暗い森

 アリア達護衛の任務は行軍中の輜重隊から先行し、進路上に異常が無いかを確認する斥候と本隊の防衛だったが、小休止毎にコーボルト達は雑用を言いつけられた。

 アリアは輜重隊長オークに抗議したが、夜間の行軍では夜目も効かず、市場で買い取ったばかりの彼等の実力では護衛としては役不足だと指摘され、報酬は約束通り支払う代わりに行軍中の雑用一般を命じられた。


 鋭鬼オークの指摘は正しい。


 実際のところこの仕事のリスクは突発的な事象でも無い限りゼロと言っても過言ではない、輜重隊とて「規定」が無ければその金を自分たちの為に使いたい所だろうが、支配者は定めた決まりを実施しない者を許さない。

 大事にならなくても、小さなミスで咎めだてられるのは鋭鬼オークもかなわないだろう。

 アリアも輜重隊長オークが、その辺の「腹芸」が得意な人物だとは思えなかった。


 亜人の領土と言っても、戦が膠着しているだけで壁がある訳でも無い。

 築かれた数々の砦には規模にもよるが30~60人の兵士が詰め、土地の占有と監視を行いヘムの大規模な進行に対する防衛を第一とする。

 対面に居座るヘムを攻め滅ぼし敗走させる手筈が整う時間を稼ぎ、その攻め手の橋頭保として存在する要所だ。


 突発的な事象とは、ヘムが少数の手勢で監視の隙間を抜け、奇襲や暗殺を謀ったり。

 「魔物マモノ」や危険な「動物」そして「鬼火オニビ」と言った脅威が知らぬ間に入りこみ、彷徨い巣くっていると言った事。

 そして支配力が行き届かない領域には、何かの格好の逃げ場、隠れ家だ。

 そんな存在が砦を維持する物資を満載し、ゆっくりと進む荷馬車の列と遭遇したら、、、


 確かにそう言った懸念は存在する。だからこうした傭兵の募集があるのだが、その実態は名ばかりの護衛、雑用と荷役を手伝わされ重労働に対して利益は殆ど無い。

 しかし食べる分を稼ぐにはちょうど良い報酬を得る事が出来るうえ、定期に募集がある為その気になればこれだけでも生活が成り立つ。

 今のこの仕事はどちらかと言えば、個人の場合は「軍団」へ雇ってもらうための試用の機会であり、郎党であれば「名」を売り込む顔つなぎの様な意味が強い。


 この地を治める「鬼の血筋」闇巨鬼コクテン族のドゥーム・ダッハとその重鎮たちは長い間この地を領土し、ヘムと戦って来た強者だ。

 膠着しているとは言え、内に敵を抱えて戦い続けられるほど人は弱くない。

 治世の安定と周囲の支配者たちとの同盟関係を確立するダッハ自身の才覚の証明だ。


 ヘラレスと事前に情報を集めたが、ここ最近で「事件」は存在しない。

 輜重隊のルートは確立された道であり往来も定期的となればな、問題があればすでに何事か起こっているはずだったが。


 私達が「何事のその」当事者って訳か~


 「奥様!!」


 ヘラレスがコーボルト達を引き連れ、必死にこちらへ這い寄ってくる。


 アリアはふと笑った。


 「力の神」は次の試練をアリアに投げかける。暗い森に潜むのは何者か?その正体を見極め、対処しなければならない。

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