ゲラール夫人!!

 神話とオライン伯に語った事を思い起こしながらヘラレスは「今、自分は目の当たりにしているのだ」確信した。


 逸話?伝説?いや違う。


 語る事も、相手もいまい、コレは見た者以外に分かち合う事の出来ない光景だろう。


 「血染めの赤髪」は老コーボルトヘラレスの心に確かに「焼き」付いた。 


 サールもまた虚を突かれた。逃げ出せば追わないつもりだったが、亜人は決して諦めてなどいなかった。

 英雄を祭るサールには、幼体の行った化粧イニシエーションが己を鼓舞し戦いを継続、勝つための儀式だと理解できた。


 「赤い悪魔」


 サールにとって物語でしか知らない存在、力のない子供を拐す卑劣な存在。


 だが目の前の存在は物語とはずいぶんとかけ離れていると思った。


 「ゲラール夫人!!」


 サールは後ろに控える協力者に向かって振り返らず叫んだ。


 「教えてくれ。」


 アリアはその「魔法の言葉」に白髪ハクハツに魅入られた状態から我に返る。


 ゲラール夫人!! ゲラール夫人!! ゲラール夫人!!


 アリアはヘラレスに「奥様」と呼ぶことを念押し、共闘者であるサール達には「夫」の姓で自己紹介していた。


 「な、な、なに?金髪君!」


 これまでも何度かその名で呼ばれたが、聞くたびにアリアのテンションは否応にも上がった。


 サールはこちらを見据えてジリジリと横に動く亜人から目を離さずに質問する。


 「私は赤髪族について噂以上の知識が無い、会うのも白髪ハクハツと言う幼体を見るのも今日が初めてだ。」


 「今の幼体の行為は何か特殊な加護なのか?魔術の類か?」


 目の前の幼体の動きは先ほどの俊敏性は感じらないヨロヨロとした足運びだ、戦斧の一撃で撃ち取る事は確実だ。

 だからと言って侮れない、竜族がそうであるように彼等にも「力の神」の何らかの加護を持つかもしれない。

 奇跡には自分の死と引き換えに「力」を発揮するモノがある、魔術にもあるかもしれない。

 目の前の亜人にそう言った力は本当に無いのか?亜人社会でも稀な存在にサールは警戒した。


 アリアはサールの質問に、目の前の光景に用心はもっともだと思った。彼女は知識と実際の赤髪族の観察と交流で得たものをサールに伝える。


 「今の行為は恐らく彼の個人的な儀式イニシエーションよ、赤髪族の特殊な能力ではないは。魔道具も持っていから魔術はまず使えない、、、と言うか今の状態で呪文は唱えられないでしょうね。あとは「奇跡」だけど、金髪君の方が詳しいかしら?」

 

 「、、、もし「奇跡」が使えるなら自分の肉体を癒すだろう、、、」


 相手の傷は「癒し」の奇跡でもどうか?と言う深手に見えるが、痛みと出血が抑えれば動きは回復し、もっとましな戦いが出来る。


 サールはレティシアを見た、浅い傷を負ってはいるが亜人と互角以上に渡り合い押している。


 !!


 「血染めの赤髪」が雄たけびを再び上げる。サールは突進に対して盾を身構えたが亜人の取った行動は違った。


 「血染めの赤髪」は隣で戦うレティシア達に向けて走り出した。


 サールは立ち上がってから間合いを取って横にずれるのは、後ろ狙っての事だと思い込んでいた。


 「レティシア!!気を付けろ!!」


 走り出した亜人の速度は速くない、だが隙を突かれた分サールは一歩出遅れた。叫んで彼女に警告する。

 レティシアは迫る「血染めの赤髪」にと目の前の白髪ハクハツに対処できる体勢をとる。


 一匹は瀕死だ、慌てる必要はない。サールも追いつく充分だ。

 二対一でも凌ぐ自身はあるが彼女に無理をするつもりは無かった。


 「血染めの赤髪」は笑った目的を達成したのだ。



 勝った!!



 レティシアが一歩退き守りを固めた事で隙が出来る。僅かに生まれたチャンスで、「血染めの赤髪」の符牒に従い白髪ハクハツは向きを変えて森に全力で逃げ始めた。


 !


 彼女は追いかけようとした、だが。


 「追わなくて良い!」


 サールの指示が飛ぶ、


 ヘム族の依代シャーマンとはどうしてこうも甘いのだろうか?


 レティシアは時々、サールは自分の立場を忘れているのではないかと思う。


 彼女はただ考えなしに向かってくる何処か満足げな血まみれの亜人に、手にした小剣ショートソードで止めをを刺した。

 

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