわざ命令を出すんだ」
エンディがぼやいた。
「……まぁ、ジャヴィドの件は国にとっても懸念だろうからな。城をいきなり襲ってくるような奴だ。ウィルヘルムも放ってはおけないだろうさ」
「国王陛下を呼び捨てにするな!」
エンディには王城でのいきさつを話していなかったので、この件でウィルヘルムに話を繋いだ際にはひどく驚かれた。領地を持たず、王国に仕えているわけではないとはいえ、エンディもまた騎士身分ではあるのだ。
おれは空を見上げた――今回はしかし、ウィルヘルムを利用させてもらった形になる。
もちろん、アズミファルの小手の捜索は行うが、それよりも
「……おかしいな」
ふと、近くでパイプを吸っていた船長が言った。
「……なにがだ?」
エンディが船長に向かって尋ねると、船長は空を見上げ、風を確かめて言った。
「風が凪いだ……こんな時間帯に。普通ならもっと海が荒れないといけねぇ……これはまさか……」
それを耳にした船員のひとりが声をあげる。
「せ、船長!? それ、まさか……」
「……ヤバいかもしれねぇ! 舵をとれ! 引き返すんだ!」
「おいちょっと待て! なぜ引き返すんだ!?」
「うるせぇ! 船のことはこっちに任せろって言っただろう!」
喰ってかかったエンディに、船長は怒鳴りかえす。
「……船乗りの間では有名な話だ。こんな天候の時に出ると言われてるんだよ、やつが……!」
――その時、にわかに船が揺れ出した。それまでの波による規則的な揺れではない、なにかによる大きな揺れ――
「お、おい!? あれは……あの影は……!」
マストに登っていた船員のひとりが叫んだ。
その指差す海面、そこに泡が立っていた。その下には、巨大な影――
――ザッバアアァァ!
不意に、海面が盛り上がったかと思った刹那、巨大な柱が海面からそそり立つ! それらの柱は蠢き、ねじくれながら船の
「……
船員が喚く声と共に、人の胴体よりも太い巨大な触手が、船の舳先に巻きつき、縁から甲板へとのしかかるように蠢いた。
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