22.それぞれの闘い

「正拳上段突き、構え!」



 おれの掛け声にあわせ、目の前に並んだ猪鬼オークたちが懸命に拳を振る。その中にはガルディオフも、あの女ホビットもいた。ギオ・ゴーチャは「自分で腕を磨く」というようなことを言って立ち去っていった。おれもその方がいいと思う。


 戦うことに慣れている猪鬼オークたちはなかなか筋がいい。だがそれだけに、おれは基本を丁寧に教えた。構え方、呼吸法、そしてそれらの意味。そしてなによりも、私闘に空手を使わないこと。弱者を守ること。


 空手の、武道の精神が猪鬼オークたちにどれだけ伝わるのだろうか――と、思ってもいたが猪鬼オークたちは存外素直だった。元々、素朴な性格ではあるのだ。強いもの、意義があると認めたものには全身で従う。


 館の残骸を片付けたあとが、露天道場になった。亜人街に住む他の亜人デミ・ヒューマンたちも集まり始めていた。



「……よし、やめ!」



 基本の稽古をひととおり終えて休憩に入る。猪鬼オークたちは休憩の間もそれぞれ熱心に、習った技をお互い確認し合ったりしていた。



「だんだん形になってきましたね」



 片隅で稽古の様子を見学していたソークが声をかけてきた。



「基本の動きを繰り返し稽古する……このような整理された技術体系は古流ハイエルフ魔法柔術にはない。学ぶべきところがあるように思います」


「学んだ者が皆、強くなれる技術、知恵……それが武道だからな。きっとあなたなら、エルフ柔術をさらに進化させることができる」



 ソークは頷き、微笑んだ。


 その傍らに立っていた黒いフードの男が口を挟む。



猪鬼同胞団オーク・マフィアはこれから本当の意味で、同胞団となっていけるかな」


「……人間との利害の衝突は、しばらくなくならないだろうな」



 亜人デミ・ヒューマンたちへの風当たりは強い。それに、本当の意味で平和になるためには、亜人デミ・ヒューマンが経済的にも安定する必要がある。猪鬼オークたちから暴力を奪うことで、彼らの生活を奪うのでは同じことの繰り返しなのだ。



「すぐに解決できることではない。だが……きっと変わっていける。空手の精神が必ず生きると、おれは信じたい」



 黒いフードが頷いた。



「俺の方でも力は尽くす。抵抗は相変わらず、多いけどな」



 男はそう言って、踵を返した。おれは立ち去る彼の背中に、声をかける。



「期待しているよ……ウィルヘルム」



 この国の王は片手を挙げてそれに応え、立ち去って行く。彼には彼の、闘いが待っているのだ。



「……あ、そうだ」



 ――と、ウィルヘルムが足を止めて振り返った。



「ウィルマが大層怒っていたよ。猪鬼オークたちより自分が先だ、『神の手ディバイン・ハンド』の一番弟子は自分だ、とね」


「うわ……」



 ウィルヘルムは笑い、歩き去っていった。



「……奪うことなく、奪われない。他者を否定せず、自己を貫く力、か」



 ソークが呟くように言い、こちらに顔を向けた。



「しかし……ならばなぜ、あなたは戦っているのです? あなたが究めようとしているものとは、一体なんなのですか?」



 空手の可能性を追求し、究め続ける――それはおれ自身の望み。使命。



「……強い奴がいたら、戦わずにいられない。それはあんたも同じじゃないか?」


「……」



 ソークは黙っていた。おれは口を開き、言葉を継いだ。



「……ある人と、約束したんだ。その人は運命に抗えず、その道を絶たれた」



 おれはその時の光景を思い出していた。白い部屋に置かれたベッド。窓から差し込む柔らかい光。土気色にやせ細った顔、大きな硬い拳の感触――



「……おれなんかより遥かに強い人だったんだ。それでも、運命には勝てなかった。理不尽で残酷な、この世の中の定めた運命に……」


「……では、その人のために……?」


「いや……」



 おれはジャヴィドのことを思った。


 運命を憎み、それを変えるための力。世界を創りかえ、その行く末を左右できる無限の力――それを求めた男。


 猪鬼オークたちに空手を教え始めたのも、おれ自身が可能性を信じたかったからかもしれない。世界に、運命に、人はどれだけ抗えるのか。


 そして、おれ自身が――どれだけ抗えるのか。無限の力を求めるジャヴィドに、おれは勝てるのか。


 おれは亜人街の空を見上げた。二つの太陽が作り出す夕陽が、複雑なグラデーションを地平線に投げかけていた。




<第三章へ続く>


 

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