3-17
一年の歳月が流れた後、サールは母親と輝石領主の前で、「女傑ゴア」の巫女候補として、レティシアとジルを紹介した。
サールは己の腕を小刀で斬って傷付ける、存外の深手に母親は慌てたが、サールは一喝して癒そうとする母親を押しとどめた。そしてサールの腕からあふれ出る血を両手で包み「英霊の奇跡」で癒したのはジルだった。
領主は目を見張り、母親はしばらく唖然として声も無かったが、程なくして涙を流してゴアへ叫び、拝礼した。
サールは伏して輝石領主の寛大な自分達親子への処遇に感謝し、巫女の誕生は領主自身の治世の成果であると強調した。そして姉妹を食卓の皿へのせる事を免除して欲しいと願い出た。
「恐れながらご領主様、いづれは貴方様の元に沢山の花が咲き乱れる事をお約束いたします。ですから咲き始めた花を、どうか株ごと抜き取らないで頂きたいのです。」
領主を褒めたたえる言葉が淀みなく己の口を突いて出た。サールは自身が賢しくなったと自嘲する。だがそれは取るに足らない事だった。
サールは今や母では無く、ジルを愛していたのだ。「英霊の拝人」として何時か別れの時が訪れるまでジルと共に生きる、それが彼の望みだった。だがサールの目論見は甘かった。
「ならば「華の蜜」を舐めるに留めておこう。」
領主はそう言って立ち上がる。サールを嘲た訳では無った、ただ純粋にジルに対して領主自身の性癖と食欲が刺激された結果だった。領主は母親に命じ、ジルの腕か足を一つ斬り飛ばして持ってくるように命じた。
母親は領主に従って腰の留め金から戦斧を外し、近づいて来る。サールは母に向かって懇願した。
「母さん止めてくれ、ご領主様、どうかお考え直し下さい。」
母親は困った顔で我が子を窘める。
「どうしたのですかサール?「女傑」の巫女が誕生し、ご領主様は英霊と治世の成果を祝ってその肉を所望されたのです。」
「寛大にもお前の願いを聞き入れ、命を奪おうとは仰られていません。なんと素晴らしい御方か、手足ならば奇跡で癒し、元に戻すことが出来るでは在りませんか。お前はまだ落ち着いて物事を考えると言う事が出来ないようですね。」
サールは母親の言葉に棘を感じた。そしてジルを見る眼差しが、巫女の誕生を祝うのではなく、嫉妬の炎に揺らぐの目の当たりにして凍り付いた。
だがサールさらに驚愕する。
迫る狂気に対してジルは何処までも穏やかに見えた、楚々として領主に感謝の言葉を表した。
「ご領主さま、御所望頂き、領民として、女として、身に余る光栄に存じます。」
サールは彼女の言葉が信じられなかった。亜人と人、子や家庭は持てなくとも二人は愛を誓った。ジルは「
そして腹をすかせた領主と母の言葉に、サールは理性を失った。
「うむ、苦しゅうない。我が娘よ、そなたは正に「この上ない一皿」よ、よくぞ成長した。少し惜しいが我慢するとしよう、、、いや待て、、、我が巫女よ、一つ尋ねるが奇跡は首を刎ねても蘇ると聞いたが、誠か?」
領主の言葉に、母親の口の端が吊り上がるのサールは目で追った。
「、、、、」
母親はジルの脇に立った。ジルがは心得た様に頭を下げ、首を伸ばす。母親は戦斧を両手で大上段に構えて言った。
「お試しになってご覧ください。我が主よ」
そう呟いて母親は戦斧を振り降ろした。
だが斧の刃はジルの首を刎ねる事は無かった、母親の腕をサールが受け止めていた。
「サール、貴方は私がここまで育てた恩を忘れましたか?所詮は捨てられた亜人の子ですか!」
母親のその言葉は、サールにはとても悲しかった。今ここで、自分が愛した人が、今まで自分を愛してくれた人が全ていなくなった。
サールの腕の力は抜けだらりと垂れる、そして崩れ落ちる様に両膝を着く、その表情には感情を読み取ることが出来なかった。
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