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 城中には支配者であるアリア達公爵家家族、そして仕える上位から下位の亜人達、そして下働きや奴隷のコーボルトやヘムと言った具合に生活しているが、それぞれが立ち入り、使用できる施設やエリアは明確に取り決められている。


 特に下位の者や奴隷身分が上位者のエリアに無断で立ち入るのは御法度だ。


 例えば同じ城仕えの奴隷コーボルトだとしても、公爵家家族を直接世話する者達は普通の奴隷達とは区分されたエリアで暮らし、目通りに叶う身支度をしなければならない。

 また城内の設備に於いても。持ち場や作業場等はほぼ共通のエリアだが、炊事場や食堂、寝床といったプライベートや生活空間は支配者、上位者、下位の者達と言った具合に完全に分離されている。


 そして「お手洗い」もそうだ。


 清掃管理は奴隷の仕事だとしても、使用はエリア毎で定められた者にしか許されない。


 招待客の「持ち物」だとしてもそれは同様。どこでもと言う訳にはいかない。  だから装飾品として「生き物」を持ち込むのは、父が許しを与えた「賓客」。もしくは客自身で問題なく「片付けられる手段」を携行ないし同伴している場合いのみだ。

 だが生理現象はそう言ったルールを理解してくれる訳では無い。また決まりを作った者達も実情を鑑みてルールを決める訳でも無い。ただ「そう決める」だけだ。つまり環境に合わせた「設備」が整っている事の方が稀なのだ。

 そこで暮らすものならば、教えられ、自身で覚え、いくらか環境に合わせ生理を調整できるだろう。だが慣れない場所や、緊張や体調の変化による予想外は起こりえる。

 そいった粗相により支配者の怒りに触れ処罰されるの奴隷の話はよく耳にする。


 そしてそれは奴隷に限った話ではない。


 「糞尿と血、はらわたの悪臭がお好みですか?」


 オライン伯はこの問題に対し父に苦言を呈した事がある、それは有望な人材を「お手洗い」の問題で手打ちにした時だ。

 まだアリアは幼く、その亜人の事はあまり記憶に無いが、かなり期待された人物だらしい、だが城での暮らしも浅く、急を要し失態に至ったのだろう。

 事件そのもの内容を把握している訳では無いが、その時の父の機嫌が良くなかった事をアリアも覚えている。父がオライン伯の首も刎ねるのではと心配だった程だが、後にして思えば「つまらない原因の処置」が、父をしても嘆かせたのかもしれない。


 良心からでは無く「貴重な財産」を失った理由に手を下した本人自身が納得できなかったからだろう思う。


 その事を証明するかのように、父は居城「頂城」の大規模改装に着手する。「城」とは敵と戦うための兵と武器、食料備蓄の長期保管庫のようなモノだ、造りは防御優先。

 そして父が「騎士」と名乗り、領土を持たない身から戦場を駆け、実力示し富をと名声を手に入れ築き上げた来た。

 初めから全てが揃っていた訳でも無く、増改築を繰り返して間取りも複雑化していたコトは事実で、機能面の問題は以前から父も頭を痛めていたらしい。そして長らく手付かずだった生活面での改装もこの時に実施した。


 改装の間はちょっと不自由したが、アリアは改装で新しくなった城にウキウキしたのを覚えている。

 そいて4~5年の歳月を要した城の改修をおえる頃、オライン伯はまた父に上申したのだ。


 「新しい「頂城」の完成をお祝い致します。これは私から公爵様への贈り物の一つとして、是非お受け取り頂き、御裁可願いたいと思うモノです。」

 オライン伯はこの時、城の施設利用におけるルールに一定の緩和を期限・条件つきで盛り込み、一度の誤りで極刑は回避する事を提案したのだ。


 特に改装されたばかりの城は住人と言え度その全容を把握している訳では無い、しばらくは当然「うっかり」「間違い」が頻発する。それをいちいち極刑に処していては物事が立ち行かなくなる。

 だが根拠の曖昧な処分保留やお咎め無しの行為は、支配者としての父の風評にかかわり、甘い処置が見くびられないための建前も必要だ。

 美観、衛生管理の面でも有効に機能し、許しを与える事で隠れた不正も防止する効果がある。


 「「力」とは、何も圧制や暴力だけを差すのでは無い、自分の手にした力をいかに有益に機能させ管理するかだ。善人に成れと言うのではない、だけど悪人になる必要もない。」


 「覇者に見合った度量を示し、そして相手に従わせることが重要なんだ。」


 何時かの折に魔術の師はアリアにそう言った。


 「、、、、」


 だとしても、そんな決まりを遠方か来たマリシアス達が把握しているだろうか?

 仮に案内の蛇女ジョカが説明したとして信用するか?


 、、、微妙ね。


 謀り毎の多い世の中だ、何処に罠が潜んでいるか判らない。今、城内で運用しているルールは父が偉大な支配者であったとしても、亜人社会に於いては「頂城」限定ルールに過ぎないのだから。


 やれやれ、、、


 アリアは安堵してマリシアスを見る。その表情は実に、、、


 面白い!


 アリアは笑い出すのを何とか堪える、一人事態を把握した彼女にとってこれからを想像に任せるしかないマリシアスの奇妙な表情と緊張は、可哀想だと思うが少し可笑しかった。


 アリアに問題解決の道筋は見えた。大事には至らない、後は、、、、


 「解りました男爵、私から父に口添えし、穏便な処置となるよう執り成します。」


 アリアの言葉にマリシアスは安堵し、足元にすがるコーボルトを抱き上げて喜んだ。推測だがこの「交易語ワル」を話す奴隷コーボルトに何か「特殊な芸」があるのかもしれない。

 主自ら捜し歩き、可愛がり、助命を嘆願する。見てくれはパッとしないがどんな能力があるのだろう?


 まあ、それも含めて、、、


 喜び合うマリシアス達にアリアは微笑みながら声を掛けた。


 「公爵令嬢自ら骨を折るのだから、それなりの見返りをもらっても文句はないよね?」


 そう言って笑った彼女の笑みは、慎み深さとは程遠かった。マリシアスはアリアの態度の一変に呆気にとられた。

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