手札

 交渉策の主役はヘラレスが買って出た。


 自分が推した稼ぎ口への責任感、そして世渡りの術に自信がある事と、それをアリアに教示したいらしい。

 だが実力行使の策についても細かなアドヴァイスで補強してくれて助かった。


 レティシアからは亜人がいかに高圧的かつ残虐に振舞うかを聞きアリアは驚嘆した。

 安定した支配者の領土の外では「殺した奴隷はまたどこかで捕まえれば良い」程度の扱いなのだ。

 特に少数や単独行動などは「所有者の証」でも持っていない限り安全などありえないと知った。

 サールはそんなレティシアとの会話を静かに聞いて居たが、表情が少し暗かった。

 そしてただ一言アリアに「自分は何をすればいいか?」と尋ねた。


 アリアは言った。


 「貴方は一旦、事が始まってしまえば、武器と盾を構えて堂々としていれば良いわ、まずあなたが一番強そうに振舞ってもらわないとダメなの。」


 「実力の証明は元より「異端の依代シャーマン」ってのと風貌といでたちのギャップは、相手に充分な効果だもの。」


 サールは少し苦笑いしながら承諾の意を示す。


 「でもダメな時は、、、、」


 アリアは共闘で脱出をと言うつもりだったが、サールが言葉をかぶせた。


 「私が支える、君達は逃げれば良い。恐らく共闘はそこまでだがね、君の仇討が成功する事を祈るよ。」


 自己犠牲を平然と口にするサール。アリアはここまで「亜人離れ」した亜人の男性に出会うのは3人目だと思った。

 だが彼の表情に死ぬとか、捉えられ酷い目にあわされると言った悲壮感は無い。なにがしかの考えがあるのだろうが、、、

 どこか達観している雰囲気はヘラレスの様だ、「竜の血筋」は寿命では死なない、アリアはサールがはるかに自分より歳を重ねた人物か、「堕ちて長い経験を持つのでは?」と思た。


 輜重隊長オークは待ちかねた「護衛」を一目見るなり落胆の色を隠そうとぜず開口一番に拒絶を示した。


 やっぱりそうなるのね、、、、アリアは辟易した。


 銀貨と引き換えに夜魔グレムリンが書いた紹介状を渡し、立ち去ろうとする鋭鬼オークを引に留める。

 用心として(断られて激高し、武器を振るわない様に)武器を預ける事になるのは予測の範囲内だった。

 アリアが魔術師である事を伏せたのは、予測される「その時」の効果を最大限に印象付けるため、そして逃げ出す時にも有利だからだ。

 手札が少ないなら「見せる札奇跡」と「隠す札魔法」を工夫しなければならない。


 ヘラレスの口上に一縷の望みを託しては見たモノの、相手はイライラするばかりだった。

 場が「最悪計画通り」に煮詰まるのが手に取るように判った。


 あとは切っ掛けの問題だった、こちらからは手を出さず、相手の愚行を誘発するには?

 亜人は粗野、粗暴であっても統率者の元では決められた秩序に則て振舞うことを要求される。

 だが考えてみれば単純だった、弱者に力を誇示する者、甚振りたがる者など亜人社会では事欠かない。

 アリアは「自分の縄張の中」と言う認識から、統率者の目が離れれば無礙もなく煽らわれるコーボルト弱者飾り物に手をだす輩が出る事に確信があった。


 そして血と叫び声の合図。


 アリアの緊張感は「親族」の手から逃れた時の比では無かった。だが怖気づている隙はない、これまで培った支配者の仮面、身に着け始めた僅かな忍耐で覚悟を決め、自分が引き起こした事態の舵を切る。


 時間に追われる中で、厄介事ともなれば選択される解決手段は短絡的なモノとなる。

 そして彼等がどれだけ蔑もうともアリア達は元「竜の血筋」元支配者なのだ、相手にするとなれば、並みの亜人なら消極的だろう。


 輜重隊長オークが事態を掌握し、腰の重い部下たちへ号令を掛ける僅かな時。

 最小限の示威行為で最大限の実力を披露し、相手の思考の空白を突いてこちらの提案が有益だと思わせる事が出来るか否かが勝負だった。


 アリアの目論見は見事に嵌った、そして指揮官が想定外に「懐の深い」人物だった事も幸運だった。

 自分でも最後に思いもしないセリフを口走ったが、結果はうまく行った。


 アリアは安堵と共に「力の神」の加護に感謝した。

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