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 「いやぁ~、待ちかねたぜぇ~アビザル隊長。」


 満足気に月獣ゲット鋭鬼オークに話しかける。


 アビザルって名前なんだ輜重隊長。


 そう言えばオークの事は役職で呼んで、名前を尋ねるのをアリアはすっかり忘れていた。


 まあ、色々あったしコレはコレで良しとしよう。


 アリアはそう思いながらアビザル輜重隊長の後ろに控え、成り行きを見守りながら挨拶のタイミングを見計らう傍らで、月獣ゲットの人となりを観察した。


 「狼の血筋」月獣ゲット


 驚くことに「血筋」としては奴隷コーボルトと同じ眷属だが、その能力には雲泥の差がある。

 まずその強靭な体格と優れた運動能力、五感も優れ、夜の闇を見通す目も持っている。またその肉体は不死ではないが「力の神」の加護によって銀か魔術の武器でなければ傷付ける事が出来ない厄介な相手だ。

 そして月の満ち欠けと結びついた身体能力の変化、別に新月だからと言って弱る訳では無い、その日が一番おとなしいと言うだけだ。

 満月の下での月獣ゲットは無類と言って良いほどの強さを発揮する。だが自我を失い、衝動を抑制できないため呪いと言って差し支えない。


 彼等はその外見がほとんど人と区別がつかないため、人族に紛れ込むのが容易である、だが一つだけ問題がある。


 犬は彼等月獣を簡単に見つけるのだ。


 犬は月獣ゲットを察知して吠え掛かる、良く解っていないのだがそれは嗅覚と言った五感では無く、六感や本能の様なモノらしい。

 だから人族は月獣ゲット対策として城門や街中の警備には犬を連れて歩く、一般でも個人でコミュニティーで一頭以上の犬を飼うのが常識だ。


 だが所詮は動物のやる事だ。厳しく訓練され躾けられた犬ならともかく、その日の気分か癇癪なのか?気まぐれに吠え掛かられたがゆえに、疑われ命を落とした「ただの人」は少なくない。

 そしてそう言った事は判れば悪用も可能だ、亜人デームでもヘムでも。


 亜人月獣も黙ってその状況を受け入れた訳では無い、「筋肉」だけでなく知恵も回るからこそ、亜人の勢力として数が少なくとも、高い地位に付き、支配者の側に立つことが出来る。

 嗅覚や聴覚を狙った「犬除け」に始まり、魔術や魔薬、魔道具と言ったもので満月の呪いを限定的に制御している。

 だがそれらは彼等月獣が単独で成し得た訳では無い、弱点を補って余りある彼等月獣の有用性を支配者が自らに利用しようとしたからだ。お互いの利害が一致し、月獣族は今に至る。


 彼等月獣は目立ってコミュニティーを形成しない、ほぼ単独で亜人社会を渡り歩く。アリアが学んだ知識では「序列」が存在するらしいが、どういったものなのか良く判っていない。

 男女の月獣ゲットが存在する事は確実だが、どの様にして生まれ育つのか全くの謎だ、だがアリアは後日にその真実を意外な所から知る事になる。


 「外からもモノを観よ、そして学べ。」


 学んだ魔導書にそんな事が書いてあったが、アリアはその事でようやくその言葉の意味を理解したのだった。


 「ベールデナ殿もお変わりなく、、、」


 月獣ゲットはベールデナと言う名らしい、アビザルは彼が苦手の様だ、挨拶もそこそこにコーボルト事務方に指示して手続きに入るが、ベールデナは芝居がかった身振りで鋭鬼に絡む。


 「オイオイ、連れないな~輜重隊長!」


 「前線で激務に耐える俺達の楽しみは、定期にやって来るあんた達輜重隊の物資と最新のニュースなんだぜ!」


 「お互いの部下共はヨロシクやってるんだ、指揮官同士も仲良くしようじゃないか、な~」


 アビザルはベールデナの誘いを何とか逃れようと抵抗を試みる。


 「は、ですが作業の監督と明日の任務もあるので、本日の所は、、、」


 シドロモドロに何とか逃げ道を探す輜重隊長を面白がるように月獣ゲットがからかっているのが判る。

 アリアはオークが優秀な指揮官であるとは認めるが、やはり「腹芸」にはとことん不向きだと思った。


 出世しないタイプね。


 「鬼の血筋」鋭鬼オークは体格も能力も雑鬼コブリンを上回る、亜人にあって精鋭の兵士達だ。

 雑鬼コブリン以上に狡猾で状況判断も的確だ。彼等が自身を鍛え、武芸を身に着ける姿は良く知られるが、それは「満たす」「奪う」本性に忠実だからだ。


 自身が得意とする事で敵を屠る悦びを「満喫」するためだ。


 彼等は一旦戦い始めれば勝つまで、逃げられない状況では死ぬまで戦う、降伏は無い。それが「力の神」が彼等に与えた加護なのかもしれない、支配者は彼等で部隊を組織し重要な配置を任せる。

 だが亜人で野に潜んで社会を荒らす集団の多くは、鋭鬼オークが引き連れているのが最も一般的だ。


 従うか、背くか。


 それは扱い方もあるのだろうが、個人オークが「何か」で決めるのだろう、そして亜人デームに於いて鋭鬼オークが「軍団の要」である事は間違いない。


 「あの、恐れ入ります。」


 「ベールデナ様、わたくしアリア・ゲラールと申します。ご挨拶をよろしいでしょうか?」


 アリアは月獣ベールデナにタジタジの鋭鬼アビザルに助け船を出す事を決めた。

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