空手バカ異世界 ~物理で異世界ケンカ旅~
輝井永澄
第1章 異世界激闘編
1.空手vs炎の魔神イフリート
この世界には太陽が二つあるらしい。そのため暑い地方の、それも乾季の昼間ともなると、二つの太陽が容赦なく照り付けて想像を絶する暑さとなる。
おれがその闘いに挑んだのは、ちょうどそんな日だった。裸足の足の裏に、地面の暑さが伝わってくる。
円形の闘技場、その周囲を埋め尽くす
『異世界転移者を殺せ、殺せ、殺せ』――
同胞や身内を異世界転移者に殺された魔物たちは多い。貧弱な人間が、
彼らが求めているのは、憎き異世界転移者が八つ裂きにされる殺人ショーだ。
おれは目の前に立つ相手――
「くっ……いっそ殺せ……」
女騎士は屈辱に耐えて唇を噛んでいた。おれがここで負ければ、おれが死ぬだけではない、女騎士も
おれは殺気立つ
おれは正面へ向き直った。観衆の殺気に応えるように、決闘の相手である
宙空に光の線が浮かび、複雑な図形を形どる。形成された魔法陣が回転し、まばゆい輝きを放ち――数瞬後、そこには燃え盛る炎に全身を包まれた魔神が召喚されていた。
「あれは……
女騎士が叫ぶ声が聞こえた。召喚獣の登場に、観衆はさらに盛り上がる。
「おい! この闘いは素手同士の勝負という条件だったはずだ! 召喚術を使うなんて……!」
金髪の女騎士の抗議に、
「なぁにかおかしいかぃね~? 彼は立派に素手ではないか」
「くっ……」
おれは目の前の魔神を見た。黒い革で覆われた皮膚、山羊のような角の生えた頭、その全身に燃え盛る炎。10m近く離れたこの場所でさえ、皮膚がちりちりと焼けるようだ。
おれは女騎士の方へ向かい、言葉を投げる。
「心配するな。空手を信じろ」
「なにがカラテだ! なんだか知らんが、
そう訴える女騎士の声をかき消すようにゴングが鳴った。
炎の魔神は、ゆっくりと横に移動する。これがただのラノベなら、迫力溢れる描写で魔神がすぐ突進してくるだろうが、実際の
おれは両の掌を正面に向けた構え――
炎の魔神がふと、足を止めた――と、見るや、一瞬のタイミングでその長い腕を振り、こちらへ一気に飛びかかる。
熱波が頬をかすめた。体を捌いて直撃は避けたものの、これをまともに喰らったら――そう思うと背筋が凍った。3メートル近いその巨体からの一撃。かすめるだけでも皮膚が焼け、受ければ一撃で頭蓋が砕けかねない!
2発、3発と振るわれるその攻撃。しかし、その軌道は単調だ。避けるのはたやすい。おれはその燃える腕をくぐり抜け、すばやく距離を取り――
と、その時、跳び退ったおれに向かって突然、炎の魔神がその口を大きく開く。
――ゴォッ!
そしてその口から吐き出される炎の塊!
滝のように巨大な炎の流れ。不意に浴びせられたそれは、瞬時におれの全身を包む。空手着の下の肉体までも消し炭にしようとするその炎、その瞬間、観客たちがどす黒く残忍な喜びに酔い、女騎士が悲痛な叫びを上げるのが聞こえた――
「……ぬぅぅん!」
その一瞬、俺は両の掌を大きく、身体の前で旋回する!
そして炎はおれの手前で、渦を巻いてかき消えた。無傷でその場に立っているおれに、一転して客席が静まり返る。
「廻し受け」――身体の前で両腕を交差させながら、内側に大きく円を描き、敵の攻撃を
必殺の炎がかき消され、魔神が動揺したわずかな隙。それをおれは逃さなかった。
「はぁぁっ!」
後ろ足を瞬時に引き付け、敵に向かって前足を大きく踏み込み――瞬時に敵の懐へ。そして魔神の燃え盛る身体へと、腰だめから拳を繰り出す!
「だめ! 防護魔法もなく炎の魔神に触れたりしたら、一瞬で腕が灰に……!」
女騎士が叫ぶ、しかし、もう遅い。おれの拳は炎の魔神へと奔り――!
――パァァン!
次の瞬間、乾いた音と共におれは突きを打ち終わり、そして――魔神がその全身に纏う炎は、煙を残してかき消えていた。
数メートル離れたロウソクの火を、正拳突きで消す――空手家が行うそうしたデモンストレーションを見聞きしたことがあるだろうか。
よく誤解されるのだが、あれは拳の起こす風圧で火を吹き消しているわけではない。正拳を突き、伸びた腕を素早く引き戻す――音速にも迫るその一瞬の突きによって、弾かれた空気が真空状態になる、その
「ちぇやぁぁぁぁーっ!」
一発目の寸止めにて消えた炎、そこに間髪いれず正拳五段突き! 一瞬にして叩きこまれた必殺の一撃×5発。その衝撃に、魔神の身体は大きくぐらついて頭が落ちる、そこへ――
ドガァッ!
とどめとばかりカウンターの飛び膝蹴りが、魔神の顎を砕いた。
いかに魔神であろうとも、人の形をしている以上、急所は同じである。しこたまに脳を揺らされ、顎を砕かれ、魔神はついに――地響きを立て、倒れた。
着地、そして残心。
あれほど騒がしかった観客席がしん、と静まり返っている。
観客席が暴動になった場合、あの
「すげぇ……!」
客席にいた
それを皮切りに、客席のそこかしこからざわめきが起こり、そしてそのざわめきはいつしか、歓声へと変わっていった。
「これは……」
女騎士は不思議そうな顔をしていた。先ほどまで、「異世界転移者を殺せ」と言っていた魔物たちである。それが今は、目の前の出来事に驚嘆し、歓声を挙げている。
自分たちよりも貧弱な人間が、武器も魔法も
元来、魔物たちは素朴な性格なのだ。力のないものを軽蔑しもするが、反面、力あるものには惜しみない賞賛を与える。それが彼らの性分なのだと、この頃にはおれも理解していた。
いつしか、歓声はひとつの言葉を成していた。
――
その後、私の二つ名として広く知られた「
おれはこの時、この遠い異世界の地で、種族さえ超えて空手の心が伝わったことに感動していた。
「すごい……」
女騎士はおれの元へやってきて、観客たちを見まわした。
「そして、貴公の技……素手で魔神を倒すなんて……」
女騎士は信じられないといった様子で私の手――拳ダコに覆われた拳を見、ぽつりと言った。
「カラテとは……なんだ?」
「空手とはなにか」――異世界の強敵たちとの戦いの中で、おれ自身、この言葉に向き合っていくことになる。
実戦で使える空手の技を追求し、相手を求めて異世界のモンスターたちと戦いまくった――この話は事実であり、これはひとりの空手バカの、真実の物語だ。
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