11.旅立つ空手

「行ってしまわれるのですね」



 その日、朝稽古を終えたおれにウィルマ姫が言った。



「……ここにいれば、またジャヴィドが来るかも知れない。そうすれば皆にまた迷惑がかかる」


「そうしたらまた、先生がやっつけてくれるんでしょう?」


「……」


「……いつになったらわたくしにカラテを教えてくれるのですか?」



 おれはウィルマ姫を見た。姫の眼差しは真剣だった。



「……今のおれに、空手を教えることなどできません」



 ジャヴィドの力を恐れ、裏技チートスキルを欲したこと。不意打ちで勝ちを拾ったこと――


 腕を磨かなくてはならなかった。いずれ必ずまた立ち合う時のために、そして――奴の欲した「力」に対する答えを見つけるために。


 おれ自身が、迷わないように。



「ジャヴィド様は……強く、そして優しい御方でした。子どもだったわたくしにも、本当によくしていただきました」



 ウィルマ姫は寂しそうな顔をした。



「あの人の前で……泣いたことがあります。自分の中のエルフの血が憎いと……そんな私に、ジャヴィド様は『運命の前では、あらゆる生物は平等だ』と言い、頭を撫でてくれ……」


「……」


「あの時……あなたが現れ、ミノタウロスを倒したあの時、わたくしは震えるばかりでなにも出来なかった。せめて……この二本の足であの方の前に立ちたかった。立って、話をしなければいけなかった……」


「……では、空手を習いたいと言ったのは……」



 ウィルマ姫は唇をかみしめた。そして顔を上げ、真剣な眼差しをこちらへ向ける。



「例え武器がなくとも、戦う力がなくとも……いついかなる時でも堂々と相手に向かい、真実を問う……それがカラテなのでしょう?」



 まっすぐに向けられるウィルマ姫の瞳には、おれ自身の姿が映っていた。思わず笑みがこぼれるのを、おれは自覚した。


 おれはウィルマ姫に向かい、言った。



「……まずは体力づくり。毎日走ること。戻ってきたら基本を教えましょう」


「……はい!」



 ウィルマ姫は笑った。それはとても力強い笑顔だった。


 * * *


 城門を出たところで、再び女神が現れた。



「……本当に裏技チートスキル、いらないのね」


「ああ」


「……あーもう、わかったわかった」



 女神は額に手を当て、言った。



「なぜあなたがこの世界に選ばれたのか、わからないけど……必ず意味があるはずなの。あなたでなければいけない理由が……だから、あなたは自分の信じるとおりにやればいい」


「……元より、そのつもりだ」


「ま、そーでしょうね。どうせ人の話聞かないんだから」



 女神はそう言って手を広げ、頭を振ったあとで付け加えるように言った。



「これだけは伝えておく。あの神器アーティファクト……『アズミファルの小手』ね。あいつの持っていったのは左腕だけど、もう片方がどこかにあるはず。ジャヴィドはそれを探すと思う」


「……あの小手、一体なんなんだ?」


「遥か太古に別の次元ブレーンからもたらされた小手で、今は力を失っているとしか。だけど……一応、頭に入れておいて」


「……奴の目的と、関係があるのかな」



 ジャヴィドが欲する力。運命を変え、世界を創りかえる無限の力――


 おれは拳を見た。奴とおれの向かう先はきっとひとつだ。それは同じレールの両側から、お互いに向かって全速力で向かう道だ。



「わかった。頭に入れておくことにする」



 おれの返事を聞くと、女神は微笑み、その姿が光に包まれた。



「私は女神・東宮のグレン。この世界でのあなたの道行きを示す導くものプロモーター。ここから先はあなた次第……どうか、気をつけて」


「……心配するな」



 女神が光の中へ消えたあと、おれはひとり呟いた。



「空手を……信じろ」




<第2章へ続く>

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